19話 狙われた者
屋敷を歩く暗い人影が一つ。
その人影は目的の場所があるのか、一目散に暗い廊下を足音も立てずに走っていく。
やがて目的の場所に辿り着いたのか、立ち止まる。
どうやら立ち止まった場所はとある一つの部屋の前のようだ。
影は扉をゆっくりと開けると、僅かにできた隙間からするっと部屋の中へと入って行く。
影は部屋の中に入ると、音が出ないようにそっと扉を閉め、部屋の中を見渡す。
見渡している途中に、視線がある一点で止まる。
何か目的のものを見つけたのかゆっくりとそちらに近づいていく。
見つけたもののすぐ傍まで来ると、影は懐に入れていたダガーを静かに取り出す。
そしてそのナイフを、ベッドに横たわっている目的に突き刺そうと、腕を振りかぶる。
影は全力で腕を振り下ろしたが、そのダガーは目的のものに突き刺さらず、なぜか空中で止まっている。
自分の身に何が起きたのか理解できなかった影はダガーを突き刺すため、もう一度振りかぶろうとするが、そもそも振り下ろした腕が上がらない。
まるで何者かに腕を掴まれているかのようにピクリとも動かないのだ。
影はもう片方の腕を使い、ダガーを持っている方の腕を引っ張る。
すると、突然掴まれていたものに腕を放されたのか、影は後ろによろける。
誰か自分と標的以外にもこの部屋にいるのかともう一度周囲を見渡すが、やはり誰もいない。
再び、標的に近づきダガーを持つ手を振りかぶろうとすると、すぐ近くから声が聞こえてくる。
「今、ルイ様はぐっすりと寝られているのでその邪魔をされないでもらえますかな?」
影は声が聞こえた瞬間、その場から後ろに大きくジャンプし、着地と同時に声がした方を振り向く。
態勢を整えつつ、声がした方を注意深く確認すると、この部屋に先程まで存在を確認できなかった執事のような初老の男性が、暗闇に同化するような黒いタキシードを着てそこに立っていた。
「あなたはどちら様の刺客ですか?まさかもう来るとは思ってもいませんでしたよ」
少しあきれたような表情でため息を吐きながら執事は刺客と呼んだ影に対して言う。
執事はベッドに横になって寝ている自らの主であるルイを守るように、刺客との間に立つ。
刺客は主からの命令を果たすため、まずは目の前の執事から始末しようとダガーを構える。
「なるほど、そうきますか」
リチャードも刺客がやる気なのを見て、身構える。
次の瞬間、刺客はベッドに眠る標的に目掛けて手に持っていたダガーを投げる。
それを見ていたリチャードは、手で飛んでくるダガーを払いのけるが、ダガーを投げると同時に、突っ込んで来ていた刺客が目の前まで迫っていた。
刺客はリチャードの目の前まで来ると、ダガーを取り出した懐から、今度は瞬時に別のダガーを取り出し、切りかかる。
リチャードは切りかかってくる刺客のダガーを避けると両手の拳を握りファイティングポーズをとる。
それを見た刺客はさらに素早くダガーで切りつける。
またもやあと数cmで体に当たるというところでリチャードは躱していく。
刺客が何度切りかかってもリチャードに当たる気配は一向にない。
その状況にしびれを切らしたのか、刺客は一旦、執事から距離を取る。
距離を取った刺客は一瞬で仕留めるつもりなのか、魔鎧を発動すると同時にスキルも発動する。
『スキル・《毒牙》』
刺客がスキルを発動すると、持っていたダガーが暗闇でもかろうじて分かるくらいの紫色に光る。
魔力が尽きないうちに仕留めるつもりなのか、魔鎧を発動して強化された体で、執事に対し凄い速さで突っ込んで行く。
それを仁王立ちで待ち構えているリチャード。
刺客がリチャードにその刃を突きつけようとしたその瞬間、刺客は背中に強い衝撃を感じる。
刺客は一瞬何が起きたか理解できなかったが、すぐに自分が勢いを利用され地面に投げつけられたことに気づく。
魔鎧を発動していたため、立てなくなるほどのダメージは受けなかったが、背中に激しい痛みを感じる。
刺客は追撃されないようにすぐに立ち上がろうとするも、すでに遅かったようだ。
ダガーを持っていた右手に痛みが走り、ダガーを握る手を緩めてしまう。
痛みがした右手の方を見ると、執事がその足で刺客の手を踏みつけ、手放したダガーを拾っているのが見える。
執事はダガーを白い布越しに拾うと、それを観察しながら言葉を放つ。
「どうやらあなたのスキルは持っている物に毒の効果を与えるスキルのようですね。そして、一度手放してしまうとその効果は消えると」
リチャードはダガーを自分の懐にしまうと、刺客の手を踏みつけていた足をどけ、刺客の顔のすぐ隣にしゃがみ込む。
そして、刺客に聞こえるように耳元で囁く。
「それではあなたも分かっていると思いますが、失敗したからには消えてもらいますよ」
そう言うと、リチャードは容赦なく刺客の命を刈り取った。
リチャードは刺客の死体を片付けようとすると、ベッドの方から自分の主の目覚める音が聞こえた。
死体を見られるのはまずいと思いながらも時は既に遅く、主は目覚めてしまったようで、まだ寝ぼけている目をこすりながらこちらを見てくる。
リチャードは死体を片付けることは諦め、主の前に跪いて待機する。
主は転がっている死体を発見すると、眠気がどこかに吹っ飛んでいったのか目を見開く。
「えっと、どういう状況?」
そこまで人が死んでいるということに対しては驚いた様子は無い自らの主に対してリチャードは説明する。
「実はルイ様が御就寝の間に刺客が来まして、それに対処していました」
「え?刺客!?僕、生まれたばかりなのに暗殺でもされそうになってたってこと!?」
「おっしゃる通りでございます」
「リチャード、詳しく話してくれ」
説明しろと言われると断ることはできないため、リチャードは詳しい説明をする。
「ルイ様がお生まれになったこのフーリエ男爵家なのですが、この家にはルイ様を含め跡継ぎ候補となるお子様が三人おります。一人目が長男のライアン様、二人目が次男のリアム様、そして三男のルイ様となります。
実はルイ様が生まれる前にそのお二人で跡継ぎ争いを始めまして、兄弟で日々争いを繰り返していたのですが、段々と激化していき、互いに暗殺まで行うようになっていったのです。」
「最近ではまあまあ落ち着いてきていたのですが、ルイ様がお生まれになったことをお二人は知り、跡継ぎ候補が増えてしまうので成長する前に暗殺してしまおうということになったのでしょう」
「なので、この刺客もお二人のうちどちらかが差し向けてきたものでしょう」
リチャードはルイに説明し終えると、ルイは話に驚きを見せつつも考え込む様子を見せる。
まだ生まれたばかりなのに色々と不思議な自分の主を見ながら、その反応を待つ。
考えを整理したルイが口を開く。
「色々と質問したいことがあるんだけどいいかい?」
「はい、何なりとお申し付けください」
「何でそんなに跡継ぎ争いをしているの?」
「それはフーリエ男爵家の爵位と領地に原因があります」
リチャードはそう言うとフーリエ男爵家について話し始めた。
「この国の貴族は公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵なのですが、フーリエ男爵家はその名の通り一番爵位の低い男爵家です。
男爵家は領地を持つことを許されておらず、王都に邸宅のみを構えます。
跡継ぎはその邸宅や財産全てを継ぎ、今後も男爵を名乗ることができます。
しかし、跡継ぎになれなかった男爵家の子どもは他の貴族の家に養子に入るか、結婚することでしか爵位を名乗ることはできないのですが、男爵は一番爵位が低いため婿としては必要とされません。
そのため男爵家に生まれた男の跡継ぎ候補たちは、段々と跡継ぎ争いを始めるのですが、そのことを他の貴族家に知られては世間体がよくないため、暗殺や事故死に見せかけたりして、他の跡継ぎ候補を殺害していくのです。」
「なのでルイ様もその跡継ぎ候補なので争いには嫌でも巻き込まれることになるかもしれません」
「なるほどね……」
一通り話すと再びルイ様は下を向いて黙り込んでしまった。
生まれたばかりの赤ん坊とは思えないほどの頭脳を持っていても流石に、まだ幼い年頃の子どもにこんな話は早かったかと思ったが、ルイはさほど驚いていないような様子で顔を上げる。
「色々と他にも聞きたいことがあるんだけどいいかい?」
「はい。何なりと」
「この国とこの王都とか言っていたが、ここはどこの国なんだ?」
「はい、この国はアークドラン王国で、このフーリエ男爵家があるのはその王都ジ・アークでございます」
「アークドラン王国なのか!?」
「左様です」
ルイ様は跡継ぎ争いの時よりも国の名前を知った時のほうが反応が大きかった。
なぜ、そこまでの反応するのかは分からないが、何かあるのだろう。
どこか安心したような顔の主が言う。
「リチャード、僕は跡継ぎには興味はないけど、まだ顔も知らない兄たちはそんなこと信じてはくれないだろう。こっちから手を出すつもりもないが、黙って殺されるつもりもないからこちらから手を出さずに自分達の身は護る。そんな感じで過ごしていこうと思う」
「かしこまりました。我々も黙ってルイ様を狙わせるつもりはないので命を懸けてお守りさせていただきます」
リチャードはルイに敬意と忠実さを示す。
「そういえば、暗殺者を余裕で倒せるって、リチャードは本当にただの執事なの?」
「はい、ただの執事でございます」
「執事って戦えるの?」
「執事たるもの戦闘くらいこなせないといけませんので」
リチャードがそう主に答える。
ルイは驚いた顔をして少し下を向きながら、普通の人なら聞こえないくらいの声で、それは絶対違うだろと小声で呟いている。
「とりあえず僕のこの家での暮らし方の目標はそんな感じだから、このことをセシリアにも伝えておいてね」
「かしこまりました」
リチャードはルイに言われたことを覚えると、死体を片付けようと後ろに下がる。
すると、ルイはリチャードにちょっと待てと言い、質問してきた。
「その暗殺者って完全に死んでいるの?」
「はい、先程完全に息の根を止めました」
「この暗殺者のスキルってどのようなスキルだったか分かる?」
「はい、武器に毒の効果を与えるスキルのようでした」
リチャードがそう言うと、興味を失ったのかルイはベッドに横になる。
一言失礼いたしますと言い、リチャードは刺客の死体を担ぎ部屋を出て行く。
部屋を出ると、いつの間にかどこからか来たセシリアが扉の前にいた。
「その死体どうしたんですか!?リチャード様!?」
「これは、例の跡継ぎ争いに早速ルイ様も巻き込まれた結果ですね」
「生まれたばかりのルイ様にまで……」
「ですのでルイ様を一人にしないようお願いします。私はこの死体を処理してくるので後は任せます」
「かしこまりました。しっかりとお守ります」
リチャードはセシリアにルイのことは任せると、部屋に入るのを見届けてから死体を担いだまま、暗い屋敷の中に消えて行った。