17話 ギルド学長 シュラーク
玄関先にいたのは、エラールセのギルド学校の学長、シュラークさんでした。
ギルド学校は、名前の通りギルドが運営しているので、当然グランドマスターの息がかかっています。
それに、シュラークさんもグランドマスターを敬愛しているので、決して私達の味方とは思えません。
しかし、エラールセ皇国内ならまだしも、遠く離れたセルカの町にどうしてシュラークさんが?
そもそも、エラールセにもグランドマスターはいるのでしょうか?
ベルは魂が分かれた数を「いくつか」と言っていましたから、二人というわけではないでしょう。
クランヌさんやアブゾル、それにエルジュ様と接する事で、神気を感じ取る事は完璧にできます。
それなのに、分裂したグランドマスターを感じ取る事は出来ません。
目の前にいると神気を感じる事が出来たのですが……。
しかし、シュラークさんがここにいるという事は……、ベルがここにいるのがバレたのですか?
いえ、それはありえないと自信を持って言えます。
ベルを連れてここまで転移しましたが、ベルの存在は私の魔力で完全に隠したはずです。
アブゾルも目の前でベルを見るまでは、ベルの存在に気付かなかった事から、神気は完全に消せているはずです。
という事は、私の魔力を追ってきたのですか?
チッ……。
これは失態です。
「シュラークさん。今日はどういった御用で?」
「ふふふ……。はるばるエラールセからレティシア君を訪ねてきたのに、家の中に入れてくれないのかい?」
私に会いに来た……ですか。
殺したグランドマスターを吸収して、ベルを私と危険な人が連れて行ったと知って、シュラークさんを送り込んできたのでしょう。
しかし、学校にいる時のシュラークさんとは別人みたいです。
これは……?
ともかく、今はベルを下がらせておきましょう。
「そうですね……。トキエさん、お茶を用意してください。リディアさん、その子を奥の部屋で休ませておいてください」
「え? う、うん」
私はリディアさんに目で合図をします。【神の眼】を持つリディアさんなら、私の眼を見て言いたい事を理解してくれたはずです。
リディアさんは、ベルとアブゾル人形を持って奥の部屋に戻ろうとします。
「おや? リディア君。何をこそこそとしているんだい? 私は君にも話があるのだが? おや? その娘は……」
チッ。
随分とわざとらしいです。
リディアさんは顔色を変えずに、笑顔で「この子は冒険者の娘で、依頼中なので預かっているんですよ。眠いみたいだから、寝かせてから話は聞きますね」とベルを連れて行こうとしますが、リディアさんの動きが止まります。
「くっ……!?」
「まぁ、待ちたまえよ。冒険者の娘というのは嘘だろう? 私はその娘に見覚えがあるんだが?」
見覚えがあるですか。
リディアさんの足を止めたのは、シュラークさんの魔法でした。
「なぜ足止めをするのですか?」
「なぜ止めるとは不思議な事を言うものだね。その娘は、誘拐された娘だ。まさか、リーン・レイが誘拐に関与していたとはね。その子の身柄は私が預かろう」
誘拐ですか。
どうやらベルを手に入れる為に、リーン・レイを誘拐犯に仕立て上げるつもりみたいですね。
随分といい度胸です。
私はシュラークさんを視ます。
アセールと同じであれば、破壊を使えば元に戻せると思うのですが……。
そうですか……。
彼女はすでに……。
「さぁ……。その娘を渡してもらおう。君達も犯罪者になりたくはないだろう?」
そう言って、シュラークさんはベルに近づきます。
リディアさんは体が動かないみたいですし、止めますか。
そう思ってシュラークさんの髪の毛を掴もうとする前に、シュラークさんの腕を掴む人がいました。
「痛いじゃないか。離してくれないかい? イラージュ先生」
「離せないわ、シュラーク学長。それよりも聞かせてくれないかしら? どうして握り潰すつもりで握っているのに、貴女の細い腕は握り潰せないの?」
む?
危険な人が危険な人である所以の筋肉は本物です。
それに対し、シュラークさんの腕は老婆の腕です。魔力を巡らせているとしても、危険な人の力には耐えられないでしょう。
それなのに、シュラークさんは痛むどころか、平然としていますし、腕も潰れていません。
さて、どうしましょうか。
操られているのではないのですから、治す事は出来ません。
しかし、今のままではベルが連れていかれてしまいます。
それならば……。
殺すしかないでしょう。
私はシュラークさんに向け殺気を放ちますが、危険な人に再び止められました。
「レティシアちゃん。彼女とは私が話をするわ」
話をする?
今のシュラークさんには、話なんて……。
いえ、私がどうこう言うのは筋違いかもしれませんね。
私は奥の扉に転移魔法をかけます。行先は空間魔法で作っておいた、だだっ広いだけの空間です。
私はシュラークさんを扉に向かって放り投げます。
「危険な人。あの扉の先ならば誰にも邪魔されずにシュラークさんと話をする事が出来ますよ」
危険な人は私の頭に手を置き「ありがとうね」と言い、部屋に入っていきました。
≪イラージュ視点≫
レティシアちゃん。もしかしたら新しい能力に目覚めているかもしれないわね。
何度か私の考えている事を読まれた。
本当にどんどんとこの世の理から外れていくわね……。
部屋に入ると、シュラークが私を睨んでいた。
「久しぶりね……。シュラーク」
「ふん。ベアトリーチェ様を裏切った君が、私と何の話をするんだい?」
「そうね……。思い出話をしましょうよ。時間はたっぷりあるのだから……」
グランドマスターからすれば、シュラークなんて使い捨ての駒と変わらないのだろうけど……。
今、セルカにいるのはシュラークだけ。
「ふん。君みたいな化け物との思い出話などする必要もないよ。私はあの少女を手に入れなくてはいけないんだ。君のような雑魚と話をしている暇はないんだよ」
雑魚に化け物ね……。
私の知っているシュラークは、騒がしい子だったけど、人に対しては悪口や陰口を使うような子じゃなかった。
これはシュラークじゃない。
「そうだったわね……。私は裏切り者。あんたとは敵同士だったわね。悪いけど、ここで殺させてもらうわ」
「くくく……。君は、弱い頃の私しか知らないんだね。でも残念だったね。私はベアトリーチェ様により強化されているのだよ!!」
シュラークは私に殴りかかる。
確かにシュラークの突きは速く、そして威力もあるだろう。でも、私に通用すると思っているの?
私の武術は……。
私はシュラークの突きを受け流し、そのまま顎を突き上げる。
「がはぁ!?」
当然、これで終わらない。
腕を掴み、シュラークが逃げようとする力を利用して地面に叩きつける。
「ぐぇ!?」
やっぱり、これは作られた存在みたいね。
シュラークだったら私の戦い方を知っているはずよ。
「く、くそっ。気持ちの悪い化け物が、気持ちの悪い攻撃をするなんて……」
シュラークは、一歩下がり何かの薬を飲む。
アレはおそらく魔物変化症の薬でしょう。
まさか、あのシュラークが人間としての誇りまで捨てるなんてね……。
「そこまで堕ちていたのね。今、楽にしてあげるわ」
私は一撃必殺の技を使う。
治療師としては、こんな技を使いたくはない。
だけど……。
シュラークの体は膨れ上がり、醜くなっていた。
確かに歳を取って皺も増えたけど……、それでもシュラークは美しい顔と心を持っていたわ。
でも、今の貴女は……。
「本当に、さっきまで人の事を気持ち悪いだのなんだの言ってくれていたけど、あんたの方がよほど気持ち悪いわよ」
私は渾身の力で、シュラークを突く。
シュラークは避ける必要がないと思ったのでしょうけど、そんなに甘い技を一撃必殺なんて言うわけないじゃない。
「はぁ!!」
私の拳はシュラークの頭部を消し飛ばす。その瞬間、シュラークは塵へと変わっていった。
私は塵となったシュラークを見下ろす。
「グランドマスターなんかを信じるから……」
私は昔を思い出した……。
(あなたが治療師のSランクのイラージュさんね。私は治療師のDランク、シュラークて言うの。イラージュさん、貴女に憧れているの!! よろしくね)
(えぇ……。元気な子ねぇ……)
シュラークは騒がしかったけど、とても勉強熱心な子だった。
何十年も一緒に治療師として活動した。
そして、彼女は老いを理由に引退して、指導者として努力を重ね、ギルド学校の学長にまで上り詰めた。
それなのに……。
いつからだろう……。
彼女の目が濁っていったのは……。
「シュラーク……。これがあんたの本体じゃない事を祈るわ……。でも、貴女と同じ姿のモノを殺すのは……」
最悪な気分だ……。
こんな事を平気で出来るなんて……グランドマスター……許さない……。




