34話 もう戻れない国
誤字報告、いつもありがとうございます。
今回はレッグ視点です。
ネリーを巻き込んじまった。
いや、元々俺達の問題か……。
俺はネリーに視線を移す。
ネリーは不安そうに俺を見ていた。
俺はネリーの頭を撫でる。これで少しでも安心してくれればいいんだけどな……。
ファビエ王都に来るまでは、俺はBランクにも上がれない弱い冒険者だった。
俺がこの町に来た理由。ファビエ王都の周りは弱い魔物が集まっているのが有名で、そこの魔物なら弱い俺でも倒せると思いここに来た。
俺は昔から人相が悪く、冒険者仲間からは……いや、故郷の皆からも山賊と言われていた。
実際に山賊に間違えられて討伐されかけた事もある。
まぁ、この顔は生まれつきなので、山賊に間違えられるのにも慣れてきていた……。
そんな中、出会ったのが当時五歳だったネリーだった。
町の視察に来ていたネリーは俺の顔をジッと見ていた。
いつもの事だ……。泣き出すと思っていたのだが、ネリーは俺に笑顔を向けてきた。
俺を見て怯えないのにもびっくりしたが、それよりも気になったのがネリーの目だ。
とても寂しそうに笑っていた。
ネリーは一国の姫君だ。周りには護衛や侍女が一緒に視察に来ていた。だけど、ネリーの目は孤独だった。
その目を見た俺は……なんて悲しい目をしてやがる……そう思った。
そして、何とかしてやりたいとも……。
でも、俺は一介の冒険者。ネリーは姫君。俺にどうこうできる問題じゃない……。
そう思っていた……。
しかし、その数日後。
兵士が俺の下へとやって来た。
話を聞いてみると、城が俺を起用したいと言い出したそうだ。
そして、俺はネリーの専属の護衛となった。
数年後、ネリーになぜ俺を起用したのかと聞いてみた……。
ネリーは笑いながら「一目惚れ」とふざけていたが、懐いてくれていたのは確かだ……。
一国の姫君が俺みたいな山賊に懐いたんだぜ……全く笑える話だ。
だからこそ、守ると決めた。
ネリーと共に城で過ごして数ヵ月も経たないうちにネリーの寂しい目の理由に気付いた。
こいつの周りには誰もいなかった……。
いや、俺以外の護衛もいたし、世話をする侍女もいた。
だけど、誰もネリー自身を見ていなかった。
護衛の侍女も自分の出世の事だけを考え、父親である国王ですら自分の事しか考えてなかった。
ネリーに関わる者すべてが、ネリーを道具としか見ていなかった。
そんなネリーが初めて欲しがったモノ……。初めての我が儘が俺だったらしい。
あとから、騎士団長から聞かされた。
だからこそ誓った……。
不安そうなネリーが俺を見上げる。
「レッグさん……」
「大丈夫だ。お前は俺が守る。それと……」
ネリーには、ある事を指示しておく。
護衛が姫君に指示するっていうのも変な話だが、これが奥の手になるかもしれない……。
「頼むぞ。できるだけ……」
「うん……。わかった」
「……俺を信じろ」
「うん」
ネリーは辛いだろうが、ファビエ王都はもう終わりだ……。王都の国民すべてが死んだのなら、復興などできない。いや、復興したとしても、それはもうネリーが愛したファビエ王国じゃない……。
タロウにしてもジゼルにしても、ファビエを滅ぼす事などどうとも考えていないだろう……。
だからこそ、許せねぇ……。
俺はタロウの事だけは、少しだけ同情しているところがある。アイツだって、自分の意志でこの国……いや、この世界に召喚されたわけじゃないだろう。
もしかしたら、元いた世界に家族や大事な人間がいたかもしれない。強制的に引き離されたかもしれない。だからこそ、多少の優遇はしてやっても問題はないと思う。
だが、だからといってアイツがやってきた悪行の数々を許していいわけじゃない。普通は許されないだろう。
さて……、俺達の相手に選ばれたのは……。
「……お前が俺の相手か?」
「そうじゃ……。わしは貴様が気に入らん。だからこそ、貴様を殺すのはわしの役目じゃ……」
ちょ、ちょっと待て……。この声は……。
「う、嘘……」
ネリーも今の声に気付いたのか、少し顔色が悪い。
今までは真っ白な空間にいたのだが、いきなり空間が歪み、城の謁見の間に変わっていく。
ここは……ファビエ王城の謁見の間……。
俺は玉座に視線を移す。そこにはフードを被った男が座っていた。
「あ、あんたにどう思われてもいいが、一つだけ聞いていいか?」
「話してみろ。わしは寛大じゃからな。お前の話を聞いてやろう。じゃがな、わしをあんたと言うな……無礼であろう?」
「けっ……。あんたはソレーヌに殺されたはずだ。なぜ、ここにいる? いや、なぜ生きている?」
男はフードを脱ぎ玉座から立ち上がった。
「わしはこの国の王じゃ……。貴様のような平民とは格が違う。だからこそ、ジゼル様がわしを復活させてくれた」
やはりファビエ王だったか……。
しかし、ジゼル様ね……。
「自分にしか興味のなかったあんたが、なぜ配下であるジゼルに様なんて敬称を付けているんだ?」
「くはははは!! わしはジゼル様には感謝している。今までは貴様に怯えていたが、今は違う。わしは力を手に入れた!!」
……力?
ジゼル達の仲間はタロウを含めて八人。つまりはそういう事か……。
国王の体から黒い力……大罪の力が放出されている。
しかし腑に落ちない。
確かに国王と俺達には因縁がある。だが、国王には戦闘能力はなかった。それなのに、なぜジゼルはこいつに大罪を与えたんだ?
いや、油断は禁物だな。国王はたいした事は無いが、持つ力は大罪の力だ。
「まったく……あんたにはお似合いの力だな」
「なに?」
「あんたの力は【傲慢】だろう? あんたにお似合いだ」
「わしの力を言い当てるとはなかなかの洞察力じゃな。レッグ、わしは貴様の事が嫌いじゃった……。何度貴様を殺してやろうかと思ったが、わしには力はなかった」
国王に大罪の力が纏わりつく。
見れば見るほど禍々しい力だ……。
「だからこそ、わしはタロウを使った……」
「あ? 使っただと?」
「そうじゃ。タロウにネリーを襲うように言ったのはわしじゃ。じゃが、貴様に邪魔をされてしまった」
な……んだと……?
「て、てめぇ……ネリーはてめぇの娘だろう? 娘をあんな下衆に売ろうとしていたのか?」
「何の問題がある? ネリーはわしの所有物じゃ。わしは国王でわしは何をしても許されるのじゃ」
「ふざけんじゃねぇ!!」
やはりこいつは性根が腐ってやがる。
ネリーには悪いがここで殺す。
「ネリー」
「うん。お父様はソレーヌに殺されたわ。アレはお父様じゃない。それに……」
ネリーは国王を指差す。
「王族というのは国民の為にいる。国というのは国民がいて初めて成立する」
「くはははは。何を世迷言を言うておる? 国民などわしら王族……、いや、王であるわしの為の道具にすぎん!!」
「私は貴方を許さない!! 貴方達の傲慢な考えがこの国を殺したのよ!! 絶対に許さない!!」
「く、くははははは!! キサマのような何もできない小娘に許される事などないわ!! レッグを殺し、貴様をタロウに与えて、ジゼル様にこの国を復活させてもらうのじゃ!! 再び、わしの国を作り直すのじゃ!!」
俺はネリーの前に立つ。
ネリーは良く言った。ここからは俺の仕事だ。
「国王、できない事はあまり口にしない方が良いぜ。誰もお前の言葉なんて信じやしねぇよ。言っている事だけが立派だったからなぁ」
「レッグ……。たかがネリーの拾い物の分際でいつも偉そうにしおって……。【傲慢】の力を見せてやる」
国王の体から放出された黒い霧が人の形を作り出す。
大罪の力による配下か?
しかし、黒い霧は配下の姿ではなく、国王の姿になる。
「さて、貴様等を殺す準備はできたぞ……」
新たに生まれた国王の数は四人。
こいつの力がどれほどのモノかは知らんが、元々が大した事が無いから問題ないだろう……。
しかし、ネリーが襲われるのは困る。
俺は懐から魔石を取り出しネリーに投げ渡す。
「ネリー、これを持っておいてくれ」
「う、うん」
ネリーが魔石を大事そうに握ると、ネリーの体の周りに結界が張られる。
これでいい……。
「さて、弱い国王の相手は俺だ。アッサリ終わらせてもらうぜ」
俺は元となった国王を一体斬る。しかし、国王の体は崩れるように黒い霧になって霧散する。
「なに?」
これは本体じゃないのか?
「くはははは。貴様は何を勘違いしている? それは本体ではない。死ねぇ!!」
国王は俺に殴りかかるが、遅いので当たる事は無い。
俺は周りを見る。
な、なに!?
国王の数が増えている。
今は八人……。
「チッ……。こうもムカつく面が増えているのは鬱陶しいな……」
俺は国王を一人ずつ斬っていくが、斬る毎に国王は増えている。
本体はどこだ!?
「ははは!! 無駄じゃ無駄じゃ!!」
こいつの攻撃はたいした事が無い。
だが、このままではジリ貧になる。
どうにかして本体を見つけないと……。
そう思っていたら、国王の一人が嗤い声を上げる。
「くはははは。そろそろ殺すとするかのぉ……」
アイツだけ大罪の力が多い?
まさか、アレが本体なのか?
そう思っていると、国王の体が膨れ上がった。
まさか、魔獣化しているのか!!
「【傲慢】の力見せてやろう!!」
こ、こいつ正気か!?
自ら魔物になって……そこまでして……。
「わざわざ、本体を教えてくれるとはなぁ!!」
俺は魔獣と化した国王の前足を斬る。
「ぎゃああああああ!!」
魔物と化した国王が本体みたいだな。
その証拠に痛みを感じているようだ。
「わ、わしは国王じゃぞ!!」
「だからなんだ!! お前が国王というなら、お前等が殺した国の為に死ね!!」
「ふざけるなぁああああ!! わしは国王じゃぁあああああ!!」
「じゃあな。お前はここで終わりだ!!」
俺は一気に魔獣と化した国王の首を斬り落とす。
これで倒せたか?
周りにいた国王が次々消えていく。
首の無くなった魔獣から黒い霧が放出して霧散していく。
霧が晴れると、ボロボロになった国王が這いつくばっていた。
「わ、わしの力が……消えてしまう」
い、いや……力だけじゃない。体も溶けだしている……。
「あ、あわわ……。た、助けてくれ……」
国王は這いずりながら……ネリーに近付く。
こいつ……最期にネリーの所に……。
国王は崩れる腕をネリーに伸ばす。すると大罪の力をネリーに放出させた!!
「かははははは。わしは死なん!! ネリー、キサマの体を貰うぞ!!」
「お、お父様……」
……。
ネリー……。
お前が……決めろ……。
「かはは……は? な、なぜ体が奪えん? その結界は何だ? その石か!!」
国王は大罪の力で魔石を奪い取り破壊する。
しかし……。
「これで結界は……!? な、なぜ消えない!!」
俺は国王に近付く。
「よ、寄るな……。わしは国王じゃぞ……」
「最後に良い事を教えてやるよ。この結界は、ネリー自身の力だよ」
「馬鹿な。ネリーは何もできない小娘のはずだ!!」
俺は国王に剣を突き付ける。
今のネリーを国王が殺せるとは思えない……だから、とどめを刺すのは……俺だ。
俺は国王に剣を突き刺す。
「ぎゃああああ!! わ、わしは国王だ!!」
「……お父様……」
「ね、ネリー。わしを助けろ。わしは国王でお前の父だぞ!!」
ネリーの目……。
……。
ここからは俺が手を出すわけにはいかないな……。
俺はそっと剣から手を離す。
「お父様、安心してください。この国の事は信頼できる御方に託します。もし、その御方が私の命を所望するのなら、喜んで国民の為に命を差し出しましょう。ファビエ王国は今日、ここで貴方と共に完全に死ぬんです」
「ふざけるな!! この国はわしの国だ!! 信頼できる奴などいない!! わしが治めるのじゃ!!」
「……エラールセ皇国のグローリア様……」
エラールセ皇国のグローリア陛下……別名狂皇グローリア。
あの御方は、世間では狂っていると言われているが、そうじゃない。誰よりも皇国民の為に生き、国の為に尽くす御方……。彼なら信用できる。
しかも、彼は俺の友人だ……。俺が頼み込めば、ネリーの事も……悪い様にはしないはず……。
「ふざけるなぁあああああ!! あんな狂皇に国を乗っ取らせてたまるか!!」
「いいえ。貴方は終わりです……」
ネリーが祈るように詠唱を始める。
「さようなら……お父様。〈ピュフィリ〉」
ネリーが使った魔法で国王の体が光に飲まれていく。
「あぁあああああああ!! わ、わしが国王じゃあああああ!!」
国王は光に飲まれ、塵となって消えた……。
ネリーが俺に抱きついてくる。
「レッグさん……私、私……」
ネリーは俺の胸に顔をうずめて泣いている。俺はネリーの頭を撫でる。
「お前はよく頑張った。お前の今後がどうなったとしても、俺が傍にいてやる……」
「……うん。……うん」
空間が歪む。
元の場所に帰るのか……。
凡人の俺達の役目はここまでだ……。後はレティシアが全てを終わらせるだろう……。
それに、この国の行く末はグローリア殿に託すしかない。
グローリア殿がどういう決断をするのかは分からないが、王家としての責任を取る形でネリーの処刑を望むのであれば……その時は俺も一緒についていってやる……。
寂しい目をしていたこいつを、絶対に一人にしないと決めたんだからな……。




