12話 読書日
今日は行商人から入手した本を読む日にした。
ルイの目の前にはこの前買ったばかりの大量の本が並んでいる。
フーリエ家には父ラルバートの持っている狩りについて書かれている本が数冊あるだけで、狩り以外の内容が書かれている本は今回始めて見ることになる。
全部で四十五冊もあるため一日では読み切れない量ではあるが、こういった時にどの本から手を付けていいのか分からなくなるのがルイの前世からの性格だ。
とりあえずどんな本があるのか確認するために両手にそれぞれ一冊ずつ本を持ち、次々と本を持ち替えていきながら表紙に書かれているタイトルを見比べていく。
タイトルだけでもどれもルイの目を引くようなものばかりで、様々な種類の本が売られていたことが分かる。
ルイがどの本から読もうかと悩んでいると、最後の方に手に取った一冊の本の表紙がふと視界に入ってきた。
表紙にはタイトルが書かれておらず背表紙を見てみるとそこには
『神童物語』
と書かれていた。
表紙には、中心になにやら子どもが立っているのが描かれていて、その周りには子どもに対して膝をついている人々が手を組んで祈っているような様子が描かれていた。
タイトルと表紙から行商人が言っていた神童について書かれている本がこの本を指していたことが分かる。
ルイはようやく神童について知ることができると思い、どんな内容が書かれているんだろうとワクワクしながら表紙を開くとそこには文字ではなく絵が描かれていた。
表紙以外にも絵が描かれていることにもしやと思い他のページを開いてみると、文章が書かれているページはなく、全てのページに絵が描かれていた。
ルイはここまでしてようやく、この本は絵本だということに気づいた。
行商人が、神童について書かれている本があると言っていたから、何か物語的な内容なのだろうとは思ってはいたが、それがまさか絵本だとは思ってもいなかった。
この絵本について描かれている神童の内容が事実なのかは分からないが、絵本だと脚色されていたり、子どもにも分かりやすく描かれている可能性が高いため、あまり信憑性の高い情報を得られることは無さそうだ。
少しがっかりした表情で、ルイは絵本を見始めた。
◇
まだ、国という存在もできていない遥か昔、とある小さな集落の二人の夫婦の下に一人の赤ん坊が生まれました。
夫婦は待望であった子どもがようやく生まれたことで喜んでいましたが、赤ん坊が生まれて一年後を境にしてその子どもに対し、喜び以外の感情を抱き始めるようになりました。
夫婦の子どもは、生まれて一年たったある日に急に言葉を話し始めたのです。
言葉を話す程度なら他の同じくらいの年頃の子もしていたため驚きはしませんが、なんと夫婦の間に生まれた子どもは言葉を巧みに使いこなして大人と同じくらい会話をこなすことができたのです。
どの程度の会話かというと、少し大きい子どもがする会話から夫婦がする日常の会話は当たり前のようにこなし、夫婦ですら分からないような知識を持つ大人とすら対等な会話をこなすことさえできたのです。
夫婦は自分の子どもが他の子どもとは違うことに驚きを感じつつも、たくさんの愛情を込め育てていきました。
月日は流れ、子どもが生まれてから十年が経ち、夫婦の子どもにも遂にスキルが与えられる日が来ました。
夫婦は子どもを教会まで見送ると、夫婦の子どもは他の子ども達と一緒に教会へ入って行きました。
子ども達が全員教会に入った後しばらくすると、突然、教会が眩い光に覆われました。
あまりの眩しさに周囲にいた人々は目を覆うと、次の瞬間には光は収まり、元の教会が姿を現しました。
一体、中で何が起こったのかと心配していると、教会の扉が開き、子ども達が続々と出てきました。
夫婦の子どもは他の子ども達が出てきた後、一番最後に司祭に連れられて出てきました。
司祭は夫婦の前まで来ると子どもを夫婦に預け、夫婦の前で子どもに跪いて両手を胸の前で組み合わせ、涙を流しながら言いました。
「ああ!!神の奇跡をお見せ頂き、感謝致します!!」
夫婦は先ほどの光は自分達の子が放ったのだと知り、驚愕しました。
夫婦と子どもは家に帰り、子どものスキルを確認してみると、そのスキルはレジェンド級となっており、夫婦はさらに驚愕しました。
このことが集落に広まると、夫婦の子どもは次第に神童と呼ばれるようになりました。
さらに月日は流れ、夫婦の子どもは大人になり、子どもの頃から増やしていった知識と、神に与えられたレジェンド級スキルを活かし、バラバラな人々を纏め上げると自分が生まれた集落を中心とした土地に国を建てました。
そして、神童はその国の王となり国を栄えさせていき、王が死んだ後の世にも神童は伝説として残っていくのでした。
◇
子ども向けの絵本だと思い、大した内容が書かれていないと思っていたが、以外としっかりとした内容で描かれていた。
文字多めの本だと思っていたため、期待は裏切られたが絵本としては中々面白かったと思う。
読んでみて気になったのは、この神童の物語は創作物なのか、それとも実際にあった出来事なのかという点だ。
少なくともこの国の人達は本を読むことをほとんどしないため、神童の話をこれほどの大人数が知っているということは、口頭で語り継がれるほど神童の話が重要ということだ。
つまり、今のところ村の人々や行商人などのある一定の年齢以上の大人たちは神童のことを知っていたようだったから、実際にあった出来事なのだろうと思われる。
そうすると、王国がこの絵本に書かれている神童が作った国であり、そのことが忘れられないように本としても残しつつ、国の人々は子孫代々語り継いでいるのかもしれない。
ルイは自分の住んでいる国の歴史と神童の情報をある程度絵本から得られたため、そこからさらに気になった情報が他の本に無いか探すことにする。
まず、神童であった王様が建国したと思われるルイが住んでいるこの国のことについて気になったので、王国について何か書かれている本が無いか探してみる。
『神童物語』をまだ読んでいない本に混ざらないよう離れた場所へ置き、他の本へと手を伸ばす。
先程本を全て確認した際に、王国について書かれていそうなタイトルの本があったはずなので、ルイはその本がどのような特徴だったのか記憶を探りながら探していく。
何冊かタイトルを見分けていた途中で、一冊の分厚く真新しそうな本がルイの目に入ったが、まさしくそれこそが探していた本であった。
表紙は動物の皮のようなもので覆われ、表紙のタイトルは金色の糸で刺繡がされてある。
『王国について』
タイトルから如何にも王国について書かれていそうな本であった。
この本と言い先程の神童物語といい、あまりにもタイトルがそのまますぎるような気もするが、本を読まないこの国の人には、それほどシンプルな方が少しでも読まれやすいのだろう。
ルイは金色の糸で刺繍された少し豪華に見える表紙を開くと、まずは目次のようなものが出てきた。
目次を見ていくと、どうやらこの本は王国について地図のような地理情報はないが、それ以外の情報についてはかなり詳しく書いてあることが分かる。
ルイは目次を見て気になるような情報が無いか探すが、どれも気になるようなものばかりなため、
まずは、王国の成り立ちから読んでいくことにする。
「我らがアークドラン王国は、国と呼ばれる存在の中でも一番最初にできた国である。その成り立ちは長い歴史により詳しい情報は不明だが、知られている限りでは400年ほど前には既に存在していたと記されている書物が発見されている。しかし、実際はそれよりもっと昔に建国されたと考えられる。」
「……色々と凄いな王国」
ルイの口からポツリと言葉が漏れる。
成り立ちの最初だけで突っ込みどころが満載な内容だが、まずは新しい情報を整理することにする。
まず、ルイが今いる村も領土に含むこの国の名前はアークドラン王国と言うようだ。
アークドラン王国は、国と呼ばれる存在の中でも一番最初にできた国と書いてあるほどで、国としての歴史は400年以上は確実にあり、400年間は滅ぶこともなく続いていることが分かる。
また、一番最初にできた国と書かれているため、他にも国があることが示されている。
しかし、疑問に思った点が何点かある。
それは、先ほどの神童物語のようなものが本として残っており、辺境にあるはずの村の人や、行商人など都市にいる多くの人にも神童の話は伝わっているはずなのに、この本には成り立ちが不明と書かれていることだ。
もしかするとこの本の著者は、たくさんの人に広まってはいるが、どこにも証拠のない話のため敢えて不明と書いたのだろうか。
そうだとすると先ほどの絵本の内容が実際にあったことだと確信を持つことができなくなる。
どちらにせよルイが神童と呼ばれるのを止めることは不可能だろうから絵本の内容が真実だろうが嘘だろうが今はどうでもいいだろう。
ルイは王国の情報を得るためにどんどんと読み進めていく。
読み進めていく中で、目次を見ただけでは分からなかった興味の湧く内容が出てきた。
それは、王国領土内での危険な場所という内容だった。
王国領土内に危険な場所があるのなら、今後、成長した後に森の外に出ることがあった時のために知っておいた方がいいだろう。
危険な場所と言われてもどのように危険かは分からないが、一応その場所を頭に入れておいて損はないはずだ。
「王国内危険地区その一。ノロ湖。ノロ湖は一見普通の湖に見える。しかし、ノロ湖に入って行くものは誰ひとりとして満足な状態で帰ってくることはできず、必ずと何かを失って帰ってくる。何かを失ってしまう以外のことは皆トラウマから話すことが出来ないため、知ることができない」
「その二。サレント・デイ渓谷。この渓谷には危険な生物が大量に棲みついている。過去、王国の領土として開拓しようとしたとある王が国の騎士団を大量に派遣し、棲みつく生物を一掃しようとしたが、国が送り出した騎士団が帰ることはなかった。その結果、王国危険地区に指定された。危険度的にはノロ湖よりも上位に位置する」
「その三。アンティグリオ大森林。何があろうとも何人も立ち入りを禁ず。危険地区の中でも最大級に危険」
なるほど、この三つが王国の中でも危険な地区なのか。
一つ目、二つ目はある程度の説明が書かれているから何が危険なのかよく分かるが、三つ目のアンティグリオ大森林に至ってはどのように危険なのか書かれていないためとても不安になる。
……よし、この三つの危険地区には絶対に入らないようにしよう。
けど、きっと王国が危険地区指定しているくらいだから入れもしないんだろう。
一応場所だけは確認しようと思い、本に地図が乗っていないか確認しようとするが、やはり最初に確認した通り、この本は戦争とかで地理情報を他国に得られないようにするためか、王国に関する地図とかはどこにも載っていなかった。
「まあいいや、この本はこのくらいでいいだろう。他の本読もうっと!」
ルイは自分には一生関係ない所だから大丈夫だと決めつけ、本を閉じると先ほど読み終わった絵本の上に重ねた。
本は置かれると、光が表紙の金の刺繍に反射したのかキラリと光ったが、ルイは既に次の本を見始めていたため気づくことはなかった。