1話 目が覚めて
目が覚めたら真っ白な空間にいた。
「ここは一体どこなんだ?」
まだ少しぼんやりとする頭で、この見渡す限り真っ白な空間に来る前の記憶を思い出そうとする。
俺の名前は古江塁。今年で三十歳のどこにでもいる普通のサラリーマンだ。
趣味はゲームをしたり、漫画や小説などを読むことで、休日は家にこもってこれらの趣味にひたすら没頭しているのが好きだ。
出かける時は会社に行くときか、生活必需品を買いに行く時。それ以外には、映画を見に行ったり、ゲームや漫画、小説を買いに行く時を除きほとんどない。ものすごくインドア派だ。
とりあえず、自分のことは覚えているようで安心した。
意識を取り戻す前までの最後の記憶は確か、金曜日の仕事帰りで、明日からの休日をどう過ごそうか考えながら、家までの道のりを歩いていたはずだ。
しかし、家まで残り数分というところで記憶が途切れている。
俺は何故ここにいるのだろうか、どうやってここに来たのだろうか。
そもそもここは何なのだろうか。
この白い空間は全方位どこを見ても真っ白で不気味に思えてくる。
床や天井まで真っ白なのか、どこが壁でどこが床なのかの境目も全く分からない。
床や天井が存在しているのかどうかも分からないが。
そのようなことを考えていた時、
「突然ですが、貴方は会社からの帰宅途中に死んでしまいました」
という声が後ろから聞こえてきた。
自分以外何も無かったはずの白い空間から突然声が聞こえたことに驚きながら後ろを振り向くと、そこには人生で今まで見たこともないほど綺麗な女性がいた。
その美しさに見惚れながらも浮かび上がった疑問は消えない。
いつの間にこの女性は俺の背後にいたんだ?さっきまでは誰もいなかったはずなのに。
「急にこの場所に来て混乱していると思いますが、まずは自己紹介をしておきましょう。私は貴方たちの世界で言う"神様"です。私はその一柱で、数多の神の中でも転生の役割を担っている女神です」
神様だと?何を言っているんだこいつは?
たしかにその美貌は神と言われても納得できるほどのものだが。
目の前のこの人物が女神というのは半信半疑だが、この異常なほどの美しさを見ると信じてしまいそうになる。
それに転生の役割を担っているということは――
「もしかして俺は死んだのか?」
「はい、貴方は死んでしまったので新たに転生させるため、その魂だけをここに連れて来ました。」
女神と名乗るこの女性に見惚れていたことで忘れかけていたが、この女神の言うことを信じるとすると俺はいつの間にかに死んだらしい。
俺は仕事の帰りに死んだのか?帰りといっても家まで残り数分というところまで帰っていたのにか?
自分が死んだということを信じられず、どうにか仕事帰りのことを思い出そうとしたが思い出せない。
頭の中に霧がかかっていて、まるで思い出せないようにブロックされているような変な違和感を感じる。
「貴方が死ぬ直前の記憶は私の力で思い出すことができないようにしています。死んだ記憶をそのまま残してしまうと死んだときのショックで魂が保てなくなってしまい、転生できなくなってしまうからです」
俺は未だにに自分が死んだというこの状況を理解できないが、もし、死んでいなかったとしても、三十歳にもなって彼女もいない、仕事も上手くいかず、友達もいない、そのまま今の人生を生きていても何も楽しいことは起きずに、ただ一人で寂しく死んでいくだけだったろう。
本当に死んでしまっていたとしても、両親は俺が小さい頃に亡くなってしまい、親戚や兄弟もいないので、死んだことで悲しんでくれる人はなく、悲しませるような人もいない。
気がかりと言えば、俺が見ていた映画や漫画、小説などのシリーズを最後まで知ることが出来ないことだけだ。
「貴方のような人生を送ってきた人はここにたくさん来ます。しかし、次の人生に期待してここを旅立つ方が大勢います」
その言葉を聞いて、もしかしたらこれまでよりいい人生を送れるかもと思い、転生について聞いてみる。
「転生って言っても一体どんな感じなんだ?やはり元の世界に新たに生まれ変わるってことなのか?」
「貴方の言う通り、本来なら元の世界に転生してもらう予定だったのですが……」
女神はそう言って言葉の最後を濁す。
予定だった?もしかして俺は転生できないのか?
「……本来なら今まで通り元の世界に転生してもらい新たな人生を始めてもらうはずだったのですが、貴方の世界の人口はあまりにも多すぎるので、こちらの都合で最近転生する人には他の世界に行ってもらっているのです。なので貴方にも他の方々と同じように他の世界に転生してもらいます。拒否権はありません」
「他の世界!?他にも世界があるのか?」
小説でよくある異世界転生もののような世界を想像しながら聞いてみる。
拒否権が無いと言われた気もするが、そんなことより他の世界に行くというワードの方に気を取られてしまい、気にもならない。
「ではあなたの想像したそのような世界に転生をしてもらいます。しかし、今まで貴方が過ごしてきた世界と、全てがまったく異なった世界で生きていくのは大変かもしれないので貴方にはこの世界に存在するスキルというものを特別に差し上げます」
そう言った直後に女神の手が光り輝き、光の玉みたいなのが俺の胸の辺りに吸い込まれていった。
本当に俺が想像していた異世界に転生させてくれるのか?
それにスキルがあるような世界って言ったよな?聞き間違いじゃないよな?
というか今、俺の考えを読んでなかったか?
疑問だらけだが、女神が異世界に転生させてくれるということで喜びを感じていた。
今、胸の辺りに吸い込まれていった光の玉がスキルなのだろうか?
よく異世界転生ものであるようなスキルをもらうことができて内心喜びで溢れていたが、いくつもの選択肢からスキルを自分で選んだりすることができなくて少し残念な気持ちもある。
このスキルがどのようなものなのか、これから行く世界はどのようなところなのかなどを聞こうと考えていると、
「これで貴方にスキルを授けました。それではこのスキルを活かして転生後は新しい世界で新たな人生を歩んでいってください。それではよい人生を」
女神はそう言うと、急に俺の体が光り始めてその光は瞬く間に強くなっていった。
「おい、待ってくれ! まだ聞きたいことがあるんだ!」
そう言いながら俺の意識は段々と薄れていった。