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【第一回】地の文コンテスト ~最終列車が出る前に~

【最終列車が出る前に】 柿の種マン

著者:N高等学校『文芸とライトノベル作家の会』所属 柿の種マン

 寒い。早朝の駅のホームというのも相まってすごく寒い。春も迎えてようやく暖かくなってきたと思ってたのに、冬のやつめ、不追意打ち(不意打ち+追い打ちの意)とは卑怯なり……。

 ヒーター出すの苦労するんだぞ! ばか!

 まあ私、寒いのは嫌だけど熱いのはもっと嫌だから結局どっちも大して変わらないけど。それよりも今一番いやなのは、

「部長、ホントに行くんですか?」

「転勤は会社人の務めだからね」

 今までずっといた『私の憧れの部長』が、今日この瞬間をもって、はるか遠くへと行ってしまう事だ。

「でも私は知ってます、本当は部長じゃなくてあのバカ息子の責任なのに」

 部長は優しくて気も効く人だが、嘘が下手で機械が苦手だ。そこをバカ息子に利用されて左遷へまっしぐら~というわけである。ま、少なくともその時の私が遠くから観たらそう見えたってだけだけれど。

 真実は神のみぞ?

 いや、私のみそしるだ。

「まあ、会社としてはこんな五十路手前のバツイチのおじさんよりも将来性がある会社の御曹司を守りたいんだろう。仕方ないことだよ」

 ね、やっぱり部長、嘘つくのは下手なままだ。

「でも、だからといって青森は遠すぎます、明らかに左遷じゃないですか」

「いいんだよ。それに実は僕は林檎が大好物でね。それに、今の時代は新幹線で一本だろ?」

「まあ、そうですが」

 確かに新幹線ならいくのも簡単、いくのも簡単、こんなに楽なものもないよなぁ……きっと、何をするにしても。まったく文明の利器バンザーイ! って感じ。

......

 震えた携帯を取り出した私の手に、冷たい粒がのって消えた。

「お、雪だ」

 部長が気づいて空を見上げた。つられて目が上を向く。

 あー、雪、雪か――あんまりいい思い出ないんだよね、雪。綺麗っちゃ綺麗なんだけど、如何せん後処理が面倒だからなぁ……。

「まさに名残雪だね。まあ、汽車じゃなくて新幹線だけどさ」

 なんだなんだ、部長いまなんて言った? 名残雪? 名残の雪じゃないのかな? でも汽車? 新幹線?

「なんですか、それ」

「イルカの歌だよ。汽車を待つ君の横で僕は~時計を~気にしてる~ってやつ。今の若い

子には難しかったかな」

「知らないです」

 実際には頭の隅の方で記憶の一部が微かに反応したけれど、それでも『なんか聞いたことあったようななかったような』程度だったし、なによりこの貴重な時間をそんな話題で無駄にしたくなかった。

「すごく流行ったんだ。まあ、時代かな。それより君はいいの? 僕みたいなおじさんといたら嫌な思いしない?」

「そんなことありませんよ。それより今の子が何を歌うか知ってますか?」

「いや、しらないなあ」

「こういうシチュだと、初めての恋が終わる時ですね。あり~がっと、さよ~ならってやつです」

 初めての恋が終わる前のこの時間を、この人との最後の時間を、無駄にしたくはなかった。彩りたいのだ。紅く、鮮やかに。

 どこまでもロマンチックに。

「そうなのか。知らなかった」

 しかし私がそう思っていても、いち部長でもはやただの一般人になり損ねているこの人が、一緒になってこの時を飾ってくれるのかといえば、決してそんなはずもないし、むしろそうあって欲しくもない。現に今もこの人はスマートフォンを見ている。手足のように扱いながら見ている。

「初めての恋ですよ恋」

「バツイチのおじさんにそんなこと言うもんじゃないよ。あ、もう新幹線が出るみたいだ」

「ええ~、そんな~」

 さて、この初めての恋もラストスパート……! ああ、楽しいな。

「名残惜しいけどここまでだよ」

 うわ、なんて心にもない事言うんだろうこの人。ま、私人の事言えないけど。

「それに、二度と会えなくなるとも限らないんだからさ」

会えるとも限らないんだから。

「まあ、そうですけど。わかりました。また会えるように願掛けします」

 また会えるならどこが理想的かな? この場所? 私の赴任先?

 ――違うでしょ?

 運命的で、ドラマチックで、紅い出会い。

「そうか。それじゃあ、またな。東京で元気にやれよ」

「はい。それと、部長。私 」

 部長に倒れかかる。いいえ、押し倒れた。早朝でまだ薄暗いから新幹線のヘッドライトが結構眩しい。あ、部長驚いた顔してる。

 線路の中に向かって体が倒れていくのを感じながら、目を見開き、満面の笑みで、彼の背中に腕を回した。

『好きでした』

 では。次はまた、初めての初恋で。






原文はシリーズ説明の部分に記載しています。

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