30話 ゲームの始まり
ソレーヌとの戦いで負った火傷の治療からカチュアさんが目を覚ますまでに、ギルガさんから城で起こっている事を聞きました。
城の人間がゾンビに変えられ埋め尽くされているですか……。その話を聞いてエレンが「本で読んだ【ネクロマンシー】という魔法だと思う」と教えてくれます。
私も一緒にその本を読んだので覚えています。
確か、死者を死霊系の魔物に変える魔法でしたよね。
と、いうことは、この城の人々が全て殺された、という事でしょうか?
私はファビエ王都全体の人間の気配を探ってみます。
しかし、生きている人間の気配をまるで感じられません。これは……?
「ふむ……。確か、国王の部屋に来るまでは生きていたはずです。私でも短時間でここまで大規模に人の命は奪えません。おそらくは【強欲】の力を使ったのでしょうが、ここまで大規模に人を殺せるでしょうか?」
「れ、レティ……、どういう事?」
まだ、王都に何が起こっているかを知らない姫様が困惑して聞いてきます。
きっと、王都で起こった事を話したら、ショックを受けてしまうでしょう。
普通に殺されているだけなら、蘇生魔法を使えば生き返らせる事はできるでしょうが、今回は【ネクロマンシー】で死霊系の魔物に変えられています。
こうなってしまえば、もう浄化する以外に救う方法はありません。
私のちょっとした表情で事態を飲み込んだレッグさんが、姫様を支えます。
姫様も覚悟を決めた顔になったので、私はお城で起こった事を話します。
「姫様。落ち着いて聞いて下さい」
「えぇ……」
「このお城で今生きているのは、私達だけです。いえ、この王都全体でもラウレンさんとヘラクさんを除いて死んでいるみたいです」
「そ、そんな……」
姫様は顔を青褪めさせてその場で崩れ落ちようとしますが、レッグさんが抱き止めました。
私達の仲間であるドゥラークさんとリディアさんの二人はセルカにいるはずです。帰ってきていたとしても、姫様の部屋から出ないでしょう。
アレスさん達は部屋に向かって走っています。二人ほど増えているのでラウレンさんとヘラクさんでしょう。あの二人にはコッソリと結界を張っておきました。
なぜかと聞かれれば、ラウレンさんはマリテさんのお父さんですし、ヘラクさんはなんとなくでした……。
別にこの状況を予測したわけでもなんでもありません。
しかし、この状況を考えれば、ドゥラークさんにセルカの町の結界の設置を頼んでおいて良かったです。これでジゼルにセルカの町が襲われる事は無いでしょう。
しかし、この王都に関しては私の失態です。
姫様は話を聞いて泣き崩れます。姫様にとってこの国は大事だったのでしょう。
しかし、冷たいようですが起こってしまった事は変えられません。
「姫様。いつジゼルが襲ってくるかは分かりません。一度皆さんと合流しましょう」
「……」
姫様は無言でよろよろと立ち上がります。レッグさんが支えていないと立てないみたいです。仕方ないのかもしれません。
しかし、ゾンビ化ですか……。
「エレン。この王都全体を浄化できませんか? 無茶を言っているのは理解していますが、エレンの【無限の魔力】なら王都を包む浄化の魔法が使えると思っています」
「ちょっと待ってね」
エレンは祈るように手を胸の前で組みます。
そして目を閉じ魔力を高めていきます。エレンの背中には金色の翼が見えています。
これが毛玉の言っていた神の力ですか……。
「え、エレン……」
声をかけられてエレンが目を開きます。目が銀色に変わっています。
「はい……」
「王都の皆を……大事な国民の皆を……眠らせてあげて……」
姫様は声を絞り出すようにそう言いました。
「はい」
エレンは再び祈り始めます。
そして……。
「〈ピュフィリ〉!!」
エレンが浄化の魔法を使うと、王都を覆っていた不浄な気配が一気に晴れていきます。
浄化された事を確認した私達は部屋へと転移します。
部屋に帰ると、皆さんが戻ってきていました。
「皆さん、無事でしたか」
私はそう言いますが、皆さんは沈んだ顔をしています。
ジゼルの野望により国の王都が滅びたのです。
私も同じような事をした経験がありますので、ジゼルをあまり攻める事はできませんが、許せる事ではありません。
「レティシア、王都の人間を大量になおかつ一度に殺したのは【強欲】の力だそうだ」
アレスさんはラウレンさんから聞いた伝承について教えてくれました。
アレスさん達の邪魔をした二人の話を聞いて腑に落ちません。
あの二人にもラウレンさん達のような結界を張っておきました。
「ジゼルだろう。アイツは「二人には特別な強化をした」と言っていたからな」
「そうですか……」
アレスさんが話し終わると、次はドゥラークさんとリディアさんの二人が話し始めました。
「セルカにはアルジーが単騎で来ていた。俺を殺す為だろうが、返り討ちにはできた」
ドゥラークさんは大罪を持つアルジーに勝てたんですね。でも、ドゥラークさんの驚くべき話はこの後でした。
「アルジーは七つの大罪を全て埋め込まれていた。リディアが見たから間違いない。そして魔神と化した」
魔神化ですか……。
ドゥラークさんの話では第三段階を使い倒せたそうです。
ここでようやくカチュアさんが目を覚まします。
エレンの治療魔法でもここまで時間がかかった事を考えると、やはり美徳というのは強力な能力なのでしょう。
でも、ドゥラークさんとカチュアさんの活躍で残るはタロウとジゼルだけになりました。
あとは私が決着を付けようと立ち上がったところ、姫様の部屋自体が空間が歪み始めます。
これは?
この空間に干渉してきている?
それはいい度胸です。こちらから乗り込んでやりましょう。
そう思っていたのですが、彼女達はわざわざ自分達から私達の前に現れてくれました。
しかし、ジゼルやタロウの他にフードをかぶった八人が立っていました。
……仲間を作りましたか?
別に増えたとしても気にしないですけど。
「やぁ……【忌み子】ちゃんにネリー姫。君達は私の邪魔が本当に好きなようだね」
「何の話ですか?」
「この王都を浄化してくれた事さ。私の計画をことごとく邪魔をして……もう【忌み子】ちゃんはいらない。ここで殺す事に決めたよ」
「そうですか。元々、私は貴女を殺すつもりですよ」
私は聖魔剣を取り出します。
「殺し合いを始めますか?」
私はジゼルに斬りかかろうとしますが、ジゼルは手を上にあげます。
「まぁ、待ちたまえ。君を殺す事は確定したんだけど、余興は必要だろう?」
余興?
ジゼルが手をかざすと私の後ろの空間がさらに歪みます。
「なんですか!?」
私は目を疑います。
皆さんがそれぞれフードを被った者と一緒に空間に引きずり込まれています。
ギルガさん。
紫頭。
レッグさんと姫様。
ドゥラークさんとリディアさん。
アレスさん一行。
そして……エレンとカチュアさん。
それぞれが別々の空間に吸い込まれてしまいました。
……あ?
「おい、何をしたんですか?」
私は殺気を放出させます。
さっさとこいつ等を殺して、皆さんを助けないと。
「ははは。余興と言っただろう? それで、君の相手は私ではない」
「逃がすとでも思っているんですか?」
私は一瞬でジゼルの首を掴みます。
このままへし折るのは簡単ですが……。
「か……は……」
「貴女は殺します。内臓を抉り出し、四肢を切断し、惨たらしく二度と目覚めないように殺し尽くします。覚悟しなさい」
しかし、私に斬りかかる男がいます。タロウです。
私はタロウの剣を掴みます。
「邪魔をするのなら貴方も殺しますよ? いえ、貴方も惨たらしく殺します」
私が睨みつけると、タロウは口角を釣り上げて嗤います。
「くくく……。凶暴な人間だな。別にジゼル様を殺しても構わないさ。ここで死ぬのならそれまでだからね」
こいつは誰ですか?
こいつからは、タロウに感じていた不快感を感じません。
脳を弄られたか、別人が入っているかのどちらかですか?
「邪魔をするのなら、貴方から相手をしましょうか?」
「それもいいね。でも、君の相手は私でもジゼル様でもないんだ」
「はい?」
タロウの後ろからタロウが現れます。
どういう事ですか? 気持ち悪い。
「君の相手は【強欲】さ。こいつの名は七つの大罪【強欲】のレマルギアだ」
【強欲】?
七つの大罪の権化ですか……。
ま、まさか!?
「気付いたか? そうだよ。君の仲間は私の仲間が相手をしている。どちらが勝つか楽しみだね。あ、一つ言い忘れていたけど、ジゼル様は返してもらうよ。彼女はまだ必要だ」
「はい?」
気が付いたら、ジゼルの首はそこには無くジゼルはタロウに抱きかかえられていました。
いつの間に?
「さて、ゲームの始まりだ。どちらが多く生き残るかな?」
「ふざけているのですか? 私が全てを相手にすればいいだけでしょう?」
「それでは面白くないのだよ。私は君の顔が絶望に染まる姿を見たいのだ。誰が死ぬだろうね。誰が生き残るだろうね」
「私は……」
皆さんを信じています。
――――――
≪ギルガ視点≫
「こ、ここは?」
俺は周りを見る。
周りには何もなく、真っ白な空間が広がっていた。
オレをここに連れてきたのはレティシアじゃなくジゼルだろうな。
いや、フードの男がオレを引きずり込んだ……。
アイツは、ジゼルの作ったゾンビか?
本当に何もない。
オレの目の前にいるフードを被った男以外は……。
「お前は何者だ?」
「くくく……俺の声を忘れたか?」
「なに?」
「鈍い奴だ……。今、顔を見せてやるよ」
そう言って、男はフードを取った。
「ば、馬鹿な……。お前は死んだ……オレが殺したはずだ……」
「よぅ……。久しぶりだなぁ……ギルガ」
目の前のそいつは、俺のかつての親友で、俺の妻を殺し……俺が殺した男……。
「エンキ……」
「あの時の復讐をしに来たぜぇ……」
エンキは静かに剣を抜いた。
ギルガの奥さんの話は出てなかったので大丈夫なはず……。
次回はギルガ視点です。




