36話 色々な意味で運が良かった
≪エレン視点≫
油断した……。
ジゼルが何かの魔法を発動させようとしているのには気付いていた。
まさか、個別に襲いかかってくるとは思わなかった。
私は周りをじっくりと観察する。
真っ白な空間。
本で読んだ事がある。神が使う空間魔法は生きている人でも入れる。
そこから考えると……大魔導ジゼルは既に魔神になっている?
私と一緒にこの空間に引きずり込まれたカチュアさんも落ち着いて周りを観察している。
「エレン様。この空間はもしかして……」
「カチュアさんの考えている通りだよ。でも気になる事があるんだ」
「私もです。ジゼルが魔法を使ったのは確認が取れました。しかし、ジゼルからは魔力の消費を感じませんでした」
「……うん。事前にレティが調べた結果、ジゼルには【無限の魔力】は備わっていなかった。空間転移魔法は消費魔力が凄まじいから、こんなに一気に使えるとは思えない。何か、特別な方法を使ったんだと思う」
大魔導ジゼルと勇者タロウの後ろにいた七人。大罪の数と一致しているから、大罪の力を具現化した人達だと思う。
「カチュアさん。ここにも大罪が来ると思うよ。私の予想だと、私を襲ってくると言うよりも……」
「はい。私を襲ってくるかもしれませんね。私と因縁があるのは【嫉妬】です」
カチュアさんが何もない所を睨みつけている。
いや、魔力の乱れ……。魔力の収束を感じる……。
魔力の塊は……三つ。
「敵は三人みたいだね。でも、大罪のような強力な魔力は感じないよ」
「はい。それどころか……、どこか懐かしい……」
懐かしい?
確かに、三つの魔力のうち二つからは、懐かしくも優しい感じする。どういう事?
やがて魔力は二人の男性と一人の女性を形作ります。
……そういう事ですか……。
「最悪だね」
「そうですね……」
三人のうち二人は私の両親でした。
生前と変わらない優しい笑顔。
「カチュアさんも知っている人なの?」
「……はい。……出世の為に私を売った父親です。まぁ、コレのおかげでネリー様やレティシア様に会えたのですから、少しは感謝していますが……。あの御二人はエレン様のご両親で?」
「うん……お父さんとお母さんだよ」
この三人からは巨大な魔力を感じない。
おそらく、私達を惑わす幻像。
「エレン様……。もし倒し辛かったら……」
カチュアさんが気を使ってくれる。
「大丈夫だよ」
私だって現実を見れるよ。
お父さんもお母さんももうこの世にいない。
それに……両親も大事だったけど、私は屋敷にいた人達も大好きだった。だから、迷わない。
「そうですか。まずは私が片付けてきます」
カチュアさんは自分の父親の前に歩いて行きます。
≪カチュア視点≫
私の目の前には、汚い顔をした父親が笑いかけています。
本当は話を聞く前に斬り捨ててしまいたいのですが、話を少しだけ聞きたいので黙っていましょう。
「カチュア……。私の可愛いカチュア。ジゼル様に逆らうな。ジゼル様が作る国ならば、私と一緒に住む事ができるのだぞ」
貴方と一緒に住む?
馬鹿な冗談を……。つい吹きだしてしまいます。
「どうした?」
「いえ、あまりにも滑稽な言葉で、ついつい笑ってしまいました」
「なに?」
「貴方は出世の為に私を必要ないと売ったんですよ? 偶々、ネリー様に拾っていただきましたから、こうやって今も綺麗な体のままですが、他の貴族に拾われていたらタロウに汚されたうえにジゼルに殺されていたでしょうね……。そんな状況を作ろうとした貴方と私が一緒に暮らしたいと? 寝言は寝て言うモノですよ」
私は収納空間から自分の剣を取り出します。
「さて、亡霊はさっさと死んでください。いえ、もう死んでいましたね」
私は父親に向かい剣を振り上げます。
「き、キサマ、父親を斬るのか!?」
「はい。斬りますよ。私は貴方が嫌いですから……殺してやりたいくらい憎いですから」
「や、止めろ……。せ、せっかく生き返ったのに……」
生き返った?
「馬鹿を言ってはいけません。貴方は生き返ってなんかいませんよ。ただ、魔力により形作られただけです」
「ま、待て!!」
「待ちません」
私は父を縦に両断します。すると魔力が霧散するように父親は霧散していきました。
「……ふぅ。まぁ、こんなモノですかね」
私は剣を持ったまま、エレン様に視線を移します。
≪エレン視点≫
目の前には優しかったお父さんとお母さん。
でも二人はあの時に殺された……。
それもお父さんが必死に守ろうとしていたテリトリオの町の住民に殺された。
お父さん、お母さんだけじゃない。
お屋敷で一緒に暮らしていた、爺やお手伝いさんや護衛の人達もみんな殺された。
結局は誰が裏切って誰のせいでそうなったのかは分からない。
でも、もうお父さんとお母さんや皆はもういない……。
「エレン……ジゼル様は我々を復活させてくれたのだよ。ジゼル様を受け入れれば、私達はまた一緒に暮らせるんだ……。それが偽りの幸せであったとしてもだ……」
「そうよ……。エレン。例え、嘘の幸せでも一緒に暮らせるのよ……」
え?
どうして二人共、現実といわないの?
!?
両親の顔は辛そうに笑っていた。
(エレン、人間なのだから嘘を吐く時はある。でも、人を傷つける嘘や、陥れるような嘘は駄目だ……)
(エレン、幸せに嘘も本当もないのよ。その人が幸せと感じるのなら偽りの幸せであってもそれは幸せなの……だから、貴女が決めなさい。自分の満足する幸せを……)
これは、二人の真意じゃない。
いや……。
あの顔が二人の真意だ……。
「もう一度眠らせてあげる」
私は聖女の力を発動させる。
二人は私を微笑んでみている。
「お父さん。お母さん。私を心配しなくても大丈夫。だから、安らかに眠ってください。【ピュフィリ】」
私の浄化の魔法で二人は満足そうな笑顔で消えていった。
最期に……「頑張れ」とだけ聞こえた気がした。
「エレン様、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。カチュアさんこそ」
「私はあの男を憎んでいましたから問題ありません。さて、アイツがこんなふざけた事をしてくれた人みたいですね」
フードを被った男性。
【嫉妬】の事でかかわりがあるとすればソレーヌさんが来ると思っていたけど、これは男性だ。
「ふん。親ですら簡単に消し去る鬼畜か……。こんなのが聖女とは神は何を考えているのやら……。もう一人は平然とした顔で親を両断するとはな。あのクソガキに関わっている人間は狂っているな」
クソガキ?
それってレティの事?
ジゼルから聞いているんじゃなくて、レティを知っているかのような言い方だ。
「しかし、聖女様は父親には似なかったのだな。あの男はお人好しだったから、簡単に操れたというのに……。いや、最後の最後で言う事を聞かなかったがな……」
え?
「貴方は誰? もしかして、テリトリオの生き残り?」
「私か? 私の声を聞いて私が何者か思い出さないか?」
「全然……本当に私の知り合い?」
「くはははは。まさか、忘れられているとはなぁ!! 貴様のせいで私はこんなにも惨めになったというのに!!」
男はフードを脱ぐ。
服装は……薄汚れた神官服。
見覚えはある。
「テリトリオの神官長。テリトリオが魔物に襲われた時、真っ先に逃げたと聞いていたけど、生きていたんだね。いや、大罪を埋め込まれたという事は死んだって事かな?」
「ふざけるなぁああああああ!! お前のせいで神官長という職を失い、教会での立場を失い、大事だった家族からも逃げられ、このファビエ王都のスラムで、お前達を恨みながら必死に生きていたら、ジゼル様に殺されて!!」
え?
それっておかしくない?
私と同じ事を思ったカチュアさんが神官長に詰め寄る。
「貴方を殺したのはジゼルでしょう? なぜその恨みがエレン様に向いているんですか? ただの逆恨みでしょう」
カチュアさん。良い事言うなぁ……。
そもそも、この人が私をタロウに貢ごうとしたのが全ての元凶であって、自業自得じゃない。
むしろ、この人が元凶で、私は両親と故郷を失ったんだから、私がこの人を恨む事はあっても、この人に恨まれるいわれはないじゃない。
「逆恨みだと!? そもそも、エレンが素直に勇者タロウ様に貢がれていれば、私は順調に大司教、いずれは教皇になっていたかもしれないというのに、貴様のせいではないか!!」
私がタロウに貢がれてれば……か。
そんな事があり得るなら……。
私とカチュアさんは笑ってしまう。
「な、なにを笑っている?」
笑っている理由なんて一つしかないじゃない。
「例えばです。エレン様はタロウに貢がれる事を嫌がっていました。それでも、貴方のエレン様を貢いでいた場合、レティシア様はエレン様を助けに動くでしょう。その過程で貴方は惨たらしく殺されます。更に、エレン様が自ら命を絶ってしまっていたら、貴方だけではなく教会が滅ぼされている可能性も捨てきれませんね。どちらにしても、貴方はレティシア様に惨たらしく殺される運命なんですよ。むしろ、今が一番マシな人生だったんじゃないですか?」
「ふ、ふざけるな!! あのガキにそれだけの力が……」
そういう事か……。
この人は勘違いしているんだ。
テリトリオでのレティは私達家族に配慮してくれて人殺しをしなかった事に……。
そして……。
「神官長さん。貴方は気付かなかった? いや、興味がなかった?」
「何をだ?」
「テリトリオ周辺で盗賊や山賊の被害が全くなかった事を疑問に思った事が無かった?」
「それがなんだ? あの町は平和で治安も良かった。それだけじゃないか!!」
駄目だね。
この人は私の言う意味を分かっていない。
むしろ、話を聞いただけのカチュアさんが気付いたみたいだ。
「在り得ませんね。どんな強国でも、盗賊や山賊の被害をゼロにする事はできません。例え、騎士を毎回のように派遣していたとしても、盗賊・山賊・海賊というのは絶滅する事はありません。たとえ一時的に壊滅させても害虫の様にどこかから湧き出すでしょう」
「そうだよね。でもテリトリオの周りには一切出なかった……」
私がここまで言うと、カチュアさんが理解する。
「そうですか。そうですね……。レティシア様が殲滅していましたか……」
「な、なんだと!?」
「そういえば、ギルガ殿から聞いたのですが、レティシア様は盗賊から金銭を得ていたと言っていましたよね」
「うん。一度、お父様がレティに退治された盗賊を見た事があるらしいけど……、トラウマになったらしいよ。私は見ていないけど……」
「え? レティシア様はそれに関してどう言っていたんですか?」
「はぐらかされた」
「そ、それは……」
私達が楽しく喋っていると、神官長が怒り出す。
「お前達の妄想には興味がない!! 私は七つの大罪【嫉妬】のジリャ!! お前達をここで殺……え?」
「うるさい。どうせ敵なんですから、いつまで話をしているんですか?」
カチュアさんが神官長を両断する。神官長は塵と変わる。
え?
もう終わりですか?
まだ、復活する事を警戒していたんだけど、神官長は復活せずに塵になった。
「お、終わってしまいました……」
「う、うん。結局、あの人はなんだったんだろうね……」
空間が元に戻る。
え?
ほ、本当に終わっちゃた……。
今回の話は、プロット段階ではカチュアがエレンの協力で美徳を使い嫉妬を倒すつもりでしたが、神官長に見せ場など必要がないと思いこうなりました。
あ、ソレーヌの復活は考えてませんでしたよ。
話の内容的に、エレンの両親が良い人だったのかを確認せずに書いたので、書き終わった後に一話を読み返して良い人だったのを確認してホッとしました。もし悪い人なら書き直さなきゃいけなかったし……。
まぁ、そのおかげで書きたかった部分(戦闘とは関係ない)は書けませんでしたから、それは三章以降に書こうと思います。




