41話 シェン
箱に入っていた頭は、若い男性のモノでした……。
この顔……、見た事のあるような気がします。
確か……、グローリアさんが最も信頼している部下の一人でしたかね?
名前は……、何でしたっけ? いえ、そもそも聞いていましたかね?
「グローリアさん、この人は……」
「あ、あぁ……。俺の部下だ……。秘密裏にグランドマスターの事を調べさせていたんだ……。シェン……」
ふむ。
この人の名前はシェンというのですか……。
箱の下の部分が血に染まっているところを見ると、殺されてそう時間は経っていないのでしょう……。
でも、この死体……、何か気になるのですが……。
「グローリアさん。この箱は、いつ、誰から届けられたのですか?」
「あぁ、俺達がマイザーの事を話し合っていたら、突然現れたんだ。箱を開けてみたら、シェンの頭が入っていた」
憔悴するグローリアさんを見る限り、よほど信頼していた人なのでしょう。
私がグローリアさんに慰めの言葉でも言おうとした時、ジゼルに止められてしまいます。
「忌み子ちゃん、ちょっと……」
「はい?」
ジゼルもシェンという人の事を知っているらしく、詳しく教えてくれました。
シェンはエラールセで代々暗部として暗殺業を生業にしていたそうです。
グローリアさんとは、シェンが幼い頃からかわいがっていたそうなのですが、そんなシェンが死んで憔悴しているから、そっとしておいた方がいいと言います。
しかし、やはり気になる事があります。
「シェンは、幼い頃から俺が鍛えていた。エラールセの軍の中でも俺に次ぐ強さを持っていたはずなのに……」
グローリアさんに次ぐ……ですか。
確かに、グローリアさんの強さは、私の知る人達の中でも上位の強さを持っています。
しかし、グローリアさんに次ぐと言われても、冒険者の普通のAランク程度であれば、ベアトリーチェの取り巻き共には勝てないでしょう。
もし、ラロと同等の力を持っていたのであれば、話は別なのですが……。
そんな事を考えていると、ジゼルが小声で「タロウが戦ったレギールを覚えているかい?」と聞いてきました。
レギールと言えば、学校で「教会の勇者」と言っていたCランクの冒険者でしたっけ?
「覚えていますよ。私の知っているレギールは糞雑魚でした。今のタロウが命懸けで倒せたというくらいですから……、ベアトリーチェに強化されていたんでしょうね」
「私もそう思う……。今のタロウの実力は、どんなに低く見積もっても、並みのAランクの冒険者よりも強かった……。もし、シェンが戦った相手がそのレベルならば、シェンが強くてもどうにもならない……」
はて?
それはたいして強くないのでは?
そう聞いてみると、ジゼルは首を振り、「並みのAランクでもこの世界では強者の類になるんだ。君の周りには、異常なほど強い者が揃いすぎているから、弱いと誤認してしまうんだ……」と言います。
確かにそうかもしれませんね。
「ジゼル。シェンの死因や、ここに首が送り込まれた目的を調べてくれないか?」
グローリアさんからそう言われたジゼルはシェンの首を調べ始めます。
どうやら魔法で調べるんじゃなく、お医者さんとして調べるみたいですね。
ならば、私は魔法視点でシェンの事を調べてみるとしましょうか……。
さて、どう視ましょうか。
そもそも、死人の記憶を視る事は可能なのでしょうか?
まぁ、何事もやってみないと分かりませんね。
私はあの力を使います。
死体からでも過去を視る事が出来るといいのですが……。
……ふむ。
視えます。
シェンを殺したのは?
案の定、ベアトリーチェなのは間違いないです。そして、もう一人は……。
はて?
どうして、コイツが生きているのでしょうか?
ベアトリーチェが生き返らせたんですかね?
しかし、死後数か月……ですか?
はて?
私がシェンを視ていると、ジゼルが私をジッと見ていました。
「忌み子ちゃん……。何を視たんだい?」
「は、はい?」
「……」
もしかして、気付かれてしまいましたか?
いえ、完璧に隠しきっているはずです。
「忌み子ちゃんも、持っているんだろう?」
「何をですか?」
「【神の眼】をだよ」
やはり気付かれていましたか。
エルジュ様やアブゾルには、気付かれなかったというのに……。
私がエルジュ様を見て覚えたのは、次元を越える転移魔法と、【神の眼】なんです。
しかし、私の【神の眼】では、エルジュ様やラロの様に未来は視えません。ただ、リディアさんやアブゾルと同じ過去を視る事は可能です。
しかし、死体に対し【過去視】が使えるとは思いませんでした……。
と思っていたのですが、ジゼルからとても不思議な事を言われました。
「忌み子ちゃん……。アブゾル様に聞いたのだけど、【神の眼】は死体の過去を視る事は出来ないらしい。死体は、物として視る事が出来るそうで、あくまで【死体】としか視る事が出来ないそうだ」
「はて? でも、視えましたよ?」
「あぁ……。忌み子ちゃんが視えたという事と、この死体の状況を考えれば……」
ジゼルは、首に何かを刺します。
「それは?」
「あぁ……。忌み子ちゃんから教えてもらった麻酔草から作った麻酔薬だ」
麻酔薬?
シェンは死んでいるんではないのですか?
「忌み子ちゃん、あまり時間がない。今すぐにエレンちゃんを呼んできておくれ」
「はい?」
ジゼルが言うには、シェンにゴスペルヒールを使ってみたいそうです。
死体に治療魔法を使ったとしても、意味がないと思うのですが……。
ジゼルに急ぐように言われたので、私は転移魔法でエレンを連れてきました。
一応、エレンに事情を説明しましたが、やはり死体にゴスペルヒールを使っても意味はないそうです。
では、甦生魔法ですか? と聞いたのですが、死後何日も経てば、生き返らせるのは不可能だそうです。
エレンはシェンを見て「もう死んでいるように見えるけど……」と困った顔をします。
しかしジゼルは「もう少し詳しく見てくれないかい?」と言いました。
エレンはそう言われて、シェンの首をジッと見て、慌て始めます。
「はて? エレン、どうしたのですか?」
「こ、この人……。生きている!?」
そう言ったエレンは急いでゴスペルヒールを使います。
するとシェンの首から下が光り始めます。
「おっと……」
ジゼルが手でエレンの目を塞ぎます。
「え?」
「嫁入り前のエレンちゃんに、男性の裸を見せるわけにはいかないからね……」
はて?
エレンは私のお嫁さんになるのですから、嫁入り前なのは仕方ありませんが、ジゼルもお嫁さんにはなっていませんよ?
しばらくすると、シェンの無くなった体を包んでいた光が止み、無かったはずの体が復元? されていました。
これは一体?
「う……」
「な!? しぇ、シェン!!」
グローリアさんは、自分のマントを破りシェンの股間部分を隠します。
どうやら、シェンは生きていたみたいです。
しかし、股間がむき出しになっているからと言って、恥ずかしがる事ではないと思うのですが……、いえ、嫁入り前のエレンがいるので隠してもらった方がいいですね。
え? 私ですか?
私には、どう使うかも知りませんし、汚い物にしか見えません。
それに、ここを潰せばどんな大男でも泣き叫んで苦しんで無力化するので、襲ってきた盗賊のモノを何度も潰してきましたからね。




