14話 治療大国の始まり
この場所を離れられないとはどういう事でしょう?
転移魔法陣があるのですから、転移してここを出る事もできるでしょうし、危険な人やエルフのお二人に協力して貰えば、外と干渉する事も可能でしょう。
そう思っていたのですが、エルジュ様の表情は笑顔ですが、少しだけ寂しそうに見えました。
「君にもさっき言ったでしょう? 私は神アブゾル殿のスペアでしかないのよ。だから、この世界には干渉できない」
「はて?」
この世界に干渉できない?
でも、エルジュさんはメディアを作ったのですよね?
しっかりと干渉しているではないですか。
「メディアとギルドを作り出したのですから、それはこの世界に干渉しているのではないのですか?」
「そうよ。でも、あの時はそうするしかなかった……。あまりにもアブゾル殿を頼る事が出来なかったのよ」
頼る事が出来なかったですか……。
確かにそうかもしれませんね。
アブゾルはぱっと見ただのお爺さんです。神気は強い様ですが、とてもじゃないですが強そうに見えません。
あ、別にアブゾルは強くなくてもいいと思うのです。
アブゾルは優しい好々爺でいればいいのです。
ですが、エルジュ様に弁解くらいはさせてあげますか。
私はアブゾルを召喚しようとします。しかし、アブゾルは現れませんでした。
はて?
「レティシアちゃん。今、何かを召喚しようとしたね」
「はい。アブゾルが頼りにならないのは分かりますが、一応アブゾルの言い分もあるでしょうから、召喚してみようとしたのですが……」
私がこの世界の神であるアブゾルを召喚しようとしていた事を知ると、エルフのお二人はとても驚いていました。
そして、私の隣にいたベルが私の手を握ってきます。
「どうかしましたか?」
「レティシアさんはアブゾル様を呼び出せるのですか?」
「はい。呼べますよ」
「す、すごいです。私はまだアブゾル様に会った事は無いです」
はて?
ベルはベアトリーチェの搾りかすと言っていましたが、アブゾルとは会った事がないのですか?
そもそも、他のベアトリーチェがアブゾルと戦ったのに、気付いていなかったのですかね?
「そうだね。ベルはつい先日まで封印されていたから、ベアトリーチェが外で何をしていたかまでは分からないんだよ。だから、ベルがアブゾル殿を知らないのは仕方ないのよ」
「そうなのですか?」
ベルを封印ですか……。
ベルが本当に搾りかすならば、わざわざ封印までする必要があったのでしょうか?
もしかしたら、エルジュ様は私達にまだ何かを隠していそうですね……。
私が疑いの目でエルジュ様を見てみると、ただ静かに笑っていました。
例え、笑っていても私の心を読んでいるでしょう。……何も答えないという事は、話したくないという事ですね。
「まぁ、ベルの事は話せる時に話してください。それよりもアブゾルを呼べなかったのはなぜですか?」
「答えは簡単だよ。君の転移魔法では……いや、空間魔法では異世界間までは超えられないんだ。君達がここに来る時に乗った転移魔法陣を構築していた文字を読めなかったでしょう?」
「はい。あの文字は何なのですか?」
転移魔法陣を構築しているのは何となく理解は出来ましたけど、まったく文字は読めませんでした。
もしかして、アレは神界の文字なのですかね?
「違うよ。この世界を含めた神界によって管理されている世界は文字が統一されているんだよ。だから、この世界で使われている文字と神界の文字は同じだよ……。言葉の意味が違ったり、古代文字として昔からある言葉が残る事もあるけどね。あの読めない文字には、文字一つ一つに魔法が構築されているのよ。その組み合わせにより、異世界間を超える事の出来る転移魔法が使用可能になるのよ」
「そういうモノですか……。この文字にどうやって……「教えないよ」……どうしてですか?」
「君には人智を超えた【成長力】がある。この文字の原理を教えて、異世界間をホイホイと転移されたら困るのよ」
まるで人を危険人物みたいに言わないで欲しいんですがね……。
しかし、無理に聞く必要もありませんから、勝手に研究する事にしましょう。
「ふふっ……。できれば勝手に研究するのもやめてね。そもそも、君は別の次元では世界を滅ぼしているからねぇ……」
またそれですか。
別の次元やら別の世界なのかは知ったこっちゃありませんけど、別の私がやった事を私のせいにしてもらっても困ります。
「まぁ、少し腹が立ちますけど、まぁ、良いです。それで、質問を戻しますけど、どうしてここから出られないのですか? どうして干渉できないはずなのにメディアを作り上げる事が出来たのですか?」
この二つは矛盾しているではないですか。
もしかしたら、エルジュ様はアブゾルのスペアらしいので、ここから出られない腹いせに、メディアとギルドを作ったのですかね?
でも、それだと意味が分かりません。
ふむ……。
どういう事でしょう?
「レティシアちゃん、順序が逆だよ。メディアを作り、ギルドの制度を作ったのが原因で、ここに閉じ込められているんだよ」
「はて?」
閉じ込められている?
いったい誰にでしょう?
「それは言えないよ。元々、過干渉してしまえば、こうなるのが分かっていたからね」
こうなるのが分かっていたのに作ってしまったと?
何があったのでしょう?
エルジュ様の話では、六百年前に『血の呪い』という病が流行ったそうです。
この病は、一度罹ってしまうと全身から血を噴きだし死んでしまう病気だそうです。
普通は病気というのは治療魔法では治せないのですが、この血の呪いという病気には治療魔法が効くそうです。
当時のエルジュ様は、この世界の管理者であるアブゾルがこの病を重く見て、干渉してくると思っていたそうなのですが、干渉する事が出来なかったそうなのです。
アブゾルは当時、世界を滅ぼしかねない魔王を相手にしていたらしく、病に全く気付いていなかったそうです。
しかし、なぜ神が魔王を相手にしているのでしょう?
「魔王を倒すのは、勇者の役目ではなかったのですか?」
「あはは……。きっとアブゾル殿も忘れたい過去だろうから覚えていないかもしれないけど、苦い理由があってアブゾル殿が魔王と戦う事になったのよ」
エルジュ様に当時の事情を聞くと、アブゾルは勇者を異世界から召喚したそうです。
どうやら、その当時は異世界召喚というのが神族の中では流行っていたらしく、アブゾルもそれに乗っかったらしいのです。
ですが、召喚したはずの勇者は、三日でゴブリンにボコボコにされて聖女を置いて逃げだし、沼地で足を滑らせて運悪く地面に落ちていた石に頭をぶつけて死んでしまったそうです。
はぁ……。
タロウよりもアホな勇者じゃないですか。
「随分と間抜けな勇者ですねぇ……」
「レティ……。そんな事を言っちゃ可哀想だよ。別にその勇者さんもきたくてこの世界に来たわけじゃないんだろうし……、この世界で死んじゃうなんて……、少し可哀想に思っちゃうよ」
ふむ。
逃げた挙句に滑って転んで死ぬ人に可哀想などと、エレンはとても優しいです。
「エレンちゃん。一応弁解しておくと、召喚された勇者は、召喚先の世界で死んでも、元の世界に戻れるだけなのよ。しかも、元の世界での生活に困らないように、神界からの恩赦も出るわ。つまり、あの勇者は三日でその恩赦を受け取ったってわけ……、同情できないでしょう?」
はぁ?
その話を聞いてしまえば、殺意すら覚えてしまいますね。
あ、ちょっと待ってくださいよ?
「では、タロウも死ねば元の世界に戻れるのでは? そして恩赦とやらがもらえるのですか?」
「いえ……。あのタロウという子は元の世界には戻れないわ……。彼は神族が正規の手段で召喚したわけじゃないもの……。きっと元の世界に戻れずこの世界で死んでいくのでしょうね……」
そうなのですか……。
そう考えれば、タロウも可哀想かもしれませんね。
今度会ったら、話くらい聞いてあげましょう。
その勇者の事が有ってから、アブゾルは異世界から勇者を召喚しなくなったそうです。
しかし魔王はいます。
勇者を失った聖女達は自分達だけで戦おうとしました。それを不憫に思ったアブゾルが、当時勇者候補だった騎士を勇者に鍛え上げ、自身も勇者の仲間として彼等をサポートしていたそうです。
そして、無事に魔王を倒した後、騎士と聖女が国を興しました。
驚く事に、その国がエラールセだそうです。
ふむ。
グローリアさんはそんな人達の子孫だから強いのですね。
魔王退治が忙しかったアブゾルは、血の呪いに気付かなかったそうです。
確かに魔王を倒した後であればアブゾルも気付く事が出来たでしょうが、死者は増える一方だったので、エルジュ様が僧侶に化けて、病の人々を治療していったそうです。
しかし、一人でできる治療にも限度があり、死者は増える一方でした。
そこで、一人ではどうにもならないと感じたエルジュ様は後に治療大国と呼ばれる事になるメディアという国を作り僧侶を増やしました。
血の呪いは一年で完全に鎮静化させたのですが、アブゾルのスペアが世界に干渉しすぎた事で、過干渉できないようにこの異世界の空間に閉じ込められてしまったそうです。




