34話 ラッセル食堂
目の前に急いでやってきた、二歳の俺とそこまで身長が変わらない男は俺とセシリアを見ると口を開いた。
「えっとフーリエ男爵家様の方でよろしかったでしょうか?」
「はい、こちらはフーリエ男爵家の三男ルイ・フーリエ様でございます」
セシリアはその男の姿を見ても何も驚くこともせずに、淡々とそう返す。
え!?この人俺より少し大きいくらいなんだよ?
最初は子どもかと思ったが、髭も生えているし、声を聞く限り子どもの声にも聞こえない。
もしかしてこの人はあれなのか!
「セシリア!この人ってもしかして!?」
「そういえばルイ様にはまだご説明していませんでしたね。こちらの方は……」
「ドワーフ!?」
セシリアの説明を遮るようにしてルイは答える。
「よくご存じでしたねルイ様!!ドワーフのことは一度も教えたことが無かったはずなのですが、どこで知ったのでしょうか?」
「ああ、ちょっと本を読んだときに見たことがあってね……」
始めてドワーフを見た驚きで、ドワーフと叫んでしまい、セシリアになぜ俺が知っているのか疑問に思わせてしまった。
確かに一度もドワーフのことについて聞いたこともなかったし、そもそもこの世界にいるものなのかも知らなかった。
前の世界の知識で知っていたドワーフの知識と、目の前にいるこの男の特徴がそっくりだったため、ついドワーフと言ってしまった。
咄嗟に本で得た知識だとセシリアに誤魔化しはしたが、怪しまれてるだろうか。
「流石はルイ様ですね!本を読んで覚えられるなんて!やはり、そこらの人とは違いますね!」
怪しまれるどころか逆に尊敬されてしまった。
この世界の人は、本を一体なんだと思っているのだろうか。
まあ、これで俺への尊敬が深まったならいいことだろう。
「ところで本当にドワーフなの?」
「私のことでしょうか?」
目の前にいる小さい男が答える。
「うん、君のことで間違いないよ!」
「はい、私はドワーフで、このラッセル食堂の店長をさせて頂いております、ゴドフリー・ラッセルと申します」
目の前のゴドフリーと名乗ったドワーフはその小さい体で、俺に向かってお辞儀をする。
俺はそれを聞きながらもまだ、本物のドワーフを見れたという興奮が収まらないため、反応が遅れる。
「よろしくゴドフリー!僕はルイ・フーリエ!これでも一応フーリエ男爵家の三男さ!」
「よろしくお願い致しますルイ様。それにしてもルイ様はおいくつでしょうか?」
「二歳だね。ゴドフリーは?」
「二歳ですか!?二歳でこれほどしっかりとしているなんて……。ああ、私は六十歳でございます」
「六十歳!?」
六十歳だって!?全然そうは見えないが、もしかしたら種族的な理由だろうか。
「ルイ様。ドワーフという種族は人間よりも長生きで、二倍ほど長生きするのです。なので、ゴドフリーの精神年齢は人間で言うと三十歳ほどでございます」
セシリアが耳元で囁いて教えてくれる。
精神年齢が人間で言うと三十歳と言うことは、ハンスと同じくらいだろうか?
けれど実際はリチャードと同じくらい生きているという。
訳が分からなくなるな。
「ご存じかもしれませんがついでにご説明させていただきます」
「ドワーフという種族は人間よりも少なく、彼らだけの王国があるらしいのですが、人間とあまり交流はないです。しかし、ゴドフリーは、訳あって一人この国に来た珍しいドワーフです。ドワーフは非常に珍しい存在で、彼の安全のためにもフーリエ家の者にしか姿を見せないようにしていますので、ルイ様もこのことはあまり公言しないようお願いいたします」
ドワーフの数はあまり多くないのか。
俺の予想だが、きっと寿命が長いことが関係しているのだろう。
それにドワーフはやはり珍しいみたいだな。
その珍しさ故に、見世物にされる可能性だってあっただろうに、よくドワーフの王国から出て人間の国に来たな。
それにしてもなぜ、フーリエ家の者には姿を見せてくれるのだろうか。
そう疑問に思い、セシリアに聞いてみる。
「先代のフーリエ家の御当主様が、王都に来たゴドフリーと偶然出会って、そこから色々とあってこの店を経営することになったそうです。この店も実はフーリエ家が出資金を出しているそうで、そのようなフーリエ家からの恩を受けているので、フーリエ家の人の前にはドワーフということを隠さないで姿を見せてくれるそうです。ドワーフなのにフーリエ家の方々には敬語を使うのもそういう理由があるそうです」
そんな理由があったのか。
つまりフーリエ家のお陰で今があるから、恩を感じ、信頼してくれているということだろう。
俺のドワーフのイメージと違い、敬語なんかも使ってきたから、意外だと思っていたが、それもフーリエ家の人達だけにらしいな。
少し先代の当主とゴドフリーが出会ってから色々とあっての所が気になるが、その話を聞くのは今度でいいだろう。
俺とセシリアばかりが話しているのをゴドフリーは黙って聞いていてくれたが、流石に店を開くためにも時間が無いのか、話を元の話題に戻してくれる。
「ところでルイ様は今日はどういったご用件でお越しになられたのでしょうか?」
「ああ、そうだった!ごめんごめん。忘れていた訳じゃないんだ。決して忘れることなんてできないからね」
そう、家族の行方を知るためのことだから、決して忘れることはない。
「ちょっとゴドフリーに聞きたい、大事なことがあるんだ。時間は大丈夫かな?」
それを聞いて、ゴドフリーの表情が変わる。
「フーリエ家の方の頼みなら、開店のための時間なんていつでも遅らせますよ!」
「協力感謝するよ。ただ、そこまで時間は取らないつもりだから安心してね」
ゴドフリーはわざわざ時間を割いて、俺の質問に答えてくれるようだ。
ただ、俺がこの質問をするのをセシリアに聞かれると、前世の記憶がきちんと残っているというのがバレてしまうかもしれないから、一度セシリアには聞こえない場所に行く必要がある。
「とりあえず、誰にも会話が聞こえない場所に行きたいんだけど、そんな場所はあるかい?」
「ございます!貴族様方が食事するための個室なんですが、そちらなら外に声が聞こえる心配はございません!」
「じゃあ、そこに案内してくれ。そこで聞きたいことがあるんだ」
そう言ってゴドフリーに案内してもらう。
個室の前まで来ると、セシリアも俺の専属メイドのため中に入ろうとするが、それを止める。
「ごめん、セシリアは少し外で待っていて。これはどうしても一人で聞かないといけないことなんだよ」
「……かしこまりました。ルイ様のご命令なら従います」
そう言ってセシリアは大人しく従ってくれる。
少し申し訳ない気持ちになるが、それよりも手がかりを知る方が重要だ。
個室に入り、俺とゴドフリーは対面する形でテーブルに座る。
どちらも真面目な面持ちだが、二人とも身長が小さいので、椅子に座ったその足元はプラプラと宙に浮いている。
ルイが口を開く。
「ゴドフリーに聞きたいことがあるんだ。何があっても正直に答えてほしい」
「かしこまりました!何でも聞いてくだせえ!」
フーリエ家の者の役に立てると思い、気持ちが熱くなったのか、普段使っていると思われる口調が少し出ている。
「このラッセル食堂は料理だけじゃなくて、流行にもなっている有名なお菓子も作っているよね?」
「はい、そうでございます!」
「そして、そのお菓子は入手するのがかなり難しく、かなり運がいい人じゃないと手に入れることが出来ない」
「これもフーリエ男爵家様のお陰ですが、ありがたいことにそういう風になっていますね」
「噂に聞いたんだけど、その入手困難なお菓子をとある行商人が辺境の村で売っていたという話を少し耳に挟んでね……」
ついに村に来ていた行商人との関係があるかを聞きだそうとしたら、凄い勢いでゴドフリーが俺の話を遮ってきた。
「申し訳ございませんでした!決してそんなつもりはなかったんです!」
一瞬何が起きたのか分からなくてルイは止まってしまう。
「え!?」
「本当に申し訳ございませんでした!御恩があるフーリエ男爵家様の言うことに背いてそんなことをしたのには訳があるんです!」
何か知らないうちにどんどんゴドフリーに話が持っていかれる。
「そうです!確かにルイ様がお察しの通り、その特定の行商人にだけお菓子を優先的に売っていました!しかし、これには訳があるんです!」
ゴドフリーは必死になって弁解しようとしている。
弁解も何も俺は何も知らないが、俺がしたかった話とはどんどん違う方向に向かっていることだけは分かる。
「実は、俺がこの国に来るために、道中俺を見て珍しがった他国の人間に一度捕まったことがあったんです。どうにか命からがら逃げだすことはできたのですが、その時逃げ出すことに協力してくれた人達のお陰でこうしてこの場所にいれるんです」
「逃げ出すことに協力してくれたその人達が、その行商人達なんです。俺はその恩を返すことができていなかったんですが、俺がフーリエ家のお世話になり、流行にもなるほどのお菓子を生み出した時に、その行商人と偶然この王都で再会して、恩を返す機会だと思って、あのお菓子を優先的に売っていたんです!」
ゴドフリーはどんどん俺の知らないことを話していく。
俺はこんなことを聞きに来たはずじゃなかったんだが何か勘違いしていないか?
「ルイ様は、そのことに気づかれたフーリエ男爵様に言われて、こうして今日はやってきたんですよね?本当に申し訳ないですが、どうかこれからも優先的に売ることを許して下さらないでしょうか!お願いします!」
そう言うと、ゴドフリーは椅子から降り、俺に精一杯の謝罪を見せつけてくる。
「え、えっと……。とりあえず頭を上げて、座ってよゴドフリー」
「お願いします!」
俺が許可を出すまで譲らないつもりなのか、ゴドフリーは頑なに謝罪の姿勢を崩さない。
どうしてこうなったんだ……。
ひとまず誤解を解くために先程話そうとしていた続きを話すか。
「ゴドフリー聞いてよ!何か誤解しているかもしれないけど、僕はゴドフリーが、辺境の森の中にあるティリオ村に行っている行商人と関わりがあるかを聞きたかっただけなんだ!」
そう言うと、ゴドフリーは顔を上げ、その驚いた表情を見せる。
「別に今日はフーリエ家との約束を破ったことを謝罪させるために来たわけじゃないから、とりあえず座ってよ」
俺の言葉を聞き、自分が勘違いしていたことに気づいたのか、ゴドフリーの顔はどんどん真っ赤になっていく。
その真っ赤になった顔を見て、俺は前の世界の創作物で見た、ドワーフが酒で酔っている顔を思い出し、全く一緒だなと思った。
ゴドフリーは顔を赤くしたまま椅子に座る。
そして座ると、咳払いをし、話始めた。
「私の勝手な勘違いでルイ様の貴重なお時間を奪ってしまい、申し訳ございませんでした」
「いいよ、気にしないで」
「所で、ティリオ村に行商人していたのが、私が先程話していた行商人なのですが、それを知ってどうするおつもりで?」
まだ少し怪しんでいるのか、ゴドフリーは質問してくる。
「ただその行商人に情報を聞きたいだけなんだ。もし、その情報をゴドフリーが知っていたら、行商人に聞く必要はないんだけど……」
「聞いてもよろしいなら、因みにどんなことでしょうか?」
「ティリオ村のことについてなんだけど……」
「なぜルイ様があんな辺境の村を気にするのかは分かりませんが、確かにそのことならその行商人に聞いたほうがいいですね。私はティリオ村というところに関してはたまに聞くくらいでほとんど知らないので」
俺が行商人を捕まえたりするつもりじゃないことが分かったのか、ゴドフリーはひとまず安心したが、その後の俺の質問に答えられなくて申し訳なさそうにする。
「あの行商人は常に違う場所にいて、この店にもお菓子を仕入れる時しか訪れてこないので、今すぐお会いさせることはできないのですが、今度店に訪れた時は、ルイ様に使いの者を送るのでそれでよろしいでしょうか?」
ゴドフリーはそう提案してくる。
ここにいても村の情報を手に入れることができないと分かった俺は、少し落ち込むが、それでも行商人との関係がラッセル食堂にはあったため、それだけでも来た価値はあっただろう。
「うん。それでよろしく。ごめんね時間を割いてもらって」
「いえいえ!こちらこそ勝手に勘違いして申し訳ございませんでした!」
話はまとまり、俺達は立ち上がると個室を出る。
「セシリア、待たせてすまない」
個室の前で待っていたセシリアに待たせたことを詫びる。
「いえいえ!大丈夫です!」
「それじゃあゴドフリー、店を頑張ってくれ」
そうゴドフリーに挨拶をしてから、俺たちは店を出る。
店を出た二人はリチャードが停めていてくれた馬車へと向かった。
 




