31話 ギルドの混乱
私達がマイザーに帰ってきてから、たった半日で色々な事があった。
帰って来て一番最初に聞いた話は、マイザー王がギルド職員に対し、国外追放の命令を出したそうだ。
事の発端は、ギルド職員がマイザー王の言う事を聞かなかったらしく、それに腹を立てたらしい。
普通であれば、国王の命令は絶対なのだろうが、今のマイザー王にそこまでの力はない。
グランドマスターに弱みを握られている王は、逆に王城に幽閉されてしまったらしい……。
いつも思うけど、本当に小さい男だ。
そして、その話を聞いた直後、空にグランドマスターが現れた。
今まで顔を隠していたが、今回は仮面を外した。
その顔は、傷だらけではなく、綺麗な顔で妖艶に笑っていた。
私達、冒険者からすれば、グランドマスターの言葉はふざけた内容だったけど、彼女の部下であるギルドは混乱していた。
まぁ、自分達のトップがそんな事を言ったのよ。混乱しても仕方ないわ。
私とタロウは、閑散としたマイザーの町を歩く。
タロウも黙って付いてきているけど、どうしてもわからない事があるのよね。
「タロウ。どうして、レティシアちゃんと戦わなかったの? 珍しく、彼女も決闘を受け入れてくれていたのに……」
「まだ、ラロ姉様に恩返しができてねぇ。俺の生きる目的はレティシアと戦う事だが、そう思えるようになったのは、ラロ姉様が鍛えてくれたおかげだ……。ラロ姉様がマイザーを滅ぼしたいのであれば、俺は喜んで協力する。俺の戦いはその後でいい」
嬉しい事を言ってくれるじゃない。
でも、私が望むマイザーの崩壊は短期間でできる事じゃない。
それに、これは私の負の感情による復讐よ……。タロウにまで背負わせられない。
でも、もう少しだけ、タロウと一緒にいてもいいわよね……。
私達は情報収集の為にギルドに入る。
ギルド内では、冒険者同士が揉めているのかは知らないけど、いつもよりも騒がしい。
私は近くにいた冒険者に、騒ぎの理由を聞く事にした。
「ちょっと、何の騒ぎなの?」
「ラロの姉御!? 聞いて下せぇ。グランドマスターの野郎が散々不正を働いて消えやがったあげく、この間、空に現れてあんな事言いやがったから、冒険者の何人かが文句を言いに行ったんだ」
不正ねぇ……。
グランドマスターは、もう何百年もグランドマスターをやっているのよ。不正の一つや二つは当然していてもおかしくないでしょうね……。
それに、さっきのグランドマスターの宣言は、信じようと信じまいと一度は殺すと言っているだけだ。
グランドマスターの言う通り、本当に新しい世界で生き返ったとしても、それはもう自分ではないかもしれない。
私が気になったのは「何も考えずにただ平穏に生きる事を」というセリフだ。
それはグランドマスターに生かされているだけで、それは生きていると言えるのか?
だから、私はグランドマスターを信用は出来ない。
この冒険者も、あのグランドマスターの言葉には思うところがあるのか、ギルドに真意を聞きに来たそうだ。
それに対して、タロウは冒険者の肩を叩き、溜息を吐く。
「おいおい。そんな強面の顔をしておいて、グランドマスターが言っていた戯言を信じてビビっているのかい?」
「ば、馬鹿言うんじゃねぇよ。俺達、いや、タロウ、お前も冒険者なら分かっているだろう?」
……。
そうね。
私達は冒険者。
ただ、グランドマスターに生かされるだけの人生なんて嫌よ。
それに、グランドマスターの企みは成功しない。
グランドマスターがどれほど強大だったとしても、レティシアちゃんに勝てるとは思えない。
例え、今はグランドマスターの方が強かったとしても、あの子なら……。【未来視】で見たあの子ならば、神にすら負けないと信じている。
「俺達、冒険者は自由だ。だから、あんな下らねぇ与太話なんて信じる必要すらねぇ」
タロウがそう言うと、冒険者も大きく頷く。
マイザーに来た頃のタロウは、愚かでこの町の冒険者からも蔑まれていたわ。
でも、今は違う。
あの子は、少しずつ受け入れられてきた。
私はギルドの受付を見る。
冒険者が受付に文句を言っているのだと思ったけど、どうやら、言い争っているのはギルド職員同士みたいね。
「なぜギルド職員同士が言い争っているのかしら?」
「最初は冒険者が職員に文句を言ったんだ。一番最初の対応に嫌悪感を覚えていたらしく、冒険者に共感していたんだ。だが、ギルドの上層部……。このギルドの幹部共が、こんな事を言い出したんだ……」
ギルドに長年、忠誠を尽くしている者は殺されずに救われる……と。
ば、馬鹿じゃないの?
さっきのグランドマスターの言葉のどこにそんな風に感じ取れる要素があったの?
こう思ったのは私だけじゃなくタロウも同じ事を思ったらしく、言い争うギルド職員を呆れた目で見ていた。
「はぁ……。どちらを支持しようが勝手だがよ……。今は冒険者達や国民が混乱しないようにするのが最優先で、それをせずに、ギルド職員同士で争う意味はねぇだろう……」
「まさか、あの悪名高い勇者タロウが正論を言うとはな。だけど、俺もそう思うぜ……。だが、ギルド職員も混乱しているんだと思うぜ。なんて言ったって、このギルドのギルマスも消えちまったみたいだからな……」
ギルマスが消えた……ね。
逃げ出したのかしら……、それともグランドマスターに殺されてしまったか……。
私達が、未だに言い争っているギルド職員を冷めた目で見ていると、ギルドの入り口が勢いよく開き、血塗れの男が飛び込んできた。
タロウがすぐさま動き、男の下へと駆け寄る。
「お、おい! 何があった?」
「が……ぐふっ」
男は大量の血を吐き出し、その場で息絶える。
これは……呪い?
私の【神の眼】では【血の呪い】と出ている。
確か、メディアが出来るきっかけとなった病だったかしら……。
ちなみに【血の呪い】は、今では重症化を抑える薬も完成して、致死率は殆どないと言われているわ……。
それなのに……。
私も男に駆け寄って、遺体を視ていると、ギルドに一人の男が入ってくる。
あ、あれは!?
「邪魔するぜ。勇者タロウがここにいるって聞いたんだが、どうやら本当にいるみたいだな」
「あんた、レギールじゃない。あんたみたいな勇者崩れが冒険者ギルドに何の用なの? それにタロウはもう勇者じゃないわよ。以前にタロウに負けて悔しいからと言って、いちいちこちらに関わってこないで頂戴?」
私は冷めた目で、レギールを見る。
レギールは言われた事が図星だったのか、顔を真っ赤に染めて怒りを露にする。
「黙れ!! あれは俺の本気じゃない。そもそも、あの時の俺はまだ完全体じゃなかった。そうでないければ、タロウ如きに負けるはずがない!!」
よく言うわよ。
あの時のあんたは、完全にタロウの動きについていけなかったじゃない。
今だって、大して変わっているとは思えない。
それはタロウも思ったみたいで、呆れ返った顔をしながらも剣を抜く。
「いいぜ。相手になってやるよ。今度は確実に、完全に殺し尽くしてやるよ」
「タロウ……。こんな奴に関わる必要はないわ」
私は一応止める。
タロウは、呆れた顔をしながらも「いや、アレはここで殺しておいた方がいい」と言った。
確かに、私もそう思うけど……。
そう思った時、レギールが口角を吊り上げて嗤い、近くにいた冒険者を斬った。
「な!? やめろ!! お前の相手は俺だろ!!」
タロウは、レギールに斬りかかる。
前までのレギールならば、タロウの斬撃に反応は出来なかったはず。
でも今回はタロウの剣を止めた!?
「さぁ!! 今度こそ決着をつけてやる。勇者は俺一人で十分だ!! 腐った勇者はここで死ね!!」
「俺が腐った勇者ってのは否定はしねぇが、テメェが勇者を名乗んのは気に喰わねぇ!! 俺がテメェに引導を渡してやるよ!!」
こうしてタロウとレギールの戦いが始まった。




