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どこにもなかった風景、経験しなかった思い出

やす宿のオッサン

作者: あめのにわ

人なつっこいオッサンだった。渥美清に似ている。



どの部屋からやってきたのか。もうすでに酒が入っているようだ。

ネクタイはやや曲がって、ワイシャツも着古したようすである。

しかし薄汚いというよりも、本人が愉しくてしかたないという雰囲気があり、好感があった。


「もうし、シャチョウ。ぜひともワタシメのサカズキを、受けてくださいな」


とお膳の前ににじり寄り、お猪口を差し出すのである。


こいつ上手いなあ、俺ぁ社長なんかじゃないよ、と課長は苦笑して、その猪口を差し戻そうとするが、みじんも臆せず、いやいや未来の社長ですから、とたたみ込んで持ち上げる。その口調、さすがに悪い気はせず、ついには飲み干すことになる。


その調子で平社員、女性社員はおろか、ほんものの社長に到るまで、酌をするわされるわ、大盤振る舞い、それも全く嫌味がない。

どこの古参かと見まごうごとき溶け込みようである。

しまいには広間の真ん中で、ネクタイをねじり鉢巻き、かっぽれを踊り出す。

オッサンの八面六臂の活躍で、大広間の空気はいやおうなく盛り上がった。


皆が社員旅行で泊まっているのは、気の置けない安宿である。造りは古いが、客は多く賑わしい。仲居さんたちも忙しく立ち回っている。

オッサンはその宿の空気がそのまま抜け出してきたような風体であった。


しかしメートルが上がったうえ、踊ってアタマに酒の回ったオッサンは、しばらくして広間の隅に横になり、酔いつぶれていびきをたてて寝こんでしまった。

みんな、それを笑ってみていた。


翌日、朝になった。


「財布を抜かれた」


床の間の襖が開き、部長が慌てて駆け込んでくる。

オッサンはいなくなっていた。


みなを起こし、手荷物を確認する。

ほとんど全ての財布から、現金だけすっかり抜かれている。

クレジットカードや免許証などは無事。

足がつくものは、抜いていない。


「プロだな……」


幹事をつとめた係長は、事後処理をしながら、そう言って苦笑いした。

そろそろ出発時刻になる。


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