25話 図書室
目の前に続く長い廊下を、甲冑姿で兜を脇に抱えた女性を先頭に、その後ろを同じ甲冑姿の男性と女性が二人歩いていた。
先頭を歩く女性の後ろで男性と女性が口を開く。
「団長、結果は何も得られなかったじゃないですか!陛下にどうご報告しましょう!?」
「メアリー、君が心配することではない。団長に任せておくんだ」
「そうは言っても副団長……」
メアリーと呼ばれた女性の団員は、不安そうな顔で副団長と呼ばれた男の方を見る。
副団長はそんな心配をしているメアリーを見ながら小さくため息を吐き、目の前を歩いている団長に視線を移す。
団長は後ろで二人が何を言っていても、ただ黙々と廊下を歩いている。
「副団長!私たちどうなっちゃうんでしょう!まさか成果を出せなかったからって、私たち翡翠騎士団が解散させられるってことは無いですよね!?」
「それは多分無いから安心してくれ。君はなんで有能なのにそんな心配性なんだ!?」
メアリーと副団長が話し合っていると、団長がようやく声を発する。
「お前たちそろそろ陛下の御前だ!静かにしろ!」
その言葉を聞いた瞬間、先程まで自由に話していた副団長と団員は黙り込む。
二人とも先程までとは打って変わって真面目な表情へと切り替わっている。
静かになった所で三人は廊下の終点である大きな扉の前へと辿り着く。
扉の両脇には鎧を身に付け、槍を片手に持った衛兵が立っていて扉を守っている。
三人が扉の前に来ると、何かの合図があったのか巨大な扉が内側に開いていく。
扉が開くと、そこにはとてつもなく広い空間が広がっていた。
その扉が開いた先には玉座が置かれてあり、そこには一人の人物が座っていた。
そして、その人物を守るように周りには大勢の近衛が配置されている。
その他にもこの国の貴族と思われる臣下達が大勢集まっていた。
三人は玉座に座っている人物に向かって歩いていく。
扉から玉座に向かって敷いてある赤いカーペットの上を、その両脇に立っている近衛達を見もせずに歩いていく。
長い時が経ったような後、三人は玉座の前まで辿り着く。
玉座の真下まで来ると、三人は玉座に向かって跪き、頭を下げる。
「翡翠騎士団団長よ面を上げよ」
玉座に座っている人物が声を出すと団長だけは頭を上げた。
団長が頭を上げた所で再び声を出す。
「この度は長旅ご苦労だった。して、結果の方はどうであった?」
代表として団長が説明する。
「はっ、陛下!今回、アンティグリオ大森林にあるティリオ村で異変があったという知らせを受け、行った調査ですが、率直に申し上げますと結果は失敗に終わりました」
団長の報告を聞いて、玉座に座っている国王陛下がその表情を暗くする。
周りにいた臣下達もその報告を聞き、何やらざわめき始める。
「アークドラン王国の騎士の中でも、調査の精鋭が集まっているはずの翡翠騎士団が調査しても何も分からなかっただと?」
「やはり、当代の団長には団長として問題があるという噂が本当だったのではないか?」
「こんなにも精鋭がいて、何も分からないなんてことがあるのか?」
周囲の臣下達は本人達からすれば囁き声で話しているはずだが、数が数なため囁きはとても大きなざわめきとなる。
普通ならこんな小さな囁き全てを聞き取ることはできないはずだが、魔鎧を発動していた翡翠騎士団の三人には、はっきりと聞こえていた。
「ちっ、あいつら根も葉もない噂を真に受けて団長のこと悪く言いやがって」
「そうですよ!今喋ってるほとんどの奴らは何もできないくせに口だけは達者なんですから!」
副団長とメアリーは、自分の騎士団の団長が悪く言われたのが許せないのか、頭を下げたまま小声でささやいている。
団長は二人の話が聞こえているはずだが、先程とは違って黙ったまま国王の方を向いている。
「静かに」
ざわめきが大きくなったことにより、玉座に座る陛下が一言発した。
その声は決して大きくは無かったが、その一言だけで周りを静かにさせるのには十分なほどの威厳が込められていた。
周囲に瞬く間に静寂が広がると、国王が口を開く。
「結果は失敗に終わったと言ったな。詳しく話してみろ」
団長は詳しく説明を始める。
「はっ!まずティリオ村の近隣都市のジ・フォレスから、森がある方向から大量の煙が上がっているという報告を受け、私たち翡翠騎士団は急いで調査のために都市まで向かいました。
都市に着くと、既に数日経っているはずなのに、そこからは確かに大量の煙が森の方で立ち上がっているのが見えました。
そこで都市に着いて早速、引き連れてきた騎士団の者達と森に調査に行ったのですが……」
団長はそこまで言うと、急に黙り込んでしまった。
「どうした翡翠騎士団団長イザベル。続きを早く話せ」
国王に言われ、団長は見てきたことをそのまま話す。
「村に辿り着くと、そこには直前まで見えていた煙の一つも出ていないだけでなく、何が起こっていたかなどの痕跡は一つもなく、村人の死体すら一つもありませんでした。しかし村人は誰ひとりとしておらず、村の建物は壊滅していたのです」
「村に辿り着いてから何度も調査を繰り返したのですが、何も見つけることはできず、今回の調査は失敗に終わったということです」
団長が話し終わると辺りは一瞬何もなくなったかのような静けさに包まれた。
が、次の瞬間、玉座の間にいる臣下達の間から一斉に笑い声が沸き起こる。
臣下の貴族達から、今度は魔鎧を発動するまでもないくらいはっきりとした声で聞こえてくる。
「はっはっは!!直前まで見えていた煙が見えなくなったですって?翡翠騎士団団長様は随分と面白いことを言いますねぇ!」
「はっはっはっ!……はぁ!、もうこれ以上笑わせないでくださいよ!」
「こんな結果でも本当に調査に優れている騎士団なんですかねぇ?」
右も左も三人を取り囲むように、嘲笑の色を浮かべながら臣下達は好き勝手喋りだしている。
またしても団長イザベルは言われるがままにしているが、その拳は悔しそうに強く握りしめられていた。
「静粛に」
呆れるようにして王が再び声を発する。
瞬く間に静かになるが、先程と違いそれでもまだそこかしこから笑い声が聞こえてくる。
それらを無視して王は団長に話しかける。
「なるほど……。ティリオ村は辺境とは言え、我が国の一部だ。あの村がなぜ一瞬にして無くなったかは引き続き調査が必要だろう。他国からの侵略も視野には入れているが、今の我が国の外交面から考えるとその可能性は非常に低い。それにもしかしたら、村から無事に逃げ延びた人もいるかもしれん。それらの調査と逃げ延びた村人と思われる者達を見つける任務を翡翠騎士団に与える」
「「「はっ!!」」」
任務を与えられた三人は王に向かい返事をする。
「それではこの件は以上だ。下がれ」
王はそう言うと、三人を下がらせる。
三人は立ち上がり、王に向かって敬礼をすると、そのまま扉へと歩いていく。
扉が開き、玉座の間から外へ出ると扉が閉められていくが、その隙間からは臣下の貴族が王の下へ群がり、それに対し頭を抱えている王の姿が見えた。
扉が完全に閉め切られると、三人は扉から離れ、再び廊下を歩いていく。
「聞きましたか団長!?何もしない貴族達にあんなこと言われたままでいいんですか!?」
「そうですよ団長。この意見は私もメアリーに賛成です」
完全にヒートアップした団員メアリーと、普段は止める側の副団長もその意見には賛成して、二人で団長イザベルに詰め寄る。
団長はそれでも何も言わず、ただ拳を硬く握りしめている。
それに気づいた二人は、それ以上は何も言わずにただ黙ってしまった。
三人はそのまま静かに廊下を歩いていった。
◇
廊下を歩いていて、鏡を見つけたルイだったが、その鏡を見ていてある異変に気付く。
そう、それは転生したはずなのに、自分の姿が前世の姿と変わらないということだ。
なぜ今になって気づいたのかというと、今の自分の部屋には鏡が無かったため気付かなかったのと、前世では赤ん坊の頃に自分の顔を見たことが無かったため気づけなかったのだ。
それにしても、どうして顔やら体やら髪の毛までも前世と一緒なのだろうか。
以前見たことがある、今回の人生での両親の顔は全く違うし、髪の色も二人とも金色だった。
しかし、今のルイの髪の色は前世と一緒で少し茶色がかった赤色である。
顔も前世の両親、ラルバートとローズの美男美女という二人の顔を引き継いだような顔をしている。
名前が一緒だった時も驚いたが、まさか顔とか体も一緒だなんて。
これはスキルの効果なのだろうか。
名前の時だけなら偶然だと思ったが、今回のことに気づくと偶然ではないと思う。
そうすると、やはり『スキル・《転生∞》』の効果なのだろう。
まだまだ、スキルには知らない効果が隠されていることに気がついたな。
「ルイ様?鏡の前でそんなに立っていてどうされたのですか?」
どうやら俺は長い間鏡と睨めっこしていたらしい。
心配になったセシリアが声をかけてくる。
「そういえば、ルイ様のお部屋には鏡が無かったので、自分の姿を見れるこんなに大きな鏡を見たことで驚いたのでしょう」
リチャードが勘違いして説明してくれる。
確かにこの世界では大きい鏡かもしれないが、俺は前の世界でもっと大きな鏡を見たことがあるため、鏡の大きさでは全く驚いてはいない。
しかし、その方が都合がいいためリチャードに合わせる。
「これが鏡!?こんなにおっきいものなんだね!」
そう言って鏡に映る自分の姿と遊んであげる。
子どもらしい一面を見れたことで微笑んでいるセシリアとリチャードに内心謝りながらも、ルイは図書室に行くために鏡から離れる。
「よし!鏡はこの辺にしておいて図書室に向かおう!」
「「かしこまりました!」」
そして三人は再び歩き始める。
歩いていて気が付いたことがある。
説明された屋敷の中だとそこまで広い感じはしなかったが、実際に歩いてみるとかなり広い。
さらにそう感じさせるのは、このの体が小さいからだろう。
小さいせいで、廊下を歩いているだけなのにかなり広く感じる。
天井は高いし、壁から壁までも長いし、横幅なんて三人が横一杯に歩いていても邪魔にもならないくらいだ。
俺は魔鎧を発動しているから疲れることは無いが、それでも精神的な疲労がたまってくる。
まだ目的地には辿り着かないのかと考えていると、セシリアに声を掛けられる。
「ルイ様。到着いたしました。」
ようやくたどり着いたか。
「ここがフーリエ家、図書室でございます」
セシリアにそう言われて見た場所は物置小屋くらいのスペースしかないとても狭い部屋だった。




