58話 エスペランサへの進軍
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レティシアがアブゾールに突撃する三日前。
私はエスペランサ四天王ブレイン。
目の前に浮かぶ映像を見て溜息を吐く。
「レティシア達がベアトリーチェ達と争っている時に、狙った様に攻めてきたか……」
映されているのは、はぐれた魔族の軍勢。こいつらは、クランヌ様を裏切った魔族達だ。
別に無理に従えとは言わんが、こいつらもクランヌ様が魔王に就任するまでエスペランサ軍にいた。前魔王様に世話になったと言うのに……。
その時、私の部屋の扉が激しく開いた。
「ブレイン様!! 魔族の軍勢が攻めてきていると言うのは本当ですか!?」
慌ただしく私の部屋に入ってきたのは、元、リーン・レイのメンバーであり、新しく四天王となったケンだ。
私は溜息を吐く。
「私とお前はもう同じ四天王だ。もう、敬称など必要ないと言ったはずだが?」
「いえ、いつも言っていますが、俺にとっては貴方は師匠でありエスペランサで一番尊敬している御方ですので」
何度言ってもこれだ。
私としては、堅い関係ではなく、もっと砕けた関係でいいと思っているのだがな。
「それで? 魔族の軍勢がどうとか言っていたな……。もう一般兵にまでこの事は知られているのか?」
「はい」
ふむ。
一般兵まで知っているという事は、もうマジック辺りが兵を動かす準備をしているな。
ケンは迫る魔族の軍勢の映像を見て、青褪めている。
「こ、こいつらは……はぐれ魔族か?」
「あぁ、だが、ただのはぐれ魔族じゃないぞ。これを見てみろ」
私が指差したのは、軍勢の持つ旗だ。この事を説明しようとした時、クランヌ様が私の部屋に入ってくる。
「私と道を違えた魔族達が作り出した国の旗だ……。あそこの魔王は私の幼馴染だ」
「え!? く、クランヌ様!?」
ケンはクランヌ様の登場に驚いている。しかし、あの国の魔王はクランヌ様の幼馴染だったか。マジック辺りは知っていたかもしれないな。
「クランヌ様。アイツ等はなぜこの時期に攻めてきたのですかね……」
「それが私も気になって、お前に意見を聞きに来たんだ。マジックには迎え撃つ方向で準備はさせているが……」
アイツ等がこの時期に攻めてきた理由。
私は映像を注視する。
ん?
こいつ等……何かおかしい。それに……。
「どうした?」
「随分と懐かしい顔がいると思いまして……」
「懐かしい顔?」
私は呆れた顔で一人の男を指差す。
「こ、こいつは!?」
なぜ、こいつが向こうの軍勢の中にいるんだ? しかも、どう考えても隊長格……。あの弱かったアイツがなぜ隊長格になっているんだ?
「な、何でハヤイがはぐれ魔族と一緒に居やがる!?」
「ハヤイだと? おかしい……」
クランヌ様も気付いたのか。それはそうだろうな……。
「何がおかしいんですか? 生きていた事ですか?」
「いや、そうじゃない。確かに、生きていた事にも驚いたが、あの軍勢は力関係がハッキリしているんだ。少なくとも、あの軍勢の魔王は弱い者を飼うほど優しくはない。ハヤイがベアトリーチェに力を貰ったとはいえ、アイツ等の中で上位に立てると思えない」
クランヌ様の言う事は正しい……。
はぐれの軍勢の魔王は強さだけで言うならクランヌ様と互角だったはずだ。いくら、ハヤイがベアトリーチェに力を貰ったからと言って重宝されるとは思えない。
しかし、私は直接ハヤイと対峙したわけじゃないから、実際に戦ったケンに強さを聞いてみようか……。
「ケン。お前が戦ったハヤイはどうだったんだ?」
「確かに強かったですが、レティシアに鍛えられた今の俺達に比べれば圧倒的に弱いです。いえ、レティシアがゴブリン魔王と戦った当時の四天王でも勝てたかもしれませんが……」
「その程度の強さで、あの軍勢を率いているのか……」
そう呟いたのはクランヌ様だ。
確かにあれから数か月は経っている。ベアトリーチェに強化されていると考えてもいいかもしれないな。
「おそらく強化されているんだろうな……」
「それを確認に行って来ましょうか?」
ケンが頼もしい事を言ってくれるが、敵は軍勢の中にいる。ケンの強さは当然知っているが、多人数戦でもしもの事があっても困る。
クランヌ様も同じ事を考えたらしく、ケンを止めていた。
「ブレイン、奴等はいつ頃エスペランサ領に入ってくる?」
「あと三日と言ったところでしょうか」
「そうか。マジックにそう言っておくよ」
クランヌ様はそう言って私の部屋から出ていく。
「ケン……。お前はどう見る?」
「……ハヤイはベアトリーチェに魂を売った。そしてこのタイミング……。間違いなく強化されているでしょう。それに……」
「どうした?」
「今のハヤイ、もしかしたらマジック様では厳しいかもしれません」
「なに?」
ケンが言うには、ハヤイから大罪の魔力を感じると言っていた。大罪の特殊能力を持たない私達では大罪の魔力を感じる事は出来ないが、大罪の力を完全に使いこなしているケンなら感じ取る事が可能なのだろう。
「ケン。お前はこの魔族の軍勢を見てどう思う?」
「はい? それはどういう事ですか?」
ふむ。
これは新しく四天王になったケンは知らなくても当然だな。
「こいつ等とは小競り合いを何度もしている。だが、一度たりともここまで統制を取っているのを見た事は無い。今までのアイツ等は烏合の衆でしかなかった」
私がそう教えると、ケンは映像を凝視する。
「烏合の衆と言う割には統率が取れているように見える。それに、ハヤイに従っているように見えるが、これって大罪の魔力に怯えているんじゃないですか?」
「なに?」
「いや、ハヤイは意気揚々と先頭を率先していますが、誰も近づいていないと言うかなんというか……」
確かにそう見える。
ふむ……。
「ケン。お前はまだ、リーン・レイのメンバーだったな」
「はい。一応、まだ籍を入れていますね」
「セルカのギルガ殿に連絡を入れて欲しい」
「はい? 手を貸してもらうのですか?」
リーン・レイに協力して貰えば、一方的にアイツ等を制圧できるだろう。だが、それではこの国の為にならない。
「いや、エスペランサにハヤイが率いる連中が来ているんだ。ハヤイがベアトリーチェの部下なら、セルカやエラールセにも何かしらの軍勢が攻めてくるかもしれない……と」
「……分かりました」
ケンはそう言って自室へと戻っていく。
さて、どうなるかだな……。
その三日後。
ケンに神アブゾルから神託が下りた……。




