46話 哀れな女
「ぐぅ!?」
はて?
エルジュは私の攻撃で地面に叩きつけられましたが、頭は無事です。完全に潰したと思いましたが、もしかして自己修復魔法でもかけていましたか?
いえ、そんな魔力は感じませんでした。それに、そんな魔法をかけていたならば、最初の攻撃も避ける必要がなかったと思います。
……となると。
「わ、私には【未来視】がある。この力は、私にしか使えん!! 私を殺す事は不可能だ!!」
【未来視】を使って攻撃を避けたのは理解しましたが、【未来視】がエルジュにしか使えない?
何を言っているのでしょうか。エルジュの他に、ラロも【未来視】は使えますし、勿論、私も使えます。
しかも、エルジュの【未来視】は数秒後の未来が見えるみたいですが、ラロの様に遠い未来は視えないみたいですね。
まぁ、私も同じなのですが。
エルジュが【未来視】を使ってくるのであれば、私も【未来視】で未来を視てみましょうか。
……視えます。
エルジュを殺すには、一撃必殺は狙わない方がいいという事が分かりましたよぉ……。
私はついつい口角を吊り上げて笑ってしまいます。その顔を見たエルジュは顔が青褪めています。
「エルジュ!! 貴女にはどんな未来が視えましたかぁ!!」
私はナイフを五本同時に投げ、投げた直後エルジュの後ろに転移して回ります。エルジュは私の行動は視ていたみたいです。ですが、エルジュの身体能力では私の動きには反応できません。
私はエルジュの腕を掴み、自分で投げたナイフを薙ぎ払います。今回の武器は哀れな治療師だったモノです。
「あぁあああ!!」
おっと。
この武器は女性の様に柔らかいので、ナイフが刺さってしまいましたよ。しかもうまい事に、五本全部刺さってしまいました。
私は、傷物になった武器には興味が無いので、そこらに捨てます。
ナイフが刺さったところからは結構な量の血が流れています。でも、その程度の傷なんてすぐに治療できるでしょう?
その証拠に、エルジュはナイフを抜き治療魔法をかけています。
あぁ、治療魔法があるから調子に乗ってしまうんですね。 何だったら、貴女の自慢の治療魔法を【破壊】してあげましょうか?
私はエルジュの額に手を当てます。
「な、何をするつもりだ!?」
「【破壊】!!」
エルジュの頭の中で何かが砕け散った音がしました。
不思議なモノです。私の体じゃないのに、特殊能力が砕ける音は聞こえるんです。これが本人であれば、絶望の音に聞こえるでしょう。
さて、特殊能力を適当に【破壊】しましたが、何が壊れましたかね?
私は【神の眼】で壊れた特殊能力を探します。
「あぁ、どうやら上手く狙った能力を壊せたみたいですね」
「貴様ぁああああああ!!」
ふふふ……。
どんな気分でしょうかね。
「貴女が誇る【治療魔法の真理】という特殊能力を壊してしまいましたが、これが壊れてしまえば貴女は治療魔法を使えないのですか?」
「ふ、ふざけるなぁあああ!!」
ふむ。
この反応を見る限り、治療魔法の根幹を【破壊】できたという事でしょうね。
怒り狂ったエルジュは、私にいくつもの魔力弾を撃ってきますが……、遅すぎます。
バカにしているんですか? そんな遅いモノなんて、寝ていても当たるわけがないじゃないですか。
しかし、普通に避けても面白くありません。私はエルジュの魔力弾を、殴り返します。すると、魔力弾はエルジュに向かい飛んでいきました。あ、エルジュが放つよりも遥かに速い速度でですよ。
エルジュにはこの速さは避けられると思えませんが、一応【神の眼】を持っていますからねぇ……。もしかしたら、避けられるかも……って、無理みたいですね。
エルジュは自分が放った魔力弾の爆発に巻き込まれています。ちなみに一発ではないので何度も爆発します。惜しむらくは、爆発の煙のせいでエルジュがどうなったか見えません。
爆発で粉微塵に吹き飛びましたかね?
それはそれで面白いのですが、まだまだ遊び足りません。
数秒後、煙が薄くなっていきボロボロのエルジュが姿を現します。
良かった。生きていましたね。
「く、クソがっ! こ、この私がこんな小娘に!!」
こんなにボロボロだというのに、まだ減らず口を叩く元気はあるんですねぇ……。
あ、もしかして初級の治療魔法なら使えたから生き残ったのですかねぇ。
「しぶといですねぇ……。死んだほうが楽になれますよ?」
「黙れぇええ!! 私は神だ!! ベルをベアトリーチェに引き渡して……「あ、勘違いしているみたいですが、今のベアトリーチェでは、ベルを吸収できませんよ?」……え? な、なんだと?」
まったく。【神の眼】があるというのに、ベルの進化にも気づけないのですか? 本当に哀れな女ですね。
「く、くははは。騙そうとしても無駄だ!! ベルはベアトリーチェの核だからな!!」
「はて? 何を言っているのですか? ベルはベアトリーチェにとって不要な部分だったはずですよ。もし、貴女の言う通り核であって、それをわざわざ捨てているのでしたら、ベアトリーチェは本物のアホという事になるのですが……」
それに、エルジュの言う通りベアトリーチェが核を捨てているのなら、学校で戦った時に殺せているはずです。
それに……、ベルには誰かの干渉を受けた跡があります。
「まぁ、そんな事はどうでもいいです。そろそろ、いいですか?」
「な、何をするつもりだ……」
「ゴスペルヒールも使えないみたいですし、もう戦えるほど回復も出来ないでしょう? そして、ご自慢の【未来視】も私の前では無意味です。さぁ、死にましょう」
私はゆっくりとエルジュに近づき、ファフニールを振り上げます。しかし、突如現れた強大な魔力につい反応してしまいました。
私が警戒している? この強大な魔力は一体?
「やぁ、エルジュ、久しぶりだね」
強大な魔力と共に現れたのは、大きなリボンを付けた短髪の少女でした。しかし、感じる魔力は、今まで感じた事の無いくらい強大なモノです。
これは参りましたね……。どう頑張っても、勝てそうにありません。
「さ、サクラ!? な、なぜここに!?」
なるほど。
この少女がアブゾル達、神々の王様、サクラ様ですか。
サクラ様は、微笑みながらエルジュに近づきます。エルジュの顔は真っ青になり、汗だくになって体もカタカタと震えていました。
「ん? 君が懲りずにまた何かを企んでいるみたいだからね。君を六百年前に幽閉すると決めた私の不始末だからさ、自分で責任を取りに来たんだよ」
そう言って、サクラ様はエルジュの頭を掴みます。
「は、離せ!!」
「あはは。逃げられると思うのなら、逃げればいい。だけど、もう私に前のような甘さは無いよ」
「あわわ……」
エルジュは最初は抵抗しようと、ジタバタとしていましたが、一分もしないうちにぐったりとしていました。
「ふふ。もう抵抗する気もなくなったかい? さて、君は私の一度目の恩情を無下にしたんだ。二度目は無い。君は永遠の罰を受けてもらう。まったく、後三百年ほどで幽閉も解かれて自由の身になれたというのに……、哀れで馬鹿な子だよ」
永遠の罰?
なんですか、その素敵な言葉は。とても面白そうな気がします。
サクラ様とエルジュのやり取りを邪魔にならないように見ていましたが、気になる事はちゃんと聞いておいた方がいいです。
「あの、永遠の罰って何ですか?」
「ん? あぁ、レティシアちゃんか。久しぶり。今回は君と接触するのは最後だけにしようと思っていたんだけどね……」
はて?
久しぶりと言われましたが、サクラ様とは初対面です。しかし、サクラ様は私の事を知っていたみたいですね。
そう言えば、エルジュが別世界の私がどうとか言っていましたね……。それと関係あるのでしょうか?
「そうだよ。別の世界線の君と交流があってね。ついつい、知り合いの様に話しちゃったんだよ。私はこう見えても神々の王だからね。さて、エルジュは連れて帰るよ」
「ちょっと待ってください」
「ん?」
「永遠の罰って何ですか? とても面白そうなのですが」
「あはは……。こっちのレティシアちゃんもいい感じで性格が歪んでいるね」
はて?
私の性格は歪んでいませんよ。ただ、自分の知りたい事は知っておきたいだけです。
「あはは。どの世界線のレティシアちゃんも自分に正直な子だったよ。そうだね。永遠の罰というのは、世界を揺るがしかねない罪を犯した者が罰を受ける世界の事さ。数百を超える残酷な拷問を永遠に繰り返す。それが永遠の罰だよ」
「エルジュはそこまでの罪を犯したのですか?」
「いいや。彼女はまだ情状酌量の余地があったんだけどね。刑期を終えていないのに下らない欲に駆られてしまった。だからこそ、罪は重いんだよ」
エルジュは抗議も何も言わずに、壊れた人形のように虚ろな目をしていました。精神が壊れてしまったのでしょうか?
「これも永遠の罰なのですか?」
「いや、でも神族であるからこそ永遠の罰の意味も恐怖も知っている。この判決を私が出した以上、覆る事は無い。それを理解しているんだよ」
ふむ。
大方理解しました。
永遠の罰というのが魔法の類でしたら、再現できたかもしれませんが、世界だというのであれば仕方ありません。
「あはは。もし、そんなモノが再現できるんであれば、レティシアちゃんには神族になってもらってもらわなきゃいけなくなるよ」
「はて?」
どうして私が考えていた事を? もしかして、心を読まれているのでしょうか?
「あ、サクラ様はベアトリーチェを放置するんですか? 始末してくれたら楽なのですが……」
「あはは。本当にレティシアちゃんはそんな事を望んでいるのかな?」
ふむ……。
ベアトリーチェとは、私自身が決着をつけないと気が済みませんね。
「そうでしょう? 私もレティシアちゃんには用事があるんだけど、それはベアトリーチェを倒した後だね」
「はぁ……」
私に用事とは何でしょう?
「それは、後のお楽しみだよ。さて、他に聞きたい事は無いかな?」
他に聞きたい事ですか……。




