17話 決心
ルイは部屋を見まわし、部屋の中に誰もいないことを確認すると、魔鎧で強化された体を寝かされていたベッドから起き上がらせ、部屋を物色する。
前回よりもより幼いこの体でいきなり歩いている所をこの家にいる誰かに見られたら、流石に驚くどころじゃすまないだろう。
まだ生まれてからそんなに経っていないであろう状態の赤ん坊が歩いている。
俺がそれを目撃したら驚きと恐怖で腰を抜かすだろう。
そうならないためにも周囲を一応確認したが、人がいるかもしれないという心配はいらなかったようだ。
まず、この部屋の広さは今の体の大きさから推測すると、前世の我が家の部屋と部屋の壁を取り払って一つの部屋にしたくらいの広さだろう。
赤ん坊に与える部屋でこの広さってことは、この家はどれほど大きいのだろうか。
そして、どれだけ裕福な家なのだろうか。
家の大きさを確認しようと外を見ようとするが、部屋にある窓は身長が足りなくて窓の縁にすら届くことはない。
俺はここで部屋に普通の窓があることに気づいた。
いや、言い方が悪いな。我が家にも窓はあった。
我が家の窓は木の板で作られていて、昼間は開け放ち、つっかえ棒で抑えているが、暗くなってくるとつっかえ棒は外し、木製の板のようなものを閉めることで窓として使われていた。
しかし、この家では窓にガラスが使用されているのだ。
昼間でも光を取り込みたい時に開け放つ必要がなく、部屋に虫が入ってくるという心配もない。
これぞ俺が知っている窓だ。
このようにガラスがあるということは本当に金があるという証拠だ。
読んだ本の中に高級品目録というのがあったが、その中にガラスも含まれていたはずだ。
よく周りを見渡すと、高級品目録に載っていたようなものが、この部屋だけでゴロゴロと転がっていた。
こんなに金持ちなら俺が成長した後、ある程度自由に行動することができるだろう。
金が無ければ情報を得ることも捜索などもできないからな。
家族のためにもこの家の人々を利用し、俺の好き勝手にさせてもらおう。
とりあえず、部屋の物色は完了した。
色々と豪華なものがあるということは分かったが、それでも子どもがいる部屋だからだろうか。
勝手に触ると危険そうなものは何も置いていなかった。
それと手に届きそうな場所にも何も置かれていなかった。
一応魔鎧で強化された体でジャンプすればこの体でも届かない所はないが、強化された体でジャンプしてしまうと反動で床が凹んでしまいそうで止めておいた。
扉も部屋に一つあるだけで、出ようと思えばその取っ手もジャンプすれば届かないことはないが、扉の外に人がいないとは限らないため、今は出ない。
やることが無くなったルイはひとまず、赤ちゃん用とは思えない広さのベッドに戻って寝転がる。
柔らかいベッドにその小さくて軽い体が深々と沈みこむ。
ベッドが柔らかいということに目を奪われていたが、着ている服も上等な生地なのだろう。
肌ざわりがフーリエ家で着ていたものとは段違いな気がする。
この環境はかなり前の世界に近いと思われる。
そんなことを考えていると、突然、コンコンと扉をノックする音が鳴った。
誰かがこの部屋に来たのだろうか、急いで赤ちゃんがしそうな格好をする。
念のため顔だけは扉の方に向け、入ってくる人を確認する。
失礼しますという女性の声が聞こえてくると、扉が開き、声を出したと思われるまだ若い女性が部屋に入ってくる。
その女性を見てみると、いわゆるメイド服を着ているためこの家のメイドだと思われる。
メイドっているんだなと、俺が感動している間にメイドが俺のすぐ近くにまで近づいてきた。
「ルイ様。失礼いたします。」
メイドは部屋に入る際に持っていた桶とタオルのようなものを近くのテーブルに置くと、ルイの服を脱がせると、桶に入っていたぬるま湯にタオルをつけて絞り、ルイの体をタオルで拭いてきた。
普通の32歳は、自分よりも若い女性にこんなことをされるのは羞恥で悶えるかと思われるが、ルイは前世でたくさんやられてきたため容易く耐える。
ルイは体を拭かれながら、メイドが言った一言に疑問を抱いた。
彼女は今なんて言った?ルイ様?
確かに俺の前世はルイだった。前々世も塁だった。
前世と前々世が同じ名前なのはまだいいだろう。
しかし、別な人の子どもとして生まれ変わったのにまたルイという名前を付けられている。
これは偶然なのだろうか?
まあいいだろう。
それともう一つ気になったことがある。
こんな小さな赤ん坊にも様付けをしていた点だ。
メイドとはいえ、周りに人いもないのに赤ん坊に対してまでも様付けする必要があるだろうか。
もしかして、ただ金持ちな家なのではなく、それなりに地位のある家柄に生まれたのだろうか。
そう考えるとこの家のことや、様付けについても納得できる。
「ルイ様、気持ちいいですか?」
「うん、気持ちいいよ」
つい答えてしまったルイは焦って口を手で押さえる。
メイドはルイの声が聞こえたようだが、流石にそれが目の前の赤ん坊から発せられたとは思わなかったようで、ルイを拭く手を止め、周りをキョロキョロと見まわした。
しばらくして誰もいないことを確認すると首をかしげるが、再びルイの体を拭き始めた。
ふう、危なかった。
最近では喋れるのが当たり前だったため、つい喋ってしまった。
慣れって怖いな。
今回は気づかれなかったからまだよかったが、今後、同じことをしでかしてしまう可能性はある。
そのため誰かが部屋に来るときは魔鎧を解いていたほうがいいかもしれない。
もしかしたら、魔力を探知することが出来るスキルなどもあるかもしれないしな。
魔鎧を解くと今の俺は何もできなくなってしまうがしょうがない。
怪しまれるようなことや目立ってしまうことは、今後の行動に支障が出てしまうためどうしても避けたい。
メイドはルイの体を拭き終わると、元通りに服を着せ、持ってきたものを片付け始める。
片付けが終わると扉の方に歩いていき、扉の前でこちらを向いて一礼すると扉を開け部屋を出ていった。
よし、ようやく誰もいなくなったな。
誰もいなくなったことを確認するとほっと一息つく。
することもないため魔鎧を発動して、スキルの魔鎧強化で他にもできることがあるか試してみる。
魔鎧に魔力を込めた時に身体を操作しやすくなったのは確認したが、俺の直感でそれだけではないと思う。
とりあえず、前はできたが体が言うことを聞かなかった体の一部分にだけ魔鎧を発動させるというのをやってみる。
結果は以前と同じで、やはり魔鎧を発動していない部分がついてこれず、発動された部分だけが先に行くという結果になった。
以前試した一つができなかったため、他のも駄目だと思うが一応試してみた。
結果から言うと、やはりできなかった。
光学迷彩のようなものとかはやはり魔鎧の身体強化という枠組みには入っていないのだろう。
もしかしたら、そういうのはスキルとして存在しているかもしれない。
相手のスキルを確かめることが出来るスキルとかがあったら、スキルの存在などを確認することができるため、もしも持っている人がいたら是非俺のスキルで奪いたいものだ。
そんな物騒なことを考えている間に、また部屋の扉をノックする音が聞こえた。
また先ほどのメイドだろうか。
もしかしたら違う人の可能性もあるので、危険を冒しても顔を確認したい俺は、魔鎧を解くことはしない。
ノックをしたと思われる人物が扉を開け、部屋に入ってくる。
今度は、入ってくるときに失礼しますとは言わないため、この家に雇われている人物ではないのかもしれない。
入ってきた人物を見ると、高級そうな服を身に纏った30代くらいの男性と、同じく高級そうな服を身に纏った女性の二人だった。
その二人が先に部屋に入ると、さらにその後から、どこからどう見ても執事な格好をした初老の男性と、先ほどのメイドが部屋に入る。
全員が部屋に入ると、先に入った男性が口を開く。
「二人とも知ってはいると思うが紹介する。我がフーリエ男爵家の三男、ルイだ。」
そう言うと俺をベッドから抱き上げ執事とメイドに見せる。
執事とメイドは片膝を床につき胸に手を当て、こちらに敬意を示す。
俺の父親らしい男が隣にいた女性に俺を預けると、今度は女性が口を開く。
「私たちの子どものルイですが、この子は生まれたばかりでまだ専属の執事とメイドがいません。なので今回、貴方達二人をこの子の専属の執事とメイドに任命したいと思います」
「「はっ!光栄です!」」
執事とメイドは声を合わせ、俺の両親と思われる二人に精一杯の敬意を示す。
「それじゃこの子の世話は頼んだぞ二人とも」
父親は俺を再びベッドに戻し、執事とメイドに一言残し、母親を連れて部屋から出ていった。
執事とメイドは二人が出ていった扉の方を向き、二人が完全にいなくなるまで跪いている。
部屋から出て行ったところで二人は立ち上がり、俺に近づいてくる。
俺が横になっているベッドのすぐ傍まで来ると再び跪き、俺がまだ赤ん坊と分かっているはずなのに自己紹介をしてくる。
「ルイ様、失礼いたします。私は今回専属執事に任命されましたリチャードと申します。これからよろしくお願いいたします」
「ルイ様、失礼いたします。私は今回専属メイドに任命されましたセシリアと申します。これからルイ様のお世話などをさせていただきます」
二人とも本当に俺が赤ん坊ということを分かっているのだろうか。
自己紹介なんてしても普通の赤ん坊には伝わらないはずなのに二人とも真面目にやっている。
まあ、俺には伝わっているからいいけどさ。
先ほど俺の両親が男爵家とか言っていたことから、この家は貴族だと分かったが、これも貴族の家だと当たり前のことなのかもしれないな。
そんなことを考えている間も二人はまだ跪いたままだった。
えっ!?これもしかして俺が何か言わないと元に戻らない感じなのかな。
そんなことはないと思いたいが、一応赤ん坊が出しそうな声を出してみる。
「あー、あうー」
すると二人は立ち上がり、元の立ち位置に戻った。
まじか……。
本当に俺が何か言うまであの態勢を貫く気だったのか……。
もしかしてこれから毎回こんなことをしなければいけなくなるのか?
とてつもなくめんどくさい予感がする。
二人とも元の立ち位置に戻ったが、俺の専属になったためか、この部屋から出て行こうとせず、その場に立ち、俺のことをずっと見守っている。
生まれたばかりの本当の赤ん坊ならこんなに見張られても何も思わないかもしれないが、ずっと見られているというのは俺の精神にはかなりくるものがある。
それにずっとこのままだと赤ん坊の間にできる行動が、これから制限されてしまうことになるだろう。
最悪の場合早めに、この二人には俺が喋れるということをばらしてもいいかもしれないな……。
とりあえず、二人のことは放っておいて、考えを整理する。
そういえば、今回の俺の両親がフーリエ家男爵家と言っていた。
名前が変わっていなかったことも疑問に思ったが、まさか苗字の方も変わっていなかったとはな……。
何かの偶然だろうか?
それともこれもスキルの効果なのだろうか。
分からないことがまた増えていく。
ひとまず俺は、この家で成長する必要がある。
成長しなければ何もできない。
あの日、村を襲ってきた正体不明の何かの対処をする必要がでてくるため、俺はもっと力をつける必要がある。
正体不明の何かはあの時の俺では全く太刀打ちできないほどの強さを持っていた。
姿を確認することもできなかったが、村を襲撃したものは一体何者だったんだろうか。
単体なのか複数なのかも分からなければ、人間かどうかも分からない。
ただ分かるのは圧倒的な強さを持っているということだけだ。
俺はこの環境をうまく活かして強くなり、知識も増やし、二度と家族を奪われないようになってやる。
ルイは決心すると、小さい拳を強く握りしめた。