27話 服装
図書室を後にしたルイ達は、その足で食堂に向かう。
二歳になってからは大人とほとんど同じものを食べられるようになったため、今の俺なら食堂に言っても普通に食べられるだろう。
「所で食堂っていうのは具体的にどんな場所なんだ?普通貴族って言うのは家族全員で一緒に食事をとったりするものじゃないのか?」
ルイは歩きながらリチャードとセシリアに質問をする。
前の世界での貴族のイメージは、広間で長いテーブルを囲みながら食事をしているものだったが、そういうものではないのだろうか。
「フーリエ家は食に関しては凄く強いこだわりがあると言う特徴があるので、それぞれ好きな物を食べられるよう、好きな時間に食事をとれるようにという代々の男爵様のお考えによって、各自でお食事をとるようになっているのです」
「そのため、昔から誰でも使える食堂が用意されていて、そこでいつでも食事ができるようにとされているのですが、最近の代の御当主様は食堂で食事をとらず、お部屋に運ばせて食べるようになっているので、ほとんど食堂は私たちのようなこの屋敷で働いている者が使用している場所となっております」
なるほどな。
フーリエ家の特色を受けて平民区画の南の方が料理に優れているようになったと聞いていたが、フーリエ家の特色とは食に関するこだわりだったのか。
それでこだわりが強いため、いつでも食べられるように食堂を作らせたっていう訳か。
けれどそこも今ではフーリエ家の人々はあまり使わず、屋敷の使用人のための食堂のようになっていると。
確かに俺も最近までは部屋で食事をとっていたが、それは部屋を出られない理由があったからで、他の家族は一緒に食事をとっていると思っていたが、そうでもなかったみたいだ。
そう考えると、両親は子ども達と触れ合う時間があまりなさそうだから、どの子供に対してもあまり愛情を持っていなさそうだな。
だから子供たちが男爵の跡継ぎ争いをしていても止める気配がないのだろう。
俺が先程、図書室から本を部屋に持って行っていいかリチャードに聞かせに行った時も、リチャードが帰ってくるのが早かったため、きっと簡単に許可を出したのだろう。
あまり自分の子どものやることに興味を持っていなさそうだ。
まあ、その方が俺も好き勝手やれるから助かるけどな。
「所でルイ様は食堂で食事をとるということで本当によろしかったでしょうか?」
不安になったのかセシリアが聞いてくる。
「うん、いいよ。なんで?」
「……いえ。ただ、先程言った通りフーリエ男爵家の方々は各自、お部屋で食事をとっていらっしゃるので大丈夫なのかなと……」
なるほど、きっとセシリアは使用人も食堂を使っているから、貴族の俺がそこで食事をとってしまうと、周りの使用人達が遠慮してしまう可能性を考慮しているのだろう。
「使用人たちのことを気にしているなら大丈夫だ。じゃあ、俺たちは食堂で食事を貰うだけもらって、どこか別の場所で食べればいいじゃないか」
俺は自分の考えを伝えたが、的外れなことを言っていたのかセシリアはキョトンとした顔をしている。
「いえ、そういうことではなくてですね……。先程伝え忘れていたのですが、実は何代か前の御当主がそういうことを懸念されて食堂にも貴族が食事をするスペースが確保されているので、そちらの問題は大丈夫なのですが……」
「なんだ。大丈夫だったのか。なら何の心配があるんだ?」
「屋敷の中で白昼堂々と暗殺は無いと言ったのですが、食堂の料理人にもし、兄君様達の配下の者がいたら、ルイ様のお食事の中に毒を入れられたりする可能性はあるのではないかという不安がございまして……」
俺が兄達に殺されるかもしれないという心配か。
その可能性はあるかもしれないだろう。
しかし、いくら何でも食堂にまで兄達の手の者がいるとは思えない。
それでもセシリアは心配なのだろう。
リチャードもセシリアと同じ意見なのか静かにうなずいている。
「よしっ!それじゃあその心配を無くすためにも服を着替えようか!」
「服を着替えるんですか?」
「この屋敷で働いている使用人って屋敷の近くに、使用人専用住居があってそこで暮らしているんでしょ?」
「はい、そうでございます」
「使用人の中には代々この家に仕えている人もいるんだから、その子どもも一緒に住んでいて、この食堂に来るってことはないの?」
「確かに、最近ではフーリエ家の方々もご利用にならないので、仕事中の使用人の両親が忙しい時は食堂でご飯を食べている子どももいます」
「なら、僕も使用人の子どものふりをして食堂を利用すれば、今の今まで部屋に引きこもっていたし、まさかフーリエ男爵家の三男だとは気づかれないでしょ!」
そう、今日まで部屋の外に出たことが無かったし、部屋に来て、俺の顔を見たことがあるのも俺の両親と、リチャード、セシリア、そしてあの暗殺者だけだ。
暗殺者はもういないし、両親は食堂に来るはずがない。
暗殺者が来たのは俺の部屋の場所が兄弟にバレていたからであって、あの二人も俺の顔を見たことはないだろうし、兄弟でさえ知らないならさらに配下達が知るはずもない。
リチャードとセシリアは俺の専属だから誰かに正体を言う心配もない。
そして、図書館への道のりと食堂までの道のりでも誰ひとりとしてすれ違ってもいない。
つまり俺の顔を知る者はいないから、このバレやすそうな服装さえ変えてしまえば、俺の招待がバレる心配はないのだ。
問題はこの無駄に豪華な服をどこで着替えるかだ。
目立たなさそうな使用人の子どものような服など持ってはいないし、そんなあては俺にはない。
となると、セシリアかリチャードに頼むしかないか……。
「二人とも、使用人の子どもが着ている服とかってどこかで手に入れられないかな」
俺に聞かれた二人はどこかに当てはないか頭を悩ます。
やがて、ありそうな場所が思い浮かんだのかリチャードが提案してくる。
「それでしたら、この屋敷にある服部屋と呼ばれている部屋に何着か子ども用の服があったはずなので、それをルイ様のお体に合うように採寸し直しましょう」
「服部屋?凄い名前だね。じゃあとりあえず、食堂に行く前にその部屋に行ってみるとしようか」
こうして目的地を変更したルイ達一行は、まずは服がたくさん置いてあるという服部屋に向かう。
その部屋は、図書室から食堂に向かう途中にあったらしく、案外早く到着した。
「ここでございます」
リチャードはその部屋に着くなりそう言うと、扉を開ける。
扉が開くと、そこには大量の服が綺麗に整列していた。
男物から女物、新品そうなものから一度着られたような服、豪華な服から俺が前世で着ていたような感じの服まで、様々な服がある。
確かにこれなら服部屋と名付けられているのも理解できる。
それにしてもなんでここまでこの部屋には服があるのだろうか。
疑問に思ったため、リチャードに聞いてみることにしよう。
「リチャード。何でこの部屋にはここまで服がたくさんあるの?」
「それはですね。何代か前のフーリエ男爵家の御当主様が、配下の者達にバレないように様々な服に着替えて変装しては、この屋敷を抜け出して王都の中を歩き回るというのが趣味だったらしいのです。その際に使われた服がこのように溜まりに溜まって服専用の部屋が作られたのですが、この中には貴重な物からどうでもいい服まで様々な服がございまして、処分しようにもしづらいということになり、未だに残されているという訳でございます」
フーリエ家の歴代当主って変な人が多いのだろうか。
かなり自由に色々なことをやっていたんだな。
話を聞く限りでは楽しそうな環境だったんだな。
それが、今では兄弟で暗殺するほどに物騒になるなんて、歴代当主も思わなかっただろうな……。
しかし、こんな部屋があったり、屋敷の近くに使用人専用の住居があったりと、他の貴族の王都の土地の広さは知らないが、フーリエ家はかなり広い方なんじゃないだろうか。
それに歴代当主が服にこんなに金を使ったりと、金にもかなり余裕がありそうだ。
それならこれらを相続したいと思うのも当たり前か。
だからと言って殺し合いはしたくないが。
「なるほどねリチャードありがとう。それじゃあ服を探そうか!」
よしっ!気持ちを切り替えて俺が着れそうで、尚且つ使用人の子どもが着ていそうな服を探すか!
三人で手分けして、俺に合いそうな服を探していく。
始めは俺も真剣に探していたが、あまりにも服が多すぎて探すのが大変になってくる。
いくら種類ごとに分けられていても、量が多いとここまで探したくなくなるものなのか。
それに途中で気づいたが、貴族が着るような服と前世で着ていた服は実際に来たこともあるし、分かるが、使用人の子どもが着ていそうな服ってどんな感じなのだろうか。
前世では動きやすい服装だったり、豪華なものではなかったが、使用人の子どもとはいえ、そこまで貧乏そうな服は着ていないだろう。
となると、貴族と辺境の村人の中間のような服を着ているのだろうが、そんな服は見当たらない。
ここは潔く諦めて、服装を知っているリチャードとセシリアに任せよう。
「ルイ様、ちょうど良さそうな服を見つけました」
諦めた直後にセシリアから見つけたという報告が来る。
このまま探すことにならなくてよかった。
「ありがとうセシリア!こっちに持ってきてくれるか?」
俺がいる場所に服を持ったセシリアと別の場所からリチャードが来る。
セシリアが持ってきた服を見てみると、その服は俺が先程考えていたような貴族と村人の中間のような服だった。
これでようやく食堂に向かうことができると思ったが、セシリアが持っている服は俺が着ている服より大きそうだった。
服を俺の体に合わせてもらうと、腕や足が全く服からはみ出さなくなるほど大きいサイズだった。
しかし、何の問題もない。
リチャードがいれば服のサイズなど気にしなくていいからだ。
セシリアもそれを分かっているため、俺にあてていた服をリチャードに手渡すと、リチャードはその場で、どこからともなく裁縫道具を取り出し、俺の体に合わせた大きさに作り替えていく。
あっという間に変化した服は見ただけで俺にピッタリなサイズだと分かる。
俺は服を受け取るとその場で着替える。
着てみると、実際に服はピッタリだった。
服も着替えたし、これで問題なく食堂に行けるな。
「それじゃあ、ようやく食堂に行くことにしようか!」




