16話 美徳と大罪
ちょいと遅れました。
タロウとジゼルが逃げた後、私達は一度教会に転移して、エレンにレッグさんの治療をしてもらいます。エレンの〈ゴスペルヒール〉であれば、レッグさんが失った腕も治るはずです。
お姫様とレッグさんは、エレンの魔法に驚きこそしましたが、レッグさんが助かった事の方が嬉しかったらしく二人で喜び合っていました。この二人、まるで恋人同士のように見えますねぇ。お姫様と冒険者の組み合わせですか……。
恋人同士と言えば、リディアさんがドゥラークさんの傍を離れません。この二人はそういう仲でしたっけ? どちらにしてもエレンの事は遊びだったという事ですね。私はリディアさんを睨んでおきます。
「え? どうしてレティシアちゃんは私を睨んでいるの!?」
「リディアさん、うるさいです」
「えぇ!?」
リディアさんは半泣きになってドゥラークさんの後ろに隠れてしまいました。
リディアさんへのお仕置きはこれでいいです。
私達がじゃれ合っていると、お姫様がラウレンさんを手招きしています。お知り合い……って、当たり前ですね。
「ラウレン、久しぶりね。表立って教会に来るわけにはいかなかったから、半年ぶりくらいかしら。彼女が本当の聖女なのね」
「はい。お久しぶりです。まだクラスは確認しておりませんが、間違いないでしょう」
間違いない?
なぜそう言えるのでしょうか。
私が疑問に思っていると、ギルガさんが私がいない時の事を話してくれます。
……成る程。
女神のような羽ですか。
薄っすらと見える事はありましたが、ハッキリ見えたという事ですね。
エレンの魔力が増大したのと何か関係がありそうですね。
お姫様はラウレンさんからエレンの事を詳しく聞いた後、エレンと私を呼びました。
「貴女達はこの国から出た方が良いわ。勇者タロウに気付かれる前に……」
お姫様は悲しそうな顔をします。
そんなお姫様にギルガさんが頭を下げます。
「ネリー姫。お初にお目にかかる。オレはレティシア、エレンが所属している冒険者パーティのリーダーでギルガという」
「知っている。剣聖ギルガだろ? Aランクならばあんたを知らない者はいないさ。しかし、何年か前に冒険者を引退してギルドマスターになったと聞いていたが」
「復帰したんだよ。アイツ等の保護者をするためにな。それよりも、もうすでにアルジーはエレンの事を聖女だと知っていました」
「なんですって!?」
「だから逃げても無駄でしょう。それならば、ここでタロウを倒した方が良い……」
「しかし、タロウのスキルは絶大だ。召喚した当時はそこまで驚異では無かったのだが、ジゼルと接触してからは目に見えて強力になった。【身体超強化】を手に入れる前から異常な力を持っていた」
異常な力ですか……。
私の考えが正しかったら、何かを奪う力だと思うのですが……。
これは詳しく聞いておく必要がありますね。
「異常な力とはどういったモノですか?」
「あぁ、アイツは召喚当時は何のとりえも無かったんだ。ただ、当時から騎士団長に言われていたんだが、タロウと戦ったものは体調が悪くなり、いつもの実力の半分も出せなかったと言っていた。一人や二人なら偶然で片付けられたんだが、多人数戦でも同じ事を言う者が現れた。それも一人や二人じゃなくほぼ全員だった……」
成る程……。
タロウは命だけではなく強さも奪っていたんですね。
「レッグさん。一つ確認してもいいですか?」
「あぁ。俺に答えられる事は何でも答えよう」
「そうですか。なら単刀直入に聞きます。一回目にタロウと戦った時にタロウを殺しましたか?」
「え? いや、撃退しただけだ」
「訓練中に誰かがタロウを殺したとの報告はありましたか?」
「いや、一度もないな」
「じゃあ、タロウが【不老不死】というのも誰も確認はしていないのですね」
「……!! あ、あぁ。教会から配られたタロウのスキルに書かれていた」
「スキル?」
「あぁ。タロウは自分の加護をそう呼んでいた」
スキルですか……。
神の加護とは別と考えていいのでしょうか?
そもそも神の加護とは何なのでしょうか……。
「エレン。聖女になったと聞きましたが、神の加護は増えましたか?」
「え? ちょっと待ってね……」
はて?
誰かに確認でも取るのでしょうか?
エレンは誰かと話をしているみたいです。
誰ですか?
私が把握していないのは何か嫌です。
見えないモノですか?
気に入らないので見える様にしてやりましょう。
私は見えないモノを見える様にイメージして魔法を組み上げます。
そしてエレンの頭の上に手を向け「えい!!」と魔法を放ちます。
すると、エレンの頭の上に羽の生えた毛玉が乗っていました。
『な!? 私の姿が可視化された!?』
「ま、魔物か!?」
ギルガさんが剣を抜こうとしますがエレンがそれを止めます。
「待って。けだまんは悪い子じゃないから!!」
「けだまん? その毛玉の名前ですか?」
「うん。けだまんって名前なの。レティが見える様にしてくれたの?」
「はい」
『おいおい。出鱈目な力だな……』
毛玉は自分の事をエレンの力そのものだと説明してくれました。
そして、毛玉は神の加護についても話してくれました。
『まず勘違いしているみたいだから言っておくが、神の加護というモノは存在しない。神の加護と呼ばれているのは、人が持つ特殊能力の事だ』
毛玉の話では、数百年前に教会が特殊能力の可視化に成功して、それを神の威光に使ったのが神の加護の始まりだそうです。
毛玉がその事をなぜ知っているのか? と聞くと、エレンの力は特殊能力ではなく、神の力と呼ばれるものだそうで、その力は代々受け継がれるそうです。だから、詳しいそうです。
『特殊能力は大きく二つの系統があるんだ。一つは神の加護と呼ばれている【七つの美徳】、そしてもう一つは悪魔の加護と呼ばれる【七つの大罪】。すべての特殊能力はこの十四個のどれかの系統になる』
「それならば、勇者の力もそれになるのか?」
『いや。厳密にいえば勇者の力は誰も持っていない』
「なに? では、【身体超強化】と【光魔法】はどうなるんだ?」
『そうだな。【光魔法】は美徳の一つ【信仰】の系統だ。【身体超強化】は【堅固】と思われる。詳しく調べていないから何とも言えないがな』
「そうか……。ではタロウは勇者ではないのだな」
ギルガさんの目が鋭くなります。
『そうとも言い切れん。そもそも勇者の定義が曖昧なんだ。能力を持っているから勇者という訳ではなく、何を持って勇者と呼ばれるかだと思う。だから勇者は曖昧なんだ』
ふむ。
勇者はこれで否定されたという事ですね。
「それでは聖女はどうなんですか?」
『聖女は分かりやすい。神の力を持っているからな。エレンの場合はまだ発現していなかったが、マリテと言ったか? あの女は発現していた』
「なんですって!?」
ラウレンさんが一番驚いているようです。
自分の娘の事だから尚更ですか……。
「そうですか。マリテさんの事も詳しく聞きたいですが、私が一番聞きたい事を聞きます」
『あぁ。答えられる範囲で答えてやる』
「【不老不死】という力は存在するのですか? それと特殊能力は消す事が可能なのですか?」
私の言葉にすぐに反論したのは毛玉ではなくラウレンさんでした。
「それは不可能だ!! 加護は消せない!!」
はて。
教会はアレスさんやマリテさんの加護が消えたのを知っているはずです。ラウレンさんも何かに気付いているんですかね。
そう思って口を出そうとすると、毛玉がラウレンさんの言葉を否定しました。
『条件下によっては可能だ。そしてそれが可能なのはタロウじゃなく、お前だ……』
毛玉は器用に頭の毛を私に向けます。
『【神殺し】のレティシア。この世界で、お前が持つ力だけが、特殊能力を消す事を可能としている』
そんな力、ありましたかねぇ……。
それよりも、【神殺し】……意味があったんですねぇ……。




