18話 新生活
今日から俺の新生活が始まる。
そう、本当の意味で新生活だ。
フーリエ男爵家に転生したルイだったが、そこでの生活は今まで村でしていた生活とは全く違ったものだった。
まずは、俺に付けられた専属執事のリチャードとメイドのセシリアによって常に監視されている。
赤ん坊だから何があるか分からないと思うが、流石に24時間監視しているのはやりすぎだと思う。
いついかなる時でも俺のお世話をしなければいけないのかもしれないが、こちら側からすると、いついかなる時でも一瞬たりとも心が休まる時がない。
二人のうち、どちらかは必ず部屋にいるため、とてもじゃないが隙を見せられない。
専属となった日からずっと俺の部屋にいるため、魔鎧を解くこともできない。
魔鎧を発動させれば発動時の光でバレてしまうため、俺はあれ以来、常時魔鎧を発動している。
魔鎧を発動し続けているのは、魔力量がほぼ無限にあるため辛くとも何ともないが、唯一辛いと思うのが、赤ん坊のふりをし続けなければいけないということだ。
本当は意思疎通もでき、自分のやりたい通りに色々とできるのに、常に見られているため、怪しまれないようにするには赤ん坊のふりをしなけらばならないが、これが本当に辛い。
トイレとかに行きたいと思ってもすぐには行けず、まずはそれを分かってもらうために泣き声をあげることから始まる。
泣き声をあげるとすぐに駆けつけてはくれるが、俺がなぜ泣いているのかを察しなければならず、俺の意思をくみ取るまでに時間がかかるのだ。
なぜ、精神年齢30歳を超える男性がこんなことをしなけらばならないのだろうか。
自分の意思でしたいことができないというのがこれほどまで辛いものだとは思わなかった。
また神童と扱われるようになるのは嫌だが、もう今すぐにでも二人に喋りかけたい気持ちで一杯になる。
そんな気持ちを必死に抑えながら、ルイはベッドで何もできない赤ん坊のふりをして寝ころぶ。
寝ころんでいるうちに本当に寝てしまったようだ。
目を開けたら既に昼頃になっていた。
お腹も空いてきたようで力がでない。
ルイは泣き声をあげ、部屋にいるはずのリチャードかセシリアを呼ぼうとする。
しかし、いくら泣こうともどちらも近づいてくる気配がない。
もしかしたらどちらも部屋にいないのかと思い、起き上がり部屋を見回す。
珍しいことに、二人のうちどちらも部屋にいることを確認できなかった。
折角の部屋に誰もいないチャンスを逃さないため、ルイはすぐさまベッドから飛び降りると、寝ころんでばかりいて硬くなっている体をほぐす。
しっかりと両足で立ち、体をほぐしている赤ん坊なんて、誰かが見たらそれは恐怖でしかないだろう。
ルイは扉から誰も入ってこないか、たまに意識をそちらへと向けながら引き続き体をほぐす。
ようやくほぐれてきたと感じたところで体をほぐすだけでなく動かそうと思い、部屋の中を一周しようと部屋の隅の方に行くと何かにぶつかった。
部屋の隅の方に物なんて置いてなかったと思いながらも、ぶつかった所をよく見ると、そこには先程まで部屋にいなかったはずのリチャードが驚愕した表情でルイの事を見下ろしながら固まっていた。
「えっ!!」
ルイは目の前にいたリチャードの姿を見て一瞬、頭が真っ白になる。
驚きのあまり声を出してしまった気もするが、今はそれどころではない。
もしかして、ルイがとっていた行動の一部始終を見られていたのだろうか。
そもそも部屋を確認した時にいなかったはずのリチャードがなぜこの部屋にいるのだろうか。
様々な考えが瞬時に頭に浮かんでは消えていく。
ルイとリチャードは互いに顔を見つめ合わせた状態で固まりあっていた。
だが、そんな膠着状態を先に破ったのはリチャードだった。
「ル、ルイ様!?」
ルイよりも先に我に返ったリチャードに声をかけられ、ルイもようやく我に返る。
我に返ったのはいいものの今の状況をどうすればいいか咄嗟に判断できなかったルイは、全てを諦めてリチャードに声をかける。
「や、やあ。リチャード!」
すると、我に返ったはずのリチャードは再び思考が停止したのだろうか。そのまま動かなくなる。
再び固まってしまったリチャードを前に、この状況をどうしようかと考えていると、今度は部屋をノックする音が聞こえ、
「失礼します」
という声と共に部屋の扉を開け、セシリアが入ってきた。
「リチャード様。そろそろ交代の時間で……」
セシリアは部屋に入ると突っ立って固まっているリチャードに話しかけるも、その前に立っているルイを見つけて言葉を最後まで言い切ることができない。
セシリアも驚きで思考が停止したのか、その場から固まって動かなくなってしまった。
ルイを見ながら驚愕した表情で立っているリチャード、部屋に入ってすぐの場所で口元を手で覆いながら同じく驚愕した表情のセシリア。そしてその二人の視線の先に立ち尽くす赤ん坊のルイ。
そんな状況が数分続いたが、膠着状態に我慢できなくなったルイが声を出す。
「二人とも気持ちはわかるけど、色々と説明したいから動いてもらえると助かるな」
リチャードもセシリアもまだ心ここにあらずという状態だが、自分達の今の主人である赤ん坊に言われたため、理解が追いついていないながらも行動を再開する。
セシリアはすぐさま扉を閉め、周りをキョロキョロとし、部屋に自分の他にリチャードとルイしかいないことを確認すると再びルイを見て固まる。
ルイは自分が既に喋れることや動けることがバレてしまったことを誤魔化すのは諦めて、歩いてベッドに向かうと自分でベッドに飛び乗り座る。
ベッドに腰かけると、リチャードとセシリアを手招きし近くに呼び寄せる。
二人とも素直にルイの下へと近づいて来ると、床に膝をつけ、自分達の目線をルイの目線へと合わせる。
まだ全然理解は追いついてはいないだろうが、主従関係を全うするのは流石プロの執事とメイドだろう。
ルイは全てを説明するために二人を呼び寄せたものの、ここからどうするかは考えてはいなかったため、必死にどう説明しようか頭で考えながら話始める。
「え~。二人とも驚くのは分かる。こんな生まれたばかりの赤ん坊が一人で立っていたのは驚くだろう。しかもそれだけでなく、一人で歩いたり、こうやって喋ったりもできているのはすぐには理解できないと思う。」
「ただ、とりあえず二人とも気持ちを落ち着かせてほしい」
ルイの言葉を聞くと二人は深呼吸や目を瞑ったりとそれぞれの方法で気持ちを落ち着かせ始めた。
二人の気持ちが落ち着いたのか先ほどとは違い、元の冷静な執事の顔をしたリチャードがルイに話しかける。
「本当にル、ルイ様でよろしいのでしょうか?」
「ああ、そうだよ」
「誰かのいたずらとかではないですよね?」
「目の前にいる赤ん坊が本当に喋っているよ」
「……。」
「色々と聞きたいことはあると思う。しかし、まずは僕に話をさせてくれ」
ルイはそう言うと、自分の前世の話などは特にせず、自分が既に赤ん坊以上の知性があること、魔鎧を使用して自由に動き回ることができるという事実を二人に説明していく。
二人は黙って真剣にルイの話を聞いている。
全部話し終わった後、二人は話を聞き納得したのか先ほどよりも落ち着いてルイに話しかけてくる。
「つまり、ルイ様はフーリエ男爵家の三男として生まれた時から様々な知識を有していて、魔鎧を使用して動き回ることもできるということでよろしいでしょうか?」
「そしてルイ様がなぜそのような状態なのかはご自分でも分からないと?」
まだ二人のことをよく知らず信頼関係なども築けておらず、ここがどこなのかも良く分かっていないため、ルイについての詳しい話はせずにそう説明しておいた。
ただ、二人が動いたり喋ったりしたルイを見た時の反応が恐怖に怯えるような反応ではなかったため、多少は信用できる人材であることは理解した。
「そういうことなんだ。二人にとって僕は不思議な存在だと思うし、普通に接すること難しいと思うけど、何とか頑張ってもらいたいんだ」
「かしこまりました。しかし、ルイ様からご説明頂き理解できたので頑張る必要はございません。それと先程はルイ様の前であのような態度をとってしまい申し訳ございませんでした」
「申し訳ございませんでした」
二人は先程の態度が主人に対しての態度じゃないと思ったのか跪きながら、謝罪をしてくる。
「いや、僕も驚かせてしまって悪かったから二人とも立ってよ」
ルイがそう言うとリチャードとセシリアは立ち上がる。
「そうだ、二人にお願いしたいんだけど、僕が他の赤ん坊とは違うっていうことは他の人には黙っていて欲しいんだ。それが例え僕の両親だとしてもね」
「「かしこまりました」」
「僕の両親に何を言われても絶対だよ?」
「「かしこまりました!!」」
念のためにもう一回言っておくと、先程よりもいい返事が返ってきた。
ルイは二人の返事に満足して頷くと、二人を下がらせる。
しかし、下がらせる途中にあることを思い出す。
ルイが普通の赤ん坊ではないとバレるきっかけとなったリチャードのことだ。
一度部屋を見回した時にはいなかったはずなのに、扉が開いたりもしていないのにいつの間にかリチャードが部屋にいたことについて思い出し、直接リチャードに聞いてみることにする。
「リチャード。そういえばさっきはいつの間に部屋にいたんだい?最初から?それとも途中で部屋に入って来たことに僕が気付かなかっただけ?」
「はっ!その節は申し訳ございませんでしたルイ様。説明するよりも直接ご覧になられた方が早いと思うのでそのまま私から目を離さずにお待ちください」
そう言うと、リチャードは何かを呟いた。
何かを呟いた瞬間、目の前にいたはずのリチャードが突然消えた。
直前まで目の前にいて、目を離さずに見ていたはずのリチャードが消えたことにルイは衝撃を受ける。
「リチャード!?」
「はい、ここにいますルイ様」
突然目の前からリチャードの声が聞こえビックリする。
声が聞こえた方に手を伸ばしてみると、手が何かに触れる。
すると、目の前に突然リチャードが現れた。
リチャードのお腹あたりにルイの手が触れていたことから、先程触れていたのがリチャードだったということが分かる。
「もしかしてこれがリチャードのスキル?」
「はい、そうでございます」
急に消えることが出来るなんて、スキルでしかありえないと思い聞いてみると当たっていたようだ。
「聞いてもいいかい?一体どんなスキルなの?」
「はい、ではもう一度お見せいたします」
『スキル・《気配遮断》』
今度ははっきりと聞こえるように言うと、また目の前からリチャードがいなくなった。
ルイはスキルの名前を聞いてその効果を推測する。
「ありがとう、リチャード」
目の前に再びリチャードが現れる。
「そのスキルは名前の通り気配を遮断することができるのか?」
「はい、その通りでございます。しかし、気配を遮断することができるだけで実態は存在します。そのため、ぶつかったりして一度認識されてしまえば気配遮断の効果が無くなるため、先程のルイ様のように私の存在に気付いてしまうということです」
「なるほど。そのスキルを使ってこの部屋にいたってことなのか」
「左様でございます。ルイ様があまりにも気持ちよく眠られていたのでお邪魔にならないようにしていたのですが……」
リチャードはそう言うと再びルイに頭を下げて来る。
どうやらリチャードのルイへの気遣いが逆にルイにとっては裏目に出てしまったようだ。
「まあ、リチャードにも悪気があったわけではないからしょうがないよ。頭を上げて」
リチャードの頭を上げさせながら、ルイは質問する。
「ところでそのスキルは、自分の気配しか遮断できないものなの?」
「いえ、そのようなことはございません」
リチャードはそう言うともう一度スキルを発動する。
『スキル・《気配遮断》』
しかし先程と異なり、今度はセシリアの方に向けてスキルを発動した。
すると、セシリアが目の前にいるはずなのに、先程のリチャードのように認識できなくなった。
「このように自分だけではなく他人にも、また、動物や物にも発動することができます」
「すごいスキルだね!」
「ありがとうございます。しかしこのスキルは魔力消費が大きいのですが、私の魔力量が少ないため、それほど一日での使用回数が多くないのが難点なのです」
「なるほど。それでも中々凄いスキルじゃないか。」
リチャードのスキルは中々使えると思う。
彼がいれば気配を遮断できるため、何かと役立ちそうでルイの専属執事なのはちょうどいいと思う。
まあ、そのスキルのせいで普通の赤ん坊ではないことがばれてしまったのだが。
ひとまず当初の計画と違い、あっという間にルイが普通の赤ん坊では無いことがリチャードとセシリアにバレてしまったが、説明した時の二人の反応を見るに、大事になりそうなことは無かったため助かった。
それに早くバレたことで赤ん坊の真似をしなくてもいいということと、この部屋での自由を手に入れることができたのは非常にありがたい。
バレたついでに、二人にずっと見張らなくてもいいということを伝えたが、それはいくら主人であるルイの言葉といえど、一応まだ赤ん坊の体であるため、万が一があった時のためにと却下された。
しかし、アクシデントとはいえ、久々に何も気にしない環境を手に入れることができたルイは、緊張の糸が切れたのか、急に非常に強い眠気が襲ってきたので、二人を下がらせて寝ることにする。
ルイは久しぶりにほっと一息つくと深い眠りについた。