29話 訓練場
一体何が起きたのだろう。
リチャードのあんな一言だけで、簡単に兵士の意見が180度変わった。
それになぜリチャードのスキルがバレてしまったのだろうか。
入り口にいる兵士に聞こえないような少し離れた所まで来た時にリチャードに聞いてみる。
「ねえ、リチャード。どうしてあの兵士はあんなに簡単に意見を変えたの?それになんでリチャードの『スキル・《気配遮断》』があの兵士にはバレたの?」
リチャードに聞いたはずだが、スキルに関してはその答えをなぜかセシリアが教えてくれる。
「ルイ様。先程リチャード様はスキルを発動させてはいませんよ?何もしないまま訓練場の入り口へと近づいて行ったのです」
「スキルを発動してなかったの!?じゃあ、どうやってこの中に入るつもりだったの?」
再びリチャードの方を向く。
「ルイ様。セシリアに教わったことを思い出して頂ければ、私が教えなくとも答えはすぐにお分かりになるはずです」
なんだと……。セシリアに教わったことを思い出せば分かる?
必死になってセシリアにどんなことを教わったかを思い出す。
確か、屋敷を守る兵士はそこまで数が多くなくて、一人当たりの仕事量が増えていて困っているという話は聞いたことがあるが、それと何か関係しているのだろうか。
……そういうことか!
リチャードは俺が将来兵士としてこの屋敷で働きたいと思っているということを兵士に伝えたのは、兵士が使用人の子どもの格好をしている俺を見て、必ず入ってくれると思い、歓迎する態度へと変化するというのを分かっててのことだろう。
使用人の子どもならほとんどこのフーリエ家の土地から出ることもないため、将来の職はほとんど両親と同じ使用人になる。
しかし、本人が望めば屋敷の兵士になることもできるため、兵士が少ない現状を少しでも打破したいと考えている現在の兵士は、自分たち側に引き込みたいのだろう。
将来、屋敷の兵士となるなら、子どもの頃から使っても問題ないと考えたのだろうか。
しかし、そんなすんなりと入れてくれるなんて。
「分かったよリチャード!最初からスキルを発動する必要なんてなかったってことか!」
なぜこんな風になったか答えに辿り着いた俺は、自分の考えをリチャードに伝える。
考えてまとめたことを伝えると、リチャードは感心した表情を浮かべる。
「そういうことでございます。流石はルイ様です。一瞬で答えに辿り着いてしまいましたね」
褒められて少し調子に乗った所で、セシリアに疑問に思ったことを聞いてみる。
「ありがとうリチャード。ところでセシリアにまだ教わっていなかったから聞きたいんだけど、なんでこの屋敷の兵士は屋敷の広さに比べてあまり多くないの?」
突然隣からセシリアの声とは全く違う、男の人の声が聞こえてきた。
「それはな坊主、この家の長男のライアン様と次男のリアム様に兵士が取られてるからなんだよ」
セシリアに聞いたはずだったが、いつの間にか俺たちの話を聞いていたのか、先程まで訓練場で訓練していたであろう男が答えてきた。
なぜ、先程まで訓練していたと分かったかと言うと、この、話しに混ざってきた男は上半身裸で、いい運動をしていたと分かるくらい、体中から汗を流していたからだ。
聞かれても構わない内容だったからよかったが、それよりもこの男はいつの間に俺たちに近づいて来ていたのだろうか?
考えるのに夢中になって全く気付かなかった。
気配を消す術でも持っているのだろうか。
リチャードのようにスキルの効果か、それとも何かの技術か。
急に声をかけられたから驚いたが、この男の雰囲気がレンスをそのまま大人にしたような感じのためどこか懐かしささえ感じる。
とりあえず突然声をかけてきたこの男の相手をするか。
「おじさんは誰?突然出てきて話に混ざってきたから僕ビックリしたよ!」
まだあどけなさを残している子どものふりをして兵士と思われる男に話しかける。
「お、おじさん……。……おい、坊主一つだけいいか?」
何かショックを受けている兵士のおじさんに言われる。
「うん?何?」
「俺にはハンスって名前があんだ!それにお前から見れば俺はおじさんかもしれないがまだお兄さんだ!おじさんじゃねえ!」
おじさんは急に大きな声を出してきたため、俺は驚いてしまう。
「そ、そうなんだ!ごめんごめん!」
「そこ重要だから間違えんじゃねえぞ!」
どうやら年齢のことをかなり気にしているらしいな。
そう言われてみると始めは40代くらいのおじさんに見えたが、よく見れば体つきからもっと若いことが分かる。
だが、顔は何度見ても同じ歳の人より老け顔なため俺が間違えたのもしょうがないことだと思う。
「ところで兵士がライアン様とリアム様にとられてるってどういうこと?詳しく教えてよ!」
「ああ、俺も今日の訓練は終わりで暇だから坊主に教えてやるよ」
先程からハンスが俺のことを坊主と呼ぶたびに、後ろにいるリチャードとセシリアがこの男を不敬罪で始末するとか言わないか心配だが、どうにか無事に済んでいる。
二人がこの男を締め出すとか言う前に、早く話を始めてもらわなければ。
「今、ライアン様とリアム様が、どちらが男爵様の跡取りになるか争ってるのは分かるか?その争いが勃発した時に屋敷の馬鹿な兵士どもが自分の推している方に着いていっちまったんだよ。自分が付いた方が跡取りになったら簡単に出世できるからな。そして今、出世目当ての馬鹿な兵士どもが多かったせいで、屋敷自体を守る兵士が足りなくなるって始末さ」
「なるほどね。ライアン様とリアム様のせいで屋敷を守る兵士が少ないってわけか。それで大丈夫なの?」
「ああ、何とかな。俺らも手を貸して何とかってところだ」
けれど、出世したいという願いは誰にでもあるだろうから、兵士達がどちらかに付くのも分かる。
それで自分の仕事をほったらかすのはいいことだとは思わないが。
話はまだ終わっていなかったのか、ハンスは言葉を続ける。
「だが、最近また新しい問題が出てきてな。本当か嘘か分からないが、フーリエ男爵の下に三男も生まれたって話なんだ。誰もその三男を見たことが無いから皆半信半疑だが、兄さん方二人の所に行かずに残った兵士の中で博打好きな奴らが、その三男坊に付こうかって話をしてんだよ!」
「ただでさえ兵士が少なくなって一人当たりの仕事量が増えて困ってんのに、三男まで登場して跡取り争いに参加するとか言い出すようだったら、一発その三男坊の顔面殴ってやりたいね」
俺は跡取り争いに参加する気はないが、なぜ俺は初対面のこの男にボロクソ言われているのだろう。
まさか目の前の坊主が、その三男坊だとは思っていないだろうが、言うなら兄達に言ってほしい。
「それ以上は許しませんよ。ハンス」
急に後ろにいるリチャードから、初めて感じる凄い殺気と共に、怒りが含まれていて、とても冷たい声がハンスに向かった。
その殺気は自分に向かっているわけではないが、後ろからのためか、そのとても冷たい声と共に、俺に向かってきているような感覚に陥る。
普段のリチャードとは違うその圧に、後ろを振り向くことができない。
そんな緊張した場を和らげたのは、殺気を向けられたはずのハンスだった。
「冗談、冗談ですってリチャード様!そんなに怒らないで下さいよ!」
あれほどの殺気を真正面から向けられたのにハンスはピンピンとしたままだった。
俺は怖くてまだまともにリチャードの方を見れない。
そして、気づいたがリチャードもハンスも互いを知っているような雰囲気だったな。
もしかして知り合いか?
「え?もしかして二人とも知り合いなの?」
そう言ってルイは二人のことを見比べる。
「まあ、もちろん俺はリチャード様のことは前から知っていたぜ。昔、俺が働いていた職場では有名人だったしな!けどリチャード様は俺のことは知らないんじゃないか?」
ハンスはリチャードの方を見ながらそう答える。
「私はこのフーリエ男爵家に来た後にあなたの存在は知りましたよ。ハンス・ハーバー。元王国三騎士団の騎士。突然、騎士団を辞めてこちらのフーリエ男爵家に仕える騎士になった変わり者。こんなところですかね」
リチャードもハンスのことは知っていたようだ。
というか騎士!?ハンスは兵士じゃなかったのか!?
しかも王国三騎士団と言えば、超エリートしか入れない難関中の難関じゃないか!?
そんな人が本当にどうしてこんな所に?
「変わり者ってひどいじゃないですかリチャード様?あなたも俺から見れば相当変わり者ですけどね?俺も驚きましたよ。まさか自分の再就職先にリチャード様がいるなんて」
この人の経歴も凄いが、やはりリチャードもそんな人に有名だと言われていることは相当凄いんだろう。
昔働いていた職場で有名ってことはつまり、王国騎士団で有名だったってことなんだよな?
やはり以前、リチャードが王の下で働いていたということは本当だったのか……。
「そんなことはどうでもいいのです。それよりハンス。このことは他言無用で頼みますよ」
リチャードが他言無用と言うがどういうことだろうか?
「分かりましたよリチャード様。その坊ちゃんのことは誰にも言わないから安心してくれ」
「どういうこと僕のことを誰にも言わないって?」
「ルイ様。流石にこの男は私がいることで分かってしまったのでしょう」
リチャードは言うが、どうにも分からない。
そんな時、ハンスが説明してくれた。
「リチャード様くらいの御方が付いている人なんて、そんなのこの屋敷の主人である男爵かその子どもくらいしかありえないだろ?リチャード様が男爵の傍を離れたことは耳にしていたが、兄達二人の傍に付いたって話は聞いたことが無い。そう考えると残った三男坊に付いたってことになる。そんなリチャード様が小さな子どもを引き連れて来たらそりゃあ分かるだろ?」
そんな簡単な理由だったのか!
簡単な理由だったが、ある問題に気づいた。
「それじゃあリチャードと一緒に屋敷を歩くと、僕が三男ってことが皆にバレちゃうの!?」
もしかしたら、今日俺たちの姿を見た人全員に俺が三男ってことを公表しながら歩いていたのかもしれないのか。
そんな心配をしていると、リチャードが答える。
「その心配はございません。私のことを詳しく知っている者は男爵夫妻を除けばこのハンスくらいでしょう。他に王城から屋敷へと来た者は聞いたことがないのでご安心ください。今回は偶然、私のことを知っているハンスと出会ってしまっただけです」
リチャードは王城以外では凄い人だってことがバレてはいないのか。
他の使用人にバレていないなら心配はいらないな。
「それにこのハンスは先程本人が言っていたように、この屋敷の跡継ぎ争いには否定的な方ですのでルイ様のことをむやみに言い広めたりはしないでしょう」
「それなら安心だ!」
俺は跡取り争いに参加はしたくないので、そう仕向けられないならとても助かる。
ハンスが何かを言いたそうにこちらに近づいてきて、俺に向かって言う。
「だが坊ちゃん。さっき俺が言ったことの全部が嘘ってわけでもない。あんたが成長して跡継ぎ争いに混ざったりするようなら、俺は自分のためにもお前を殴りに行くからな」
「安心してよ!僕、跡継ぎには興味ないから!」
「フーリエ男爵家なのに跡継ぎ争いに混ざらないのか!?お前はあの馬鹿な兄達とは違うな!」
ハンスは俺が言うと思っていたことを言わなかったからか、俺を褒め、頭を撫でてくる。
この人は本当にフーリエ家に仕える騎士なのだろうか?全然、主に対する態度じゃないな。
まあ、それは構わないけど、同い年かもしれないおじさんに頭を撫でられるのは嫌だな。
ルイはハンスに頭を撫でられながらそんなことを思った。




