20話 襲撃後
ルイは深夜にふと目が覚めた。
ぐっすりと眠れていた気はするが、体が赤ん坊のためこんな夜に急に起きてしまったのだろうか。
起き上がり、まだ寝ぼけている状態で目をこすると、ふと視界にリチャードが映った。
見張らなくていいと言ったが拒否されたため、リチャードがこの部屋にいることは理解していたが、そのリチャードの傍に人が倒れていることは寝ぼけた頭ではすぐには理解できなかった。
まだ深夜なため、月明かり程度しか光源がなく、本当にリチャードの傍に倒れているのが人だとは確定できないが、段々目が暗闇に慣れてきたことで、やはり人だったことが分かる。
そして、その倒れている者をじっと観察していると、胸の辺りが上下していないことから既に息を引き取っていることが分かった。
人の死体自体はもっとグロテスクなものを前世で見たことがあるのと、今回は綺麗な状態なためそこまで驚かないが、なぜ自分の部屋で人が死んでいる状況になっているのかは疑問に思う。
疑問をルイはリチャードに問いただす。
「えっと、どういう状況?」
すると、目の前に跪いていたリチャードはルイの質問に対し口を開く。
リチャードの説明からすると、俺は兄弟の跡継ぎ争いに巻き込まれ、刺客を差し向けられたようだ。
俺の目的は家族の安否を知ることと、村を襲った謎の襲撃者を知ることなのに、なぜこんなことに巻き込まれてしまったのだろうか。
生まれた先が貴族だと知り、最初は喜んでいたが、こんなことは望んではいなかった。
少し気持ちが落ち込みそうになるが、目的のためならどんなことでもすると一度心に決めたため、気持ちを奮い立たせる。
今の状況は分かったが、リチャードの説明だけでは分からないことがあったため、いくつか質問をする。
その中で、ルイは知りたい情報を得ることができた。
このフーリエ男爵家があるのはアークドラン王国の王都ジ・アークであることが分かった。
アークドラン王国ということは前世で村があったところと同じ国であるということ。さらに王都ということは国中の全てが集まるところのはずなので、必要な物資だけじゃなく、村についての情報を得ることが出来る可能性が高まり、希望が見えてきた。
もっとこの男爵家の情報など、色々と聞きたいところではあるが、死体をいつまでもこの部屋に置いておくわけにもいかないので、ひとまずリチャードに死体を片付けてきてもらう。
どうせ時間はあるのだから、こんな夜じゃなくても明日起きてからでも色々と聞きたいことを聞けるだろう。
リチャードが死体を担いで部屋を出て行くと、入れ違いにセシリアが入ってくる。
セシリアは部屋に入ってくると、真っ直ぐこちらに近づいてくる。
「ルイ様お怪我はなかったでしょうか!?」
「ああ、リチャードのお陰で無事だったよ」
「本当にご無事で何よりです」
俺が無事なことを知り、セシリアは心から安心した顔をする。
まだ俺と出会って数日くらいしか経っていないが、なぜここまで心配してくれるのだろうか。
リチャードは自分の命の危険もあったはずなのに俺のことを守ってくれた。
疑問に思い、直接セシリアに聞いてみる。
「ねえ、セシリア。なんでリチャードもセシリアも僕のことをそんな心配して命がけで守ってくれるの?」
「それが専属執事とメイドの役目ですので」
やはり、貴族の世界というのは俺が今まで生きていた世界とは違うことが分かる。
執事とメイドの忠誠心がここまで高いものとは思ってもいなかった。
普通なら出会って数日の人の命より自分の命を大切にするものじゃないのかな。
貴族の世界だとこれが普通なのかな。
いや、流されかけたけど普通ではないよね?
普通は命を懸けて主を守るのは執事とメイドの役目じゃなくて騎士とかそういう護衛の人だよね!?
「ねえセシリア?僕の兄のライアンとリアムっていうのも専属の執事とメイドの二人しか部下はいないの?」
「いえ、そんなことはございません。お二人は既に成人もしており、それぞれご自分の騎士などの部下をお持ちです。もちろん専属の執事とメイドも何人もついています。」
えっ!?自分専属の騎士みたいなのが二人を守っていて、さらに執事やメイドも何人もいて、暗殺者もいるってこと?
俺との差が凄くないか?
しかも成人しているってことは、前世で本を読んで得た知識だと、貴族の成人は16歳だからレンスやリズよりも大きいのは確定してしまっている。
部下もそれぞれ何人いるか分からないが、多いことは確実だろう。
生まれたばかりだから二人よりも部下がいないのはしょうがないが、俺はこの家でかなり厳しい状況にいるのだろうか。
殺されないためにも二人の戦力を調べる必要も出てきたが、俺にはリチャードとセシリアしかいないためそんな余裕もないだろう。
ただ、あのくらいの暗殺者なら、リチャードがいれば大丈夫だということは判明した。
問題は今回暗殺者を返り討ちにされたことで、次は人数を増やしてくる可能性があることだ。
「気になったんだが、セシリアもリチャードくらい強いのか?」
「いえ、私はリチャード様くらいの強さではございません」
「そうか、分かった」
やはりセシリアを戦力として数えるのはできないため、暗殺者が大量に攻めてきた場合は流石にリチャードでも対応しきれないだろう。
リチャードの実力がどの程度か分からないが、一番安全なのは俺自身の力を高めるということだろう。
村を襲った者の強さがこの世界だとどのくらい上位に入る強さかは分からないが、俺の魔鎧は少しとはいえ、その攻撃に耐えることができた。
新しく魔鎧強化というスキルも手に入れ、さらに魔鎧は強化されたが、俺自身の強さは何も変わっていない。
剣技や格闘技など、スキルを使わない自身の技を何か身に付けたいと考えているため、それらの技を身に付けている人に教えてもらいたいが、リチャードとセシリア以外には俺が喋れるということを黙っておきたい。
だが、今から技を覚えることができれば、成長する頃にはかなり強くなるはずだ。
俺が喋れることを知っているのはリチャードとセシリアしかいないが、セシリアは戦えないし、リチャードは……。
そうか!リチャードは戦うようなスキルを持っていた訳でもないけど、暗殺者を返り討ちにしていたし、もしかしたら格闘術を嗜んでいるかもしれない!
今度リチャードが部屋にいるときに教えてもらうことにしよう。
明日リチャードとセシリアがどこかのタイミングで交代するはずなのでその時にリチャードに教えてもらい、セシリアがいる時は情報を聞いていくことにしよう。
そうと決めたら、明日に備えるためにも今日は寝るとしよう。
ルイは部屋にいるセシリアにお休みと言った後、満足した顔で再び眠りについた。
◇
「ルイ様、起床のお時間ですよ」
なんだ、うるさいなぁ?俺はまだ寝ていたいのに誰が起こしてくるんだ?
ルイは聞こえていないふりをし、布団を頭まで被ると寝返りをうつ。
「ルイ様、起きなくてよろしいのですか?」
突然、布団が奪われ、太陽の光が目に差し込む。
どうにか布団を奪い返そうとするが、セシリアはそれを許してくれない。
「ルイ様が今日早く起こしてくれと頼んできたんですよ」
自分で起こしてくれと頼んだためセシリアは何も悪くないが、そんな頼み事をした昨日の自分を殴りたくなる。
自分で頼んでしまったことなのでルイは仕方なくベッドから這い出ると、布団を持ったセシリアと目が合う。
「おはようセシリア。起こしてくれてありがとう」
「いえ、私は頼まれたことをやっただけなので」
「僕寝起きがよくないんだけど、それでも諦めずによく起こしてくれたよ」
俺が朝に弱いというのは精神的な問題なのか、体が変わっても朝に強くはならないみたいだ。
ところでなぜ、今日は起こしてもらう必要があるほど早く起きたかと言うと、セシリアとリチャードから色々と教えてもらおうと思ったからだ。
少しでも早くから始めた方が、兄たちに対抗するための力や知識をいち早く身に付けることができるからだ。
だが、起きたばかりで何も食べないで活動するのは効率が良くないだろう。
ということでまずはセシリアに朝食を用意してもらう。
「ルイ様、朝食の準備が整いました」
ルイが何か言う前に、既に朝食の準備を終えていたセシリア。
流石はメイドだ。主の指示よりも先にやることを済ませている。
ルイは部屋にあるテーブルで朝食をとろうとするが、もちろん赤ん坊用じゃないため椅子が高くて手が届かない。
ジャンプして椅子の上に乗ろうかと考えているとセシリアが椅子まで持ち上げてくれる。
「ありがとうセシリア」
セシリアにお礼を言い、ルイは朝食をとる。
しかし、椅子とテーブルの高さに差があるため、ルイは椅子に立った状態でテーブルに手をつけている。
それと、朝食といっても固形食を食べることはまだできないため、ミルクを飲むのだが、前回とは違い母親が直接与えてくれるわけではない。
これも貴族ならではだろう。
朝食をとり終わると、汚れていたのか、セシリアが俺の口を拭いてくる。
ルイはそのまま拭かれるがままにされる。
口の周りが綺麗になった所で、セシリアが疑問に思ったのかルイに聞いてくる。
「所で、なぜ今日は早く起こせなど言ってこられたのですか?昨日の夜にあんなことがあったのに」
「あんなことがあったからだよ。昨日の夜に気づかされたんだ。僕自身の力や知識がまだそんなにないことに」
「……」
「生まれたばかりだからしょうがないと思うかもしれないけど、それでもこうやって考えたり喋れたりもするからできることはやらないとね」
折角記憶を持ち、赤ん坊の頃から考えることも喋れることもできるならその頃から色々とやっておいて損はない。
「ということでセシリアが朝食の片付けとかのやることを終えて暇になったら僕に知識とかを色々と教えてよ」
「かしこまりました。それではすぐに仕事を片付けて参ります」
そう言うと朝食の片づけやらベッドメイクやら掃除やらをし始めた。
俺はその間邪魔にならないよう、部屋の隅の方で魔力の操作の練習や、魔鎧を発動したり解いたり繰り返していた。
一時間ほどが経ち、セシリアのやることが終わったようで、テーブルにいたルイの下に来る。
「ルイ様、私の仕事は全て終わらせました。それではどのようなことをお教えすればよろしいでしょうか」
「う~んそうだなぁ。セシリアには知識的なことを教えてもらおうか」
「かしこまりました。まずはどのようなことからでしょうか」
「じゃあ、まずはこの屋敷について教えてもらおうか」
こうしてルイとセシリアのお勉強タイムが始まった。