63話 魔王アンスタン
「邪魔するぞ……」
男は紳士的にクランヌ様の執務室へと入ってきた。私とクランヌ様はその男を見て驚愕する。
「アンスタン……」
灰色の髪の毛をオールバックにした中肉中背の男。一見優男だが、こいつはクランヌ様の御父上が魔王だった時の最強の四天王アンスタン。
クランヌ様が魔王に就任した時に反旗を翻した男だ。
「久しいな、クランヌ陛下。早速だが、今日はとても良い日だと思わないか?」
「なに?」
私はクランヌ様を守るように前に立つ。しかし、クランヌ様は私に下がるよう合図する。
そんな私を見てアンスタンは顎に手を当てて「お前は何者だ?」と興味なさそうに聞いてくる。
そこで私は違和感を感じた。
私はエスペランサ四天王を自負している。だが、名が売れていると思うほど自意識過剰ではない。
だが、私はアンスタンとは何度も顔を合わせている。
アンスタンが四天王だった時に、戦略家だった前四天王ジーニアス様の右腕だった私は何度もアンスタンと顔を合わしている。
確かにアンスタンからしたら当時の私など小物だっただろう。だが、アンスタンの性格を知っている者なら、今のアンスタンの発言がおかしい事に気付く。
「クランヌ様……」
「分かっている……。だが、確信は無い。だから、私が相手をする。お前は今は口を出さないでいてくれるか?」
「はい」
やはり、クランヌ様もアンスタンの違和感に気付いたらしい。
「久しぶりだな……。アンスタン」
「あぁ、本当に久しぶりだ。貴様のような小物がエスペランサの魔王になったんだ……。誰にも気づかれずに、エスペランサの王城に潜入するのも簡単だったぞ。城の警備はどうなっている?」
「今は平和でね。厳重警備なんてする必要もないのさ」
潜入?
まさかと思うが、城の連中を殺し……、いや、血の臭いもない。本当に何もせずにここまで来たのか?
「そう言えば、「今日は良い日だ」と言っていたがどういう意味だ?」
クランヌ様がそう聞くと、アンスタンは大きな声で笑いだす。
「あはは。良い日じゃないか。今日で弱者である魔王クランヌは崩御し、強者である俺が魔王としてエスペランサを生まれ変わらせてやる」
なんだと!?
私はつい頭に血が上り、クランヌ様の前に出る。
「何を馬鹿な!?」
「ブレイン!!」
クランヌ様は止め、私を宥める様に笑った。そして、アンスタンを見て、呆れたように溜息を吐く。
「アンスタン。お前のような脳筋が国民を幸せにできると思えないな……。お前は武闘馬鹿だからな……」
武闘馬鹿?
確かにアンスタンは武闘派だったが、知略も持っていたはず。息子であり、人望厚いクランヌ様がいなかったら、次期魔王とまで言われていた男だ。それなのに、どうしてクランヌ様はそんな事を? 挑発か?
「がははは!! 国民など不要だ。我が精鋭、新人類だけいればいいのだ!!」
「新人類だと?」
「そうだ、神ベアトリーチェ様が作り出されたこの世界の新しい種だ!!」
新人類……。
前にレティシアが私達を鍛えに来た時に、一緒に付いてきていたジゼル殿から事前に聞いたな。
確か……、ベアトリーチェが研究していた新しい人類だと……。何でも、死人と変わらない耐久性を持つ操り人形のような存在……。
まさか……、こいつも新人類になっているのか?
「アンスタン……。あんたは、ベアトリーチェに体を乗っ取られたんだな……」
「なんだと?」
クランヌ様は少し寂しそうな顔になっている。クランヌ様はアンスタンが反旗を翻したとはいえ、御父上の四天王筆頭であったアンスタンを尊敬していた……。
自分が魔王になった時も、「アンスタンの方が相応しいのでは?」と悩んでいらっしゃった時期もある。
「アンスタンは武闘派だったが、国民を大事にしていた。あんたがエスペランサを出た本当の理由も知っている」
なに?
本当の理由?
「その証拠に、あんたは今まで前線に出てくる事は無かった」
「くくく……。それは、貴様ら如き、俺が出る必要がないと思っていただけだ」
いや、思い返してみれば不思議だと思った事はあった。アンスタンが前線に出ていれば小競り合いでは済まなかっただろう。
そして、国境付近での小競り合いも、はぐれ魔族もこちらも死者が出る事はほぼなかった……。
「それで、お前はいったい何者だ? アンスタンの真似をして何の用だ?」
「くくく……。お前こそ何を言っている? 俺は今のようなぬるい魔族が許せないだけだ。お前も含めてな……」
「そうか……」
クランヌ様は自身の魔剣……いや、聖剣を取り出す。
この聖剣は、元々クランヌ様が持っていたオリハルコン製の魔剣を、レティシアがレティイロカネという鉱物に変化させた物だ。美しい黄金色の刃が暗い金色になってしまったが、斬れ味に強度が大幅に上がった。そして、なぜか魔剣が聖剣となった……。
「くくく……。それでいい。だが、貴様のような甘ちゃんに俺が負け……ぐ、ぐぉおおおおおお!!」
アンスタンが唐突に苦しみだす。な、何が起きた!?
私はクランヌ様に視線を移すが、クランヌ様も首を横に振る。何が起きているか分からないみたいだ。
「あぁあああああああああ!!」
アンスタンはその場で膝をつき、自分の胸を自分の拳で衝き、何かを取り出した。
「がぁああああ!! き、貴様の好きにはさせんぞ……」
好きにはさせない?
何を言っている……。そう思っていたのだが、アンスタンは小さな小鬼を握りしめていた。
「な!? き、貴様……俺に支配されていたんじゃ」
「黙れ。俺は魔王アンスタンだ。ゴブリン程度に操られてたまるか!!」
アンスタンはゴブリンを思いっきり投げる。するとゴブリンが大きくなり膝をつき、アンスタンを睨む。
しかし、アンスタンはゴブリンを睨みつけ「ベアトリーチェの役に立ちたいんだったら、そこにいるブレインの相手をしていろ!!」と怒鳴った。
「お、俺に指図を!?」
「殺されたくなかったら指示に従え!!」
ゴブリンはアンスタンの気迫に飲まれたようだ。ゴブリンは青褪め、私を睨む。
「なぜ、ゴッドゴブリンである俺がこんな奴の……。まぁ、いい。ベアトリーチェ様は四天王全員を殺せと言っていた。お前も元々殺す対象だ」
そう言って、ゴッドゴブリンは大きな斧を取り出す。
「ブレイン!!」
「こちらはお任せください。クランヌ様は、アンスタンを!!」
「あぁ……」
私はクランヌ様とアンスタンを一瞥する。
アンスタンの雰囲気が先ほどまでとは違う。明らかに、威圧感、貫禄、どれをとっても魔王の様に見えた。
しかし、それは我が魔王であるクランヌ様も同じだ。
「どこを見ている!!」
「あぁ、済まないな。お前みたいな雑魚には興味がなかったんだ。さっさと終わらせてもらうぞ」
私は目の前のゴッドゴブリンを睨む。
こいつも決して弱くはないだろう。だが、短期間とはいえ、私もあのレティシアに鍛え上げられている。
負けるわけにはいかないな……。




