45話 エルジュの裏切り
ベルが転移させられた先。
私が知っている、次元転移魔法を使わなければいけない場所は……一か所だけです。
そして、その次元転移魔法を使った人は、おそらくあの人でしょう……。
「来たわね……。レティシアちゃん」
「来ましたよ……。エルジュ様」
エルジュ様がベルを保護目的で強制転移させたと思っていましたが、縛られて転がされているところを見る限り、別の目的でもあったのでしょう。
はて?
この部屋にはあと二人いた気がしますが……!
少し離れたところにセラピアさんとソワンさんが倒れています。
……死んでいるのでしょうか……。
しかし、なぜあの二人が? 彼等はエルジュ様に忠実だったはずなのですが……。
「どうしたんだい? 今君は、ベアトリーチェと戦う事で忙しいんじゃないのかい?」
「……、エルジュ様。なぜベルを攫ったのですか? それに……」
「ふふふ……。説明が必要かい?」
エルジュ様は立ち上がり、ベルを縛ったロープを片手で持ち上げます。エルジュ様は細腕だと思っていましたが、随分と力持ちみたいです。まぁ、私にもできますが。
「ベルを土産にベアトリーチェと交渉しようと思ってね」
「交渉?」
「あぁ。私が六百年前に不当な理由でこんな空間に閉じ込められた。ここから出る為にベアトリーチェを利用しようと思ってね」
「ここから出る? 貴女はすべてを覚悟して行動し、その結果ここに閉じ込められたと思って尊敬していましたが、違うのですか?」
私がそう言うと、エルジュ様は口角を吊り上げた後、大きく笑い声をあげます。
これは……。
「ここから出たいが為に、ベアトリーチェに唆される事を選びましたか?」
「くくく……。唆された? レティシアちゃん。君は少し力を持っているからと言って、神に対して口の利き方がなっていないんじゃないのかい?」
「はて? ベアトリーチェに寝返り、利用されているだけの哀れな神崩れ相手に敬意を払う必要があるとでも?」
「なんだと?」
「あぁ、神崩れの前に治療師の祖でしたね。確かに貴女の功績は大きいかもしれませんが、エレンに比べたら劣りますね。六百年以上も生きているのに、二十年も生きていないエレンよりも劣るのですね……。クスッ。あぁ、失礼。貴女みたいな自己の利だけ考えて裏切る人でも治療師の祖でしたね」
私は必死に笑いを堪えます。そんな私に、いら立ちを隠せない様子のエルジュ。挑発はどれくらい有効ですかね?
「ははは……。君はこの状況でも、そんな減らず口を叩けるのかい?」
エルジュはベルの首を掴みます。
「かはっ!」
「ほら、私が少しでも力を入れれば、ベルのか細い首くらいはへし折れるかもしれないね」
何を偉そうに言っているのでしょうね。
エルジュは私の事を理解していないみたいです。
はぁ……。
少し痛い目を見せた方がいいですね。
「やってみればいいじゃないですか。貴女が力を入れるのが速いか……」
私は一瞬でナイフを取り出し、目の前にある手首を斬り落とす為に振り下ろします。
そして、ベルを取り返します。あ、ちゃんとエルジュの手首ごとですよ。
「こうやって、油断して取り返されるかです」
私はついつい口角を吊り上げてしまいます。こうやって余裕ぶっている人を馬鹿にするのは本当に楽しいです。
エルジュは無くなった手首を呆けた顔で見ています。そして、二秒ほど固まった後「き、貴様ぁあああああ!! 神聖なる神の手首を!? 流れる血ですら貴様ら人間とは格が違うというのに!!」と怒鳴り始めます。
しかしまぁ……。この人は本当に馬鹿なのでしょうか?
今、固まった二秒で殺す事は十分に可能なのですが……。
いつでも殺せますが、今はベルを守る事を優先しましょうか。
「ベル。ここで待っていてくださいね」
「は、はい」
ふむ。
ベルは素直でいい子です。
最初はベアトリーチェが私達を騙す為と思っていましたが、ベルの魂はすでに独立しています。
ベアトリーチェもその事に気付いているのでしょう……。だから、本格的に攫いに来ないのです。
【神の眼】を持っているのに、その事に気付けないエルジュは本当に哀れな女です。
自分を信じた者に手を掛けてまで……。
「そこで寝ているセラピアさん達は死んでいるのですか? 貴女が殺したのですか?」
私はすでに答えを知っていますが、一応質問してみましたが、エルジュは私を無視して手首を治しています。そう言えば、私の足下にさっき斬り落とした手首があるのですが、手首が治ればこの落ちている手首はどうなるのでしょう?
疑問に思って切り離された手首を見ていると、エルジュの手首が治ったのと同時に、落ちている手首は砂になって消えてしまいます。
なるほど。
手首が治ると、切り離された手首は消えてしまうのですね。
「哀れな治療師でも勉強になりました。それで、私の質問に答えて欲しいのですが?」
「貴様……。本当に口の利き方を……。まぁ、いい。そこにいる哀れなエルフ共の事を聞きたいのか? 私がここを出る為に利用してやっていたんだが、ベルを攫ってやったら私に襲い掛かってきたんだ。だから、返り討ちにしてやったんだよ。これは正当防衛だ」
「そうなのですか?」
私はこの部屋を見回します。
ふむ……。
セラピアさんとソワンさんの魂は、この空間にとどまっていますね。魂がこの空間に囚われているのなら、エレンであれば生き返らせる事が出来るでしょう。
「しかし、貴女を信じた者達を殺してまで、外に出たいですか?」
「君には分からないだろうね。無様な神に変わってこの世界を疫病から守ってやったというのに、神々は私をこんな場所に閉じ込めた。これを恨まずにいられると思うかい?」
まぁ、良い事をしたのにこんな場所に閉じ込められたら、ムカつくのは分からなくもないです。
でも、それは負け犬の発想です。
こんな場所に閉じ込められた事が気に入らないのであれば、実力で出ればいいんです。
特に、私達には不老という永遠に近い時間があります。確か、エルジュが閉じ込められて六百年でしたっけ? 私でも、二回ほど次元転移魔法を往復しただけで使えるようになったのですよ?
六百年も時間があればこの空間から脱出する事も可能だったかもしれません。
まぁ、エルジュの努力不足ですね。
「神というのに、他力本願というせこい考えをしているから、こんなところにいつまでも閉じ込められるのです」
「な、なんだと?」
私はファフニールを取り出します。
さっさとこんなのを殺して、お二人を生き返らせましょう。
「せ、せこい考……え!?」
私はエルジュの頭を叩き潰そうとしましたが、避けられてしまいました。
どうやら反応速度はそこそこあるみたいですね。
しかし、腑に落ちませんね。
私は【神の眼】を使いエルジュの過去を見ます。
……。
へ?
「はぁ? 貴女が閉じ込められたのは、自業自得の結果じゃないですか……」
私はついつい呆れてしまいます。
私の【過去視】で視えたエルジュの過去は、話に聞いていたほど立派なモノでじゃありませんでした。
確かに、エルジュは【血の呪い】という病を抑え込み、メディアを作り上げ、そして、ギルド制度を作り出しました。
実はエルジュはこの世界への干渉でこの空間に閉じ込められたんじゃなかったんです。
……。
「そりゃ、新たに魔王を作り出しアブゾルと当時の勇者を殺そうとすればこんなところに閉じ込められても仕方ないですね。まぁ、金髪の武闘家さんにボコボコにされたみたいですけど……、ぷっ……」
私はつい吹き出してしまいます。
つまりエルジュは余計な事をしようとして、たまたまこの世界に来ていた金髪の武闘家さんにボコボコにされた挙句、サクラ様に閉じ込められたそうです。
私がエルジュが閉じ込められた本当の理由をばらすと、エルジュの顔が驚愕に染まります。
「な、なぜ、貴様がその事を……。そ、その眼、【神の眼】か!!? なぜ、貴様のような小娘が【神の眼】を持っている!!? 前に会った時は持っていなかったはずだ!?」
「はて? 貴女が使っているのを見て、覚えたんですよ?」
はて?
【神の眼】を覚えたと言ったら、エルジュの顔が面白くなりましたよ?
どうでもいいですけど、今殴れば殺せそうですね。
「ふ、ふざけるな!! 【神の眼】はただの特殊能力じゃない!! これは……、これだけは、先天性の特殊能力で、後天性の能力じゃない!! 覚えられるわけが……」
「いつまでも、ゴチャゴチャと……。では、さようならっ!!」
私はエルジュの頭を狙い、ファフニールを薙ぎ払いました。




