32話 古代魔族
今回はケン視点です。
≪ケン視点≫
「いきなり引きずり込まれたと思ったら、こんな何もない空間に置いていかれるとはなぁ……」
俺が立っているのは見渡す限り真っ白で広く何もない空間だ……。
この空間の事をあの方から聞いた事があるな……。大魔導ジゼルの噂は聞いた事があったが、空間魔法まで使えるとはな。
俺がこんな所に閉じ込められているという事は、他の奴も同じく閉じ込められているのか?
しかし……、レッグからこの仕事を聞いた時には、こんな事になると思わなかったな……。
(ケン、久しぶりだな。レティシアちゃんという子から、一番信頼できる奴を連れて来いと言われたんだ。俺にとって一番信頼できるのはお前だ。俺と来い)
(何? 行くってどこにだよ)
(ファビエ王国……。なぁ、ケン。お前、俺と一緒にネリー姫に仕えてみないか?)
(魔族の俺がネリー姫に仕えるだと?)
(あぁ。ネリー様は魔族を差別してねぇよ……それに……いや、今はとにかくついてこい)
何か裏があるとは思っていたが、まさかこんな事に巻き込まれるとはな。人生何があるか分からんな。
しかし……俺も冒険者だ。勇者が魔王討伐の旅に出たという話は知っている。
俺は魔族だから、魔王の事も良く知っている……。
それに七つの大罪か……。
まぁ、詳しい話は……。
「お前が俺の相手って事かい? 詳しい話を聞きたいんだが?」
そもそも、さっきまではいなかったと思うんだがな……。
どちらにしても、こいつはさっき俺を引きずり込んだ奴だ。
「そうだ。俺がお前の相手だ……。その前に一つ確認したい。お前は魔族だな?」
「あ? そうだ、俺は魔族だ。それがどうした?」
「そうか……」
男はフードを脱ぐ。
……!?
角……? 青みがかった肌……。
……そうか……。
こいつも魔族か……。
「まさか、ジゼルの配下に魔族がいるとはな。魔族はプライドが高いから人間に従うのは珍しいな……」
「それはお前も同じだと思うが?」
俺も同じ?
……ふむ。
確かに、今の俺もネリー姫に仕えているから同じだな。
「しかし、俺とお前は根本的に違う」
「なに?」
根本的に?
確かに魔族には個体差があるが、根本的って何だ?
「私は古代魔族だ。お前のような弱い現代魔族とは違う」
古代魔族? 弱い現代魔族?
「俺が言っている意味を分かっていないみたいだな。そうだな、現代魔族は平和ボケをしている……だから弱いんだよ」
「あ?」
今の魔族が平和ボケ?
いや、先代の魔王様は平和を愛していらっしゃったから、言い方を悪くすれば平和ボケというのは納得できる。
だけど、今の魔王は……。
「何を考えているかは知らんが、俺達古代魔族は性格は残忍で凶暴。現代の魔族は残忍さがない」
「そうか……」
結局、性格だけの問題かよ……。
それなら勘違いだ。
魔族にだって個体差はある。
今の魔王は性格も残忍だ……。
能力にまでは影響はないはずだ……。
「戦う前に名乗っておこう。俺は七つの大罪【色欲】のポソス。お前の名は?」
「俺はケンだ……」
「ケンか!! 殺し終えるまでは覚えておいてやるよ!!」
「別に覚えてくれなくていいよ。どうせ、お前を殺すんだからよ」
ポソスは一気に俺に迫る。
確かに速いが、別に脅威という速さではない。
それに、こいつは武器を持っていない。
俺は魔剣を抜く。
そして斬りつけるが、ポソスは避けようともしない。
完全に斬れる……。そう思ったのだが、ここで不思議な事が起こった。
俺の剣がポソスの目の前で止まる。
防いだのか?
それなら!!
俺は何度もポソスを斬るが、全て当たる寸前で止めてしまう。
どういう事だ!?
困惑している俺をポソスが殴りかかる。
俺は咄嗟にガードする。
「くっ!?」
威力はレティシアに比べれば可愛いモノだ。
むしろ喰らったとしても、影響はないな。
……いや、こいつは七つの大罪だ。油断は禁物だ。
「お? 弱い魔族を殺すにはこの程度の力で良いと思っていたが、思ったよりもできるようだな」
「なに?」
こいつの言い方だと手を抜いていたみたいだな。やはり油断するわけにはいかないな。
俺はポソスの攻撃を避けながら考える。
確かにさっきよりも速くなっている。
相変わらず俺の攻撃は当たらない。いや、俺自身が止めてしまう。
俺は確実にこいつを斬ろうとしているのに、なぜ止めちまうんだ!?
もしかして魔法なら!!
ポソスに炎の玉を投げつけるが、やはり当たる前に霧散する。いや俺が魔力を霧散させている……。
まさか!?
こいつの力は【色欲】。
【色欲】ってのはタロウってやつが使っていた【誘惑】くらいしかないと思っていたが、これも能力の一つか!?
「おい……。俺の攻撃が当たらないのは【色欲】の力か……」
「ご名答。お前の攻撃は俺に当たる事はねぇよ。お前は俺に魅力を感じている。だから攻撃できないんだ」
「魅力?」
何を気持ち悪い事を考えてやがる。
魅力だと……?
「あぁ。これが【色欲】の力だ。確かにこの力は他者がいて初めて効果を発揮する。だがな、一対一の戦いでもこういう使い方ができるんだよ。お前は俺に魅力を感じ、俺に攻撃できないんだよ。そして、俺の攻撃は確実に当てる事ができる」
「確実に攻撃を当てるだと!?」
どういう事だ?
さっきまで俺は攻撃を避けていた。
まさか!?
「そうだ。【色欲】により、お前は俺の攻撃を拒む事はできない」
ポソスの目が怪しく光る。
「さぁ、お前は俺の虜だ!!」
ポソスの魔力が膨れ上がる。
この力は……間違いない……【身体超強化】か……。
「確かに【色欲】は他の大罪に比べれば弱い。だが、俺は古代魔族でこの力もある。お前を殺すのには充分だ!!」
ポソスが黒い霧に覆われる。
「そうだ……。最後の情けでお前の想い人の姿でお前を嬲り殺してやろう」
「なに?」
俺の想い人?
俺には親はいない。いや、生まれた場所すら知らない。
気が付いたら……魔王軍の養成所で魔王軍の兵士になる為に毎日訓練に励んでいた。
魔王軍での生活は充実していたのだが、今から十数年前に魔王様が変わってしまった。先代魔王様が殺されてしまったのだ。
俺はたまたまその現場に居合わせた。
先代魔王様が現魔王に殺されるところを見てしまい、気付かれてしまった……。
その日から、俺は魔王軍の裏切り者となった。
俺は命からがら魔王城から逃げ魔王領から逃げ出した。
……だが、逃げた先でも地獄だった。
俺は魔族だ……。
特に、俺の場合は魔族の特徴である角や青白い肌に翼などが色濃く出ていた。
魔族は人間に嫌われている。魔族の子供が人間社会で平和に生きる事なんてできるわけがなかった。
俺はどこでも迫害された……。
普通の生活は送れない。
だけど……死にたくなかった。
変化魔法を覚えていて人間の姿に化けていれば、静かに生きていけたかもしれない。だが、そんなモノは覚えていなかった。
だから無法地帯の更に最下層のスラムのような所でゴミを漁って生きるしかなかった。
そんな時に一人の男と出会った。
レッグ=バートン。
山賊のような見た目だが、どこか惹かれる男だった。
そいつは俺を見て「魔族のガキじゃねぇか。こんな所でどうしてゴミを漁ってるんだ?」と笑った。
その笑顔を見た瞬間、俺は逃げた。
殺されると思った。
また、痛めつけられると思った。
だが、アイツは違った。
魔族である俺の手を引き、俺を冒険者として育ててくれた。
そして、魔族でも冒険者ができる国で、俺は冒険者として生きていた。
冒険者になってからもやっぱり魔族というだけで依頼を拒否されたりもしたが、生きていけないわけじゃなかった。
何より……ゴミを漁っていた時よりも幸せだった。
そして先日……。
数年ぶりにレッグが俺を訪ねてきた。
「ファビエ王国のネリー姫に仕えてみないか?」と言われた。
ファビエ王国といえば人間至上主義を掲げ、いまだに亜人を虐げている国だ……。
俺は最初は拒否したが、ネリー姫はそんな事を考えちゃいないと言っていた。
俺はその言葉を信じて、ファビエ王国に来てみれば……。
「古代魔族かよ……。まさか、こんな事になるとはなぁ……」
俺はポソスを睨む。
ポソスは俺の想い人になると言っていたが、何も変化は起きない。
「ど、どういう事だ? 貴様には想い人がいないというのか?」
「そうだな……」
「チッ……。まぁ、いい。お前を殺す……それだけだ」
「それも無理だと思うぜ」
「なんだと?」
【色欲】の力は一対一ではそれ程脅威でもない。
攻撃を当てれない? それもどうにでもなりそうだ。
レティシアが俺の為に作ってくれた力……。
(紫頭。貴方の力ですが……大罪を作ってみませんか?)
(俺が大罪を? 魔族だからか?)
(はい)
(けっ……。お前も魔族蔑視か?)
(は? 何を言っているんですか? 私は魔族だろうと人間だろうと興味はありませんよ)
(なに?)
(私にとって大切な人以外は等しく平等ですよ。いい意味も悪い意味も込めてですけどね)
(は?)
(貴方に大罪が似合うと言ったのは、大罪が悪魔の加護と言われてて、貴方は魔族でしょう? 似てるじゃないですか)
(おい。それだけかよ)
(それだけですが?)
(随分と適当だなぁ……)
(はい!!)
アイツは本当に何を考えてるんだろうな。
でも、アイツと話をしていると……楽しい。
嘘は一切言わずに、言葉を選ぶ事もない。
殆ど表裏もない性格……。
だからこそ、アイツは信じられる。
さて……と。
俺も能力を発動させる必要があるな……。
「さて、ここからが本番だ。お前も古代魔族という誇りがあるんなら、ここからは本気になるんだな」
「なんだと?」
「俺達は弱いんだろ? なら、お前の誇りとやらで殺してみろよ。俺も現代の魔族としてお前を殺す」
俺は【身体超強化】を使う。
これだけじゃない……。
ポソスは俺を見て余裕ぶっている。
「なんだ? 期待させるから何かと思ったが、【身体超強化】か? そんなモノで古代魔族と現代魔族の差が埋まるとでも思っているのか?」
「ははは。これだけでも何とかなりそうだが、ここからだよ」
俺の身体に黒い力が纏わりつく。
「な!? そ、その力は!?」
俺は、この黒い力の意味に気付いた。
これは魔族だけが持つ特殊な魔力……負の魔力だ。
そして、アイツの言葉は正しかった。
この力は魔族こそふさわしい。
「七つの大罪【憤怒】発動!!」
俺の魔力が一気に黒く染まる。
「馬鹿な!? 貴様が大罪だと!?」
俺は魔力を制御する。
これも意外と難しいんだ。
「さて、お前を殺させてもらうぞ」
「ふざけるな!! 【色欲】で貴様の攻撃……」
俺はポソスの腕を斬り落とす。
「え?」
「ほらな。攻撃が当たるだろ?」
こいつ等の大罪の力は上澄みでしかないんだよ。
これは俺だけが気付いた真実。
こいつ等と同じ大罪を持つ俺だけが……。
いや……レティシアも気付いてそうだが……。
そして……。
【憤怒】の真の力は……。
「ふざけるなぁああああ!!」
俺はポソスを殴る。
「ぐがっ!?」
「どうした? 古代魔族の力はどうした?」
「がぁああああ!!」
ポソスは俺に【色欲】の力を使う。
そんな中途半端な能力が俺に効くとでも?
「ふざけてんじゃねぇ!!」
俺は黒い炎を剣に纏わせる。
これは負の魔力を使った魔法〈ヘルファイヤ〉。
「お前等、大罪を殺すには焼き尽くすしかねぇ……」
「な!?」
「じゃあな」
「あぁああああああ」
俺はポソスを両断する。
ポソスの体が燃え始めた。
「ぎ、ぎゃあああああああ!!」
ポソスは体が塵になる。
所詮仮初の命……死ねば塵になるのか……。
しかし、古代魔族か……。
レティシアに鍛えて貰わなければ勝てなかったかもな……。
ポソスが完全に消滅した後、真っ白な空間が歪み、元いた場所に戻る。
さて、誰が勝っている事やら……。
前作と比べてケンもかなり強くなったモノです……。




