51話 断空結界
サクラ様は、エルジュの髪の毛を掴んだまま、笑顔で「聞きたい事はない?」と聞いてきました。
聞きたい事と言えば、あ、断空結界の事を聞いておかなければいけません。
サクラ様は、私がそんな事を考えていたからわざわざ聞いてくれたのですかね?
ともかく、アブゾルでは頼りになりませんから、聞ける事は聞いておきましょう。
「アブソルがアブゾールに使った断空結界を解く方法を聞きたかったんです」
サクラ様が、アブゾルよりも力があるのでしたら、例え肉体を生贄にした結界でも、なんとか出来るでしょう。
アッサリと答えを出してくれるのかと期待したのですが、サクラ様は困った顔をしていました。もしかして、断空結界を解除出来ないのですかね?
「出来ない事もないんだけど、今、結界を解いてしまうと、ベアトリーチェの被害がかなり大きくなりそうなんだよ。それに……、そうだ、レティシアちゃん。ここにアブゾルを呼んでくれないかな? それと、アブゾルの聖女のベックちゃんも連れて来てくれないかなぁ」
「はて? ベックさんもですか?」
「うん。彼女はアブゾルの聖女でしょ? 一度、会っておきたいんだよ」
はて? これは不味くないですか?
アブゾルは、ベックさんが気に入ったと言う理由で聖女になっています。実はそんな事は許されておらず、咎めるつもりなのでしょうか?
しかし、サクラ様は私の心を読んだらしく、笑い出しました。
「あはは。別にアブゾルが自分で気に入った子を強引に聖女にしただけでしょ? そもそも、神という立場を悪用してベックちゃんを手籠めにしているんなら、キツイお仕置きはするけど、この世界のアブゾルは馬鹿正直で真面目だからね。そんな事はありえないと思っているよ。まぁ、ベックちゃんに対しては、お仕置きの意味もあったみたいだからね」
お仕置きで聖女になったのであれば、聖女に相応しくないのでは? と思ったのですが、エレンはベックさんの知識は凄いと褒めていましたね。だから、相応しいのでしょうか?
「エレンちゃんが認めていたように、私が視てもベックちゃんは聖女に相応しいわよ。頭の回転も速いし、何よりもアブゾルとの相性がとてもいいからね。あの子は将来が楽しみな子だよ」
「はて? アブゾルをおちょくっているようにしか見えませんが……」
その証拠に、アブゾルはしょっちゅうベックさんを怒っていますし……。
「あはは。それが信頼の証みたいなものだからね。それよりもアブゾルに聞きたい事があるから、呼んでくれないかな? レティシアちゃんなら転移魔法で簡単に連れてこれるでしょ?」
「分かりました」
私は一度セルカに戻り、アブゾルとベックさんを連れてきました。一応ベックさんの護衛という事でリディアさんも付いてくるとうるさいので、渋々同行してもらいました。
私が面倒くさそうにしていると、リディアさんが私の腕を掴んできます。
「どうしてレティシアちゃんは私が一緒だと、不満そうにするの?」
「そんな事ありませんよ」
私はわざとらしくジト目でそう答えてそっぽ向きます。するとリディアさんはなぜか泣きそうになります。
「れ、レティシアちゃん?」
「なんですか?」
今度は笑顔で振り向いてあげます。すると、リディアさんはとてもホッとした顔をします。
ふふ。
リディアさんの泣きそうな顔と、ほっとした顔を見るとゾクゾクっとするんです。これが癖になりそうなんですよね。
そんな私を見て、ベックさんが呆れています。
「レティシアちゃん。相変わらず歪んでいるねぇ……」
「そうですか?」
はて?
サクラ様にも性格が歪んでいると言われましたが、私はまっすぐ正直に生きています。
私達が楽しく話をしていると、アブゾルが私のスカートを引っ張ります。
「なんですか?」
「レティシア嬢。ここはエルジュ殿が幽閉されている空間じゃろ? こんなところに呼び出した理由は何じゃ? ベルを探しにいかんでいいのか?」
あぁ、そう言えば、ベルを助けた事を言うのを忘れていましたね。
「ベルなら、もう救出し終わっていますよ。今は、ある人が保護しています。それよりもアブゾル、貴方とベックさんに会いたいと言う人がいるんです。私はその人の頼みで貴方達をここに連れてきました」
「え? 私にも?」
ベックさんはお飾りの聖女のようなモノですから、自分も呼び出された事に驚いているようでした。
「この空間まで連れてきたという事は、ワシ等に用事があるのはエルジュ殿じゃな? その割には、姿が見えんようじゃが?」
私が否定しようとした時、玉座の裏からサクラ様が出てきました。
「いいや、違うよ。私がここに呼んだんだ」
アブゾルはサクラ様を見た瞬間、顔が青褪めていました。いえ、今のアブゾルの顔は気味の悪い人形なので顔色なんてわかりません。
おや?
サクラ様の後ろから、セラピアさんとソワンさんがついて歩いてきました。
私はセラピアさんに近づき「お二人とも、生き返ったのですか?」と聞きました。
セラピアさんは少し沈んだ顔をして「えぇ……。サクラ様に蘇生魔法で生き返らせていただいたの……」と言いますが、生き返った事が嬉しくないのでしょうか?
「レティシアちゃん。セラピアちゃんは信じていた人に裏切られたんだよ」
ふむ。
信頼していた人に裏切られるとこうなるんですね。私はエレンやカチュアさんに裏切られたと想像します。
……。
ふむ。
二人は絶対に裏切らない自信がありますが、もし、そんな事が起これば、絶望して世界を滅ぼしてしまうかもしれませんね。
「れ、レティシア嬢、どういう事じゃ!? な、なぜ、サクラ様がここに居らっしゃるんじゃ!?」
「え? じじい、この小さい子と知り合いなの?」
小さい。
確かにサクラ様の見た目は私よりも少しだけ年上に見えます。ですが、ベックさんからすれば子供に見えてもおかしくありません。
「ベック!! お主、誰に向かって口をきいておるのじゃ!!」
アブソルは人形の手でベックの頭を叩きます。ですが、まったくと言ってもいいほどダメージを受けていません。
「あはは。君がアブゾルの聖女のベックちゃんだね。私はアブゾルの上司にあたる女神サクラだよ」
アブゾルの上司の女神と聞き、ベックさんの顔が青褪めます。そして、その場で膝をついて頭を下げます。あ、ベックさんのスカートは短いのでパンツが見えてますよ? ソワンさんが慌てて目を逸らしました。女性に慣れていないのでしょうか?
私はベックさんを立たせます。ソワンさんが照れてしまっていて、話が進みません。
「そ、それで、私を呼び出した理由は、何でございましょうか?」
「あぁ、まず断空結界の事だけど……」
はて?
先ほども困った顔をしていましたから、サクラ様では断空結界は解除できないのでしょうか?
いえ、ベアトリーチェが出てくるみたいなことを言っていましたから、きっと解除する事は可能なのでしょう。
では、何を聞こうと言うのでしょうか?
「アブゾル、君が博識なのは知っているつもりだけど、断空結界の事を詳しくレティシアちゃんに説明していなかったのかな? それとも、断空結界の事はそこまで詳しくなかったのかな?」
「え?」
はて?
アブゾルからは断空結界の事は説明を受けていたはずです。そもそも、神であるアブゾルの肉体を生贄に使わないと発動できない結界魔法です。普通には使えないでしょう。
「いや、レティシアちゃん。使えとは言っていないよ。私が言っているのは、断空結界は出る事は不可能に近いけど、入る事は簡単だという事だよ」
「はい?」
サクラ様がそう言った事に、アブゾルは「しまった」と呟き、少し青褪めています。これは、うっかりと忘れていたのでしょうね。
そんな事よりも……。
「サクラ様。断空結界内に入る事は可能なのですか?」
アブゾルが慌てて答えようとしてくれましたが、サクラ様がアブゾルを制しして「私が説明するよ」と教えてくれました。
「断空結界は、ある一定の魔力があれば入る事は可能なんだよ。でも、一度入れば、誰かが外側から結界を解除できない限り出てくる事はできない。普通であればね……」
普通でなければ?
「それはつまり、サクラ様ならば断空結界に入っても出てこれると?」
「そうだね。でも、レティシアちゃんも出てくる事は可能だと思うよ」
はて?
それは一体……。
「どちらにしても、断空結界内に入ればベアトリーチェと戦う事になる。幸いな事に、ベアトリーチェでは断空結界から出てくる事は出来ないだろうね。だから、断空結界の外で、ベアトリーチェの欠片をすべて倒せばベアトリーチェを断空結界内に封印する事も可能だよ」
封印ですか。
それはそれで楽そうですが、それだと面白くありません。
「なるほど。しかし、ベアトリーチェを倒すのは私の中では決定事項です」
私がそう言うと、サクラ様はニコッと笑います。
「そうかい? じゃあ、私がアブゾ-ルまで送ってあげるよ」
「はて? 自分で転移できますよ?」
「まぁまぁ。私からの手助けだよ。本来であればアブゾルが倒さなきゃいけないんだけど、一度負けた挙句、今はこんな姿だからね。レティシアちゃんに任せるしかないんだ」
はて?
サクラ様ならば、一瞬でベアトリーチェを殺せそうなのですが……。
「さて、行ってらっしゃい」
サクラ様が手を私に向けると、私は真っ黒い霧のような壁の前に立っていました。
私は壁を見ます。
……これが断空結界ですか。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
誤字報告もありがとうございます。
ここからしばらくは、レティシアパートと別キャラ視点がころころと入れ替わる予定です。
読みにくいかもしれませんが、よろしくお願いします。




