35話 武闘家としての戦い
ドゥラークの相手は……。
長年冒険者をやっているが、勇者タロウと戦う事になるとはな……。
まったく、面倒な事に巻き込まれたものだ……。
勇者タロウの噂は知っていたが、国の揉め事と思って興味すらなかった。いや、普通に考えればCランクの冒険者がそんな大事に関わる事は無いだろう……。
しかし、今は違う。
パーティのメンバー……ギルガの旦那は家族と言っていたな。家族が聖女である以上、無関系という訳にはいかないな。
俺と一緒にこの空間に引きずり込まれたリディアも不安そうな顔をしている。
「安心しろ。俺もお前も強くなったんだ。よほどの化け物がでない限りは死にはしねぇよ」
「ドゥラークさんは鈍いよ……」
は? 鈍い?
何を言っているんだ?
気配を感じる……。
こいつが俺達を引き込んだのか。
俺はフードを被った男に声をかける。
「お前一人で俺達二人を相手にするのか?」
フードの男は静かに頷く。
「お前は何者だ?」
「お前がワシを知らんというとはなぁ……。まぁ、顔を見れば思い出すじゃろうて……」
フードを取った男の姿に、俺は驚愕した……。
男は六十代の男。真っ白な長いひげが俺の記憶を抉る。
「し、師匠……」
「久しぶりだな。ドゥラークよ」
数年前に病死したはずの武術の師匠。俺は師匠が死んで武術を捨てた……。
しかし、なぜ師匠が……。
いや、考えるまでもないか……。
「ドゥラークよ。お前に聞きたい事がある」
「な、なんですか……」
「お前のその斧はなんじゃ? ワシはお前に武術の全てを教えたはずじゃが? なぜ、そんなおもちゃを持っておる? まさかと思うが、武闘家をやめたとは言わんよなぁ……」
「そ、それは……」
この威圧感は間違いなく師匠だ……。
ジゼルの奴も厄介な奴を生き返らせたものだ……。
「まぁ、いい。ワシにとってお前が武闘家をやめていようが、なんだろうがどうでもよい。ジゼル様の命によりお前達二人をここで殺す」
「へぇ……武術に身を捧げたあんたが魔導士風情に使われるなんてな」
「使われる? 何を面白い事を言うておる。ワシが使われる? 冗談も大概にしておくんじゃな」
言っている事とやっている事が違い過ぎる……。
ジゼルに生き返らせてもらう時に頭も弄られたんだな。
俺は斧を構える。
しかし、師匠相手に斧で戦えるか……。
「まずはそのおもちゃを使えなくしてやろう」
師匠は一気に踏み込み、俺の間合いに入ってくる。
速ぇ!!
俺は斧を横に薙ぎ払うが簡単に避けられてしまう。
クソっ。やっぱり当たらねぇか。
師匠は俺の斧を思いっきり蹴る。
俺の記憶通りの師匠なら普通の斧なら砕けるはずだ。だが、俺の斧は砕けねぇ!!
俺は再び師匠を薙ぎ払おうとするが、師匠は一歩後ろへと下がる。
「ワシの蹴りでも砕けんとはのぉ……。なかなかいいおもちゃだな」
「そりゃあな。【神殺し】製だからな」
「まぁ、よい。お前を殺す事など簡単じゃからな」
「そうかい……」
簡単に殺されるつもりは無いが、師匠が強いのも間違いない。仕方ねぇ……。
「【身体超強化・第二段階】!!」
俺の魔力が四倍に膨れ上がる。
流石にこれには師匠も感心しているようだ。
「それが【神殺し】が作った【身体超強化】か。なかなか強くなっている様じゃな。じゃが、そのおもちゃを使うのであればわしの敵ではない」
師匠の魔力も一気に膨れ上がる。
【身体超強化】か?
いや……大罪の力か……。
「そういや聞いてなかったな」
「何をじゃ?」
「あんたは七つの大罪のうちのなんだ?」
「わしの正体に気付いたか……。少しは洞察力があるみたいじゃな。わしは【憤怒】じゃよ。今の名はオルギ。七つの大罪【憤怒】のオルギじゃ」
やはりそうか……。
ジゼルの仲間を見た時に予想はしていた。
しかし……【憤怒】か……。
「つくづくあの憧れの武闘家とは縁があるな……」
「憧れ? あぁ、アルジーとかいう小娘の事か?」
師匠は天才武闘少女のアルジーを嫌っていた。
女が武術をやっている事が気に入らないといつも言っていた。
そんな古臭い考え、俺は興味がなかった。
才ある者は、男だろうと女であろうと子供であろうと老人であろうと才があるのだ。そんな事当たり前だ。
師匠は石頭だった。
俺は武闘家としての師匠は尊敬はしていたが、人間性までは尊敬していない。
「さて、久しぶりに馬鹿弟子に会えて楽しかったぞ。武闘家をやめているという残念なことも分かってしまったが、そろそろ終わりにしようか……」
師匠の体から大罪の力が噴き出す。
「ワシはお前に怒りを感じている。だから、【憤怒】の力をすべて使ってお前を殺してやろう」
「やってみろよ」
第二段階なら師匠ともまともに戦えるはずだ。
俺は斧を地面に突き刺す。
「さて、武闘家として師匠を倒す」
「くくく……。やってみろぉおおおお!!」
師匠から放出していた大罪の力が師匠にまとわりつきだす。
「な、なんじゃ?」
師匠は焦り出す。どういう事だ? 自分の意志じゃないのか?
「ワシは大罪オルギじゃぞ!! なぜ力がワシに逆らう!?」
師匠は大罪の力を振り払おうとする。
すると、師匠の口から師匠の声じゃない声が聞こえてきた。
「その体は私のモノね。ドゥラークと決着をつけるのも私ね……」
こ、この声は……。
ま、まさか……!?
「あ、アルジー?」
リディアがそう呟く。
そうだ、アルジーの声だ。
「な、なんじゃ、今の声は。く、くそ!! なぜ、ワシの力がワシを襲っておるんじゃ!?」
大罪の黒い力が師匠の体を飲み込んでいく。
「く、くそっ。き、キサマは!!? なぜ生きておる!?」
生きている?
師匠は何を言っているんだ?
「この体はジゼル様からぁああああああ!!」
大罪の力が師匠を飲み込むと、一回り小さく収束されていく。
そして、見慣れた姿に変わった……。
「ふぅ……。戻ってこれたね。私の体を偏屈じじいに使われるのは気にらないね。さて、ドゥラーク。あの日の続きをするね」
「続きだと?」
「そうね。あの時は【憤怒】の力に邪魔されたね。力の中でずっと羨ましかったね。ドゥラーク、あの力を使うね」
「お前相手なら第二段階でもどうにかなりそうだが?」
「ふふふ。別にそれならそれでいいね。私がアッサリとお前を殺して終わるだけね」
チッ……。
アルジーの体から感じるのは純粋な力だ……。
大罪の力を完全に制御しているのか?
い、いや……大罪そのモノを力に変えているのか!?
「そうだな。お前にあまり時間を使ってられないからな」
俺は第三段階を発動させる。
龍斧ティアマトと俺の体が融合されて、半龍人化する。
「さて、この姿は時間制限があるからな。一気に行かせてもらうぜ」
「それは知っているね。だから、さっさとやるね」
俺は一気にアルジーを倒そうと殴りかかるが、拳を止められる。
馬鹿な!?
こいつ……なんて力をしてやがる。
「次はこっちの番ね。行くよ!!」
アルジーは俺を攻撃してくる。
その攻撃は今までと違い一撃一撃が重く、そして速かった。
俺は捌くだけに集中する。
「くっ」
「最初の威勢はどうしたね!! 防御だけでは私を倒せないね」
俺も攻撃を繰り出すが、当たる寸前で避けられてしまう。
ちょっと待てよ。第三段階でも当てられないのかよ。
「甘いね。確かにお前は速いけど、当たる寸前で避ければいいだけね。武闘家は瞬発力と動体視力も大事ね。これがあれば強くなれるね!!」
俺の当たらない攻撃と違い、アルジーの攻撃は容赦なく俺の体にめり込む。
「ぐっ……」
「【身体超強化】を使ってもその程度ね!? 姿は強そうになったけど、そこまで驚異じゃないね!!」
クソっ……。
もう五分は経った……。
あと五分。攻撃が当たらないのであれば!!
俺はアルジーを投げ飛ばそうと掴みかかる。
「掴んだ!!」
「離すね!!」
アルジーは俺が掴みかかった腕を強制的に振り払おうとする。
な、なんて力だ。
暫くアルジーに振り回され投げ飛ばされる。
「もう八分経ったね。後二分ね!!」
焦る!!
何とか攻撃を当てねぇと!!
しかし……。
ぐっ!?
体が……うまく動かない。
なぜだ。まだ二分残っているはずなのに!?
「時間配分でも間違えたね? さて、死ぬね」
アルジーに殴られ、俺の半龍人化が解ける。
ま、不味い……。避けねぇと……。
アルジーが俺を蹴り飛ばす。
「ぐっ!!」
く、クソ……。体……動け……。
俺にとどめを刺そうと近付くアルジー。
ま、不味い……。
「ん? お前は何ね?」
「ど、ドゥラークさんは殺させない」
な……。
「り、リディア……に、逃げろ……」
逃げろと言っても……どこに逃げるんだ?
この真っ白な空間に……。
で、でも……。
「リディア……」
「嫌だ。逃げない!!」
リディアは振るえる体で俺の前で両手を広げている。
「ふーん。そうね! お前達が安心して死ねるように約束してやるね」
「や、約束?」
「ジゼルとタロウと大罪共は私が殺してやるね。アイツ等は私の戦いを愛する心を利用したね。許せないね」
「そ、それなら、私達と……」
「それは無理ね。この空間は私かお前等のどちらかを殺さないと解除されないね。だからお前等は死ぬね」
アルジーはリディアを殴り飛ばす。
「あぅ!!」
「お前はドゥラークの後で殺してやるね。さて……」
くそっ。
う、動け!!
守るんだ。
俺の命を使ってでも……。
もう一度第三段階を……。
俺は魔力を溜めようとして意識を失った。
≪リディア視点≫
ど、ドゥラークさんが死んじゃう。
う、動かないと。私なら……美徳の力を持つ私ならアルジーの【憤怒】を止められる。
命を懸けて……。
え?
何、この魔力……。
ドゥラークさん!?
ドゥラークさんが虚ろな目をしてアルジーの前に立っている。
だ、ダメ……。殺されちゃう。
え?
アルジーが一歩下がった。なんで?
「お、お前、その力は何ね!?」
え?
アルジーが焦っている。どうして!?
「く、くそっ。この死にぞこない、死ぬね!!」
アルジーは殴りかかるが、ドゥラークさんは攻撃を軽く流し、アルジーのお腹に拳が入る。
「ごはぁ!!」
そのままアルジーの頭を掴み地面に叩きつける。
「がはぁ!!」
え?
どうして?
半龍人化じゃないのに、この強さって……。
「くそぉ!! いきなり強くなったね。何が起きたね!?」
それからもアルジーは何度も攻撃を繰り出す。だけど、ドゥラークさんがアルジーを圧倒する。
アルジーは血を流しながら、フラフラで立ちその場で倒れてしまった。
「ま、負けたね……。最後の最後でこんなどんでん返しがあるとは思わなかったね……」
アルジーの体が少しずつ塵になっていく。
「ドゥラーク……。今は意識がないね……。でも、お礼を言っておくね。最期に良い戦いをありがとうね。そこの女。ドゥラークの意識が戻ったら言っておくね。斧なんて下らないものを持たずに、武闘家として生きるね。お前は武闘家の頂点である私に勝ったね。お前なら、私が憧れたおとぎ話の武神の魔王に戦いを挑めるね」
「え?」
「ちゃんと伝えるね……。ジゼルに利用された哀れな武闘家の最期の願いね……」
「は、はい」
アルジーは私が頷くと笑顔で空を見上げる。
「あぁ、良い人生とは言えないけど、最期の最期に良い戦いをできて満足ね……。いや、せめてドゥラークが武闘家として完成した状態で戦いたかったね……。でも……満足ね……。じゃあ、バイバイね」
そう言って、アルジーは完全に塵になった。
暫くすると、ボーっと立っていたドゥラークさんが意識を取り戻した。
「え? アレ? アルジーは?」
私はドゥラークさんに起こった事と、アルジーからの伝言を伝える。
ドゥラークさんは困惑していたけど、どこか悲しそうな、でもどこか決意していた顔になっていた。
「さて、アルジーの話が本当ならば、これで元の空間に戻れるはずだ」
「……うん」
その証拠に今いる空間が歪む。
みんな、無事だといいけど……。
当初は、アルジーを復活させるつもりは無かったんですが、ケンが上澄みとか余計な事を言ってくれたのと、普通の大罪戦ではインパクトに欠けるかな? と思ったのと、やっぱりドゥラークの相手はアルジーが良いかな? と思いこうなりました。
次回はエレン・カチュアVS嫉妬です。




