23話 二年後
こうしてルイは、セシリアからは知識を、リチャードからは格闘術を教えてもらう日々が続き、暗殺者を送られた日から充実した時間を過ごしていた。
そして、そんな日々を過ごして二年が経過した。
ちなみにあの日以来、暗殺者を見ることはなかった。
兄達は自分が送った暗殺者が帰らないことによって、ルイ側の守りが意外にも厚いことを知って慎重になったのだろうか。
それともルイが知らないだけで暗殺者は送られ続けているが、リチャードが裏で対処しているのかもしれない。
とりあえずここ最近は一度も暗殺者を見ることが無かった。
もし、暗殺者と対峙することになったとしても今の実力ならリチャード無しでも安全に対処できるとは思うが、万が一にでも取り逃してしまうことがあったら赤ん坊なのに色々とできるという秘密がバレてしまうため、来るならもっと年齢的にも実力的にも成長してから来てほしい。
ルイはこの二年の間にかなりの力や知識をつけた。
日々セシリアとリチャードの教えを受け、豊富な知識を得ることができ、格闘術もかなり習得できた。
ただ誤算だったのが、セシリアからはこの世界の常識だけを教えてもらうのかと思っていたら、リチャードが貴族の子どもとして行われる教育もすると言ったため、貴族としての教養なども受けさせられるようになったことだ。
新たな知識を学ぶのは楽しく学ぶことができたが、貴族としてのマナーや作法などは実践付きで学ばされるため苦痛だった。
例を挙げるとすると、テーブルマナーやダンスなどだ。
この世界に転生する前はもちろん、平民であった前世でもそんなことを学ぶ必要もなく、作法などを気にするような機会は無かったため、貴族としての作法は面倒に感じた。
とても辛かったが、セシリアにこの二年間で何とか及第点を貰えたため、今から貴族の社交パーティーなどが行われても問題なく出られるくらいにはなっているだろう。年齢的にはありえないが。
リチャードの格闘術も最初の頃は格闘術への憧れもあり楽しく教わっていたが、慣れ始めると徐々に楽しさよりも大変さが上回るようになっていった。
よく考えたら転生前の世界では一度も運動部には所属せず、歩くこと以外は特にこれといった運動は行ってこなかった。
そのため運動はからきしだったが、この世界では魔鎧があるため運動神経の点では何とかなっていた。
だが、いくら魔鎧でも精神は変化させてくれないため、特訓や練習という運動部のようなノリについていくのはとても辛かった。
最初はまだ、リチャードのような強さを得たいという気持ちや、前世での家族の行方や突然の死を解明したいという目的のために頑張れていたが、教えは回数を重ねるにつれ、より厳しいものへと変化していき、体力的には大丈夫でも精神面が鍛えられていないルイには中々厳しかった。
「はい、あと少しです!もう一回!」
こんな体育会系のリチャードの掛け声が響く中でも、圧倒的帰宅部精神のルイはなんとかそれに耐え抜き、精神面でも成長することができた。
今ではリチャードの格闘術を教わる時間でも苦に感じることはなくなった。
ルイは力や知識を身に付けることができたが、自分だけでなく周囲も変化があった。
まず、リチャードとセシリアは専属執事とメイドとして最初の頃はルイに対して、かなり丁寧に接していたが、最近では教育も兼任しているからか丁寧さは残るものの、遠慮は少なくなったように感じる。
たまに、二人は本当に貴族に対して接しているのだろうかと思うような時もある。
普通の貴族ならそういう態度を注意したりするのかもしれないが、根っこが一般人のルイはそういうこともしなかったので、二人の態度はこうなったのかもしれない。
まあ、年齢的にセシリアもリチャードもルイよりも上(セシリアはルイの精神面を考えれば年下だろうが)だろうからそのような態度を取られても何も思わないが。
そんな態度をとるのもルイに教えている時だけで、誰かに見られるという心配も必要ないことから、二人の態度が問題に繋がることもないだろう。
二年間であった変化というのは大体そのくらいだった。
ただ不思議に思ったことと言えば、最初の一回以外でこの二年間、ルイの両親であるフーリエ男爵夫妻が一度も生まれたばかりの息子の部屋に来なかったことだ。
いくら貴族の常識を知らないルイでさえ違和感を感じるほど、ここまで自分の子どもを執事とメイドに任せて放っておくものなのだろうか。
確かに貴族の多忙さは、この二年間セシリアからの教えで良く分かったが、それでも仮にも生まれたての自分の子どもだぞ?
もしかしたら、自分たちの子どもが跡継ぎのために争っているのを分かっているから、誰か一人の子どもに肩入れしているよう思われないために子ども達に合わないようにしているのだろうか。
それとも子ども達に対する愛がないのかもしれない。
どんな事情があるのかは知らないが、普通の子どもだったら親の愛を知らないで育つことになっていただろう。
ルイの兄達もそれで子どもの頃から歪んでしまって、兄弟に対して簡単に暗殺者を送れるようになってしまったのだろうか。
ルイは普通の子どもではないからそうはならずに、この環境を利用してすくすくと成長してきたがな。
それにしてもよく、こんな兄弟同士で暗殺者を向け合ったりとかしている貴族社会なのに、そんな危ない行動をしている貴族が政治の中心となって国を運営できているな。
セシリアの説明でも貴族がちゃんと仕事をしているようだったが、こんな歪んだ貴族の跡継ぎ争いをして勝ち残ったやつが、勝った途端に真面目にでもなるのだろうか。
それとも実は貴族が仕事をしているわけではなく、その下の者達がしているのだろうか。
その可能性の方が高そうだな。
こんなに家族内で醜い争いをしている貴族達が国を運営するという大きな仕事をできるわけがない。
もしかしたらまともな貴族もいるかもしれないが、少数派な気がする。
ルイとしては貴族社会には関わらない予定だからどうでもいいがな。
こんな感じで転生後の二年間を過ごしていたが、ちょうど二年経った今日はルイにとって特別な日である。
「「ルイ様、二歳のお誕生日おめでとうございます!!」」
そう、二歳の誕生日である。
いや、正直誕生日はそこまで気にしてはいない。
一歳の誕生日の時もそうだったが、リチャードとセシリアが祝ってくれるため、ルイもされるがままになっている。
そもそもこの誕生日というのも最近、王国で流行りだした文化らしい。
確かに前世では誕生日なんて習慣はなかった気がするが、前の世界でも常に一人で、誕生日なんて少し贅沢をするくらいでそんなに祝うような日でもなかったため特に気にしてもいなかった。
しかし、祝ってもらえるなら素直に喜んでいた方が、祝っている側も嬉しいだろう。
「ありがとう、二人とも!」
「それにしてもルイ様ももう二歳ですか……。時が経つのは早いものですねぇ」
「何を感慨深いようなことを言っているんですかリチャード様。これからもルイ様にお仕えしていくのにまだたったの二年しか経っていないんですよ?まだ二歳でそんな調子じゃこれからどうなるんですか?」
どうやら歳をとっているリチャードとまだ若いセシリアでは二年という感覚が違うみたいだ。
リチャードは感動しているのか、ポケットから取り出した白いハンカチで自分の目元を拭っているが、セシリアはめでたいとは思っているみたいだが、誕生日という祝い事に慣れていないのか、少し祝うのもぎこちない。
こういう新しい文化は若い人の方が順応しやすいと思っていたが、結局は人によるか、そうでもないのだろうか。
「ルイ様それで二歳の誕生日なのですが、なんと今回は巷で流行している誕生日にプレゼントを渡すというのを真似て、プレゼントをご用意させていただきました」
「私とリチャード様それぞれルイ様にご用意したものがございます。お持ちしますので少々お待ちください」
プレゼント!?
一歳の誕生日の時はそんなものは無かったのに今回は用意されているとは、前の世界の誕生日の文化と同じものになりつつあるな。
人からプレゼントをもらったことなんて前の世界でもなかったため、精神年齢三十五歳でもワクワクしてくる。
どんなプレゼントをくれるのかを今か今かと部屋の中で待ち構えていると、二人が何かを持って部屋に戻ってきた。
「ではまず、私からお渡しさせていただきます」
リチャードはそう言うと、持ってきた結婚指輪でも入っていそうな小さなサイズの箱を手渡してくる。
「これってもう開けてみていいのかな?」
「どうぞ、是非開けてみて下さい」
ルイはその箱を受け取ると早速開けてみる。
開けると中には指輪よりは大きいが腕輪と言うのは少し小さい物が入っていた。
「これはなに?」
「これはルイ様が誕生日なのと、格闘術をかなりの腕前まで習得されたので、その記念に送らせていただくマジックアイテムでございます」
「これがマジックアイテム!?」
「左様でございます」
セシリアから色々と教えてもらった時に知ったが、この世界には遺跡と呼ばれるものがあり、マジックアイテムはそこでのみ手に入るものでとても貴重なものらしい。
しかもマジックアイテムがどういったものかは、奇跡的に解明され、現在では大量生産する技術が確立しているスキルシートを除くと、解明されているものは無く、新たに作ることができないものばかり。
スキルシートがスキルを写してくれる効果があるように、マジックアイテムにも様々な効果があり、中にはとてつもない効果を持ったマジックアイテムもあるそうだ。
そんな貴重なものをくれるなんてリチャードは凄いな!?
「本当にこんないいものもらっていいの?」
「はい、ルイ様にこそ必要なものだと思いましたので」
「じゃあ、ありがたく受け取るよ。所でこれはどんな効果があるの?」
「ではこれをルイ様の腕に持って行って魔力を込めてみて下さい」
リチャードに言われた通りにもらった指輪ほどのサイズもない小さなリングに魔力込め、腕に持っていく。
腕の近くまで来ると、小さなリングはみるみるうちに大きくなっていき、ルイの腕の太さとちょうど同じくらいの大きさになると、ピッタリと腕にはまった。
目の前で起きたことにびっくりしているとリチャードが説明してくれる。
「これがこのマジックアイテムの一つ目の効果でございます。魔力を込めると自動で魔力を込めた者を判別し、その人の腕の太さと同じ太さになります」
「こんな小さいのにそんなすごい効果があるんだ!!」
「もう一つ効果がございまして、そちらはなんと魔力を込めるとなんでも一つだけリングの中に収納することができます」
「それは凄いじゃないか!?なんでリチャードはこんな凄いものを俺に?」
「実はそのマジックアイテムは以前、国王様に下賜されたものなのですが……。私は魔力が少ないので使えず、持っていても仕方がないのでルイ様に有効活用してもらおうと思いまして」
なんとも悲しい理由だった。
もしかすると、以前話していた王太子に格闘術を教えたという時のお礼にと貰ったのだろうか。
王様からすればいいものを与えたと思うが、リチャードからすると魔力が少なくて使えもしないものを、ただ与えられたということになる。
もしかしてこれがリチャードが国王の下を離れた原因だろうか。
……いや、流石にそんなことはないだろう。
とりあえずルイには嬉しいものなので、喜んで貰っておこう。
「本当にありがとうリチャード!!大切に使わせてもらうよ!!」
何でも一つ収納しておけるという効果と、成長に合わせても身に付けていられるという効果がついたマジックアイテムはとても便利だろう。
ルイは心の底から喜んだ。
「それでは次は私の番ですね!リチャード様の後だと霞んでしまうかもしれませんが、私の選んだプレゼントもそれなりに自信がありますよ!」
ルイにプレゼントを渡し終えたリチャードを押しのけてセシリアがプレゼントを渡しに来た。