12話 ベル
エラールセに、グローリアさんが用意してくれたメディア女王への紹介状を受け取りに行くと、お城の大門前に大きな馬車が停まっていました。
いえ、馬車ですが馬はいなくて、乗るところだけが置いてありました。
「あ、あの……。グローリア陛下。馬がいないんだけど……」
「あぁ。レティシアから馬は必要ないと言われたんだ。俺も「絵面が悪いから止めておけ」と言っただが、今回は時間がないと聞かなくてな……」
「エレンちゃん……」
「う、うん……。昨日、寝る前に魔法玉の前で何かしていると思っていたけど、グローリアさんと話をしていたんだね……」
それはそうです。
今回ばかりは急がなくてはいけませんし、最初にグローリアさんに転移魔法陣を使わせて欲しいと言ったら、使っちゃいけないと言われたので、私が馬車を引く事にしたんです。
転移魔法を除けば、これが一番速いです。
絵面がどうとかすぐに言いますが、気にしません。
事実、本来は高速馬車で四日かかるところを、私が引けば六時間くらいでメディアに到着しました。
あ、馬車に乗っているエレンと危険な人が怪我をしたり、気持ち悪くなってもらっても困りますから、眠ってもらっていました。これで大丈夫なはずです。
「ここがメディアですか。アブゾールと違って入国は緩そうですね」
メディアの大門には、兵士っぽい人が二人立っていましたが、入国する人は何も調べられずに入国していました。
私は二人を起こし、乗る部分を空間魔法に入れて、入国する事にしました。
「簡単に入れましたよ?」
「そうね……。基本、メディアに入るのに審査も必要ないのよ」
「はて? 危険な人はメディアに来た事があるんですか?」
「えぇ。私は今代の大聖女、エルジュ様の弟子の一人だからね」
女王様の弟子の一人ですか?
それならばメディアについて、誰よりも詳しかったのでは?
危険な人が言うには、女王様には何人かの弟子がいて、危険な人やセルカの治療ギルドのギルドマスターのセラピアさんも弟子だそうです。
しかし、その事を公言してはいけないと言われていて、あの場では言えなかったそうです。
「イラージュ先生。そのエルジュ様は聖女が使う魔法を教えてくれなかったの?」
「そうね。弟子をしている時には教えてくれなかったわよ。しかし、今の私は使えるようになったけど、エルジュ様が教えて下さらなかった理由が分かったわ」
「はて?」
危険な人は、ゴスペルヒールやサルヴェイションの二つの魔法が使えるようになって、この魔法の本当の恐ろしさに気付いたそうです。
「え? 聖女の魔法なのに恐ろしいの?」
「えぇ……。この魔法は使い方によっては、禁呪であるネクロマンシーを超える魔法になるの。特に精神操作が使えるグランドマスターにはとても相性がいいのでしょうね。欲しがる理由も分かったわ」
相性ですか。
という事は、グランドマスターが医療大国メディアに居るのは危険じゃないんですか?
そう聞くと、「だからこそ、早くグランドマスターに会う必要があるのよ」と言いました。
まるで、三人目のグランドマスターがいるのを知っているみたいです。
私達は危険な人の案内でギルド本部に向かいました。
ギルド本部は、ギルド学校に匹敵するほど大きくて、奥に見えるメディア城に勝るとも劣らない程、綺麗な建物でした。
建物に入ると、何人もの受付さんがいます。
「レティシアちゃん。今は何も言わないでね」
「はい」
「イラージュ先生。先生がリーン・レイに加入している事はギルドに知られているんだよね?」
「えぇ」
「それだったら危険じゃない? リーン・レイはグランドマスターと敵対しているのに……」
エレンの言う通りです。
別にここにいる全員を敵に回したところで怖くもないですが、メディアの女王様に会う前に国を追い出されるのは困ります。
「大丈夫よ。もしグランドマスターが手を回してあるのであれば、セルカでも私達は依頼を受けられないはずよ。でも、今でも依頼を受けられているでしょ?」
「た、確かに……」
「それに、私自身も気になる事があるのよ……」
「気になる事ですか?」
「えぇ……」
そう言って、危険な人は自分の治療ギルドカードを見せ、ある人物との面会を申請します。
「これで大丈夫よ。行きましょう」
「どこにですか?」
「グランドマスターに会うのよ」
「はて?」
グランドマスターに?
でも、それっておかしくないですか?
「メディアに来る前に、アブゾル様が言っていたでしょ? 当時の女王をグランドマスターが殺したって……」
「はい。言っていましたね」
アブゾルは確かにそう言っていました。
そして、今からグランドマスターに会う……どういう事か意味が分からなくなってきました。
ガシャーーーン!!
はて?
何かの割れる音ですか?
「ま、まさか!?」
危険な人が突然走り出します。そして一番奥の綺麗な扉を蹴破りました。
「グランドマスター!!」
はて?
グランドマスターを心配ですか?
部屋の中には、銀髪の小さな女の子とグランドマスターが立っていました。
そして、グランドマスターは私達に気付き、仮面を外します。
……顔はベアトリーチェそのものですね。
「やぁ……。レティシアちゃんじゃないか。久しぶりだね」
「その仮面、グランドマスターですね。何よりもあなたの神気には覚えがありますし、その顔……、本当にベアトリーチェそのものですね」
「くくく……。そりゃあ、私がベアトリーチェだからね」
しかし、アブゾルはグランドマスターをアブゾールに閉じ込めたと言っていました。
それなのに……。
「アブゾルが嘘を吐きましたか?」
「あ、アブゾル様だと!?」
小さな女の子が危険な人の後ろに逃げてきました。この子は何者でしょう?
「グランドマスター無事だったのね」
「はて?」
危険な人は小さな女の子をグランドマスターと呼びました。どういう事でしょう?
「あはは。イラージュ。勘違いしてはいけないよ。それは私の搾りかす。本体がアブゾールに閉じ込められて私も困っているんだよ。だから、搾りかすの力も必要となり、吸収してやろうと思ったんだ」
「ふざけないで!! グランドマスターの肉体は私とエルジュ様、それにセラピアとソワンの四人で封印したはずよ。あんたに利用されないようにね!!」
はて?
どういう事でしょう?
もしかして、危険な人はベアトリーチェがグランドマスターと同一人物だと知っていたのですか?
「危険な人。私にもわかるように説明してくれませんか?」
「その前に、あの女を倒してちょうだい」
危険な人は、小さな女の子を抱きながらグランドマスターを指差します。
私は小さな女の子とグランドマスターを見ます。
ふむ。
こっちの方が気に入りませんね。
私は一瞬でグランドマスターの顔を殴りに行きます。
「がぁ!?」
そのまま長い銀髪を掴み、首を掴みます。
「き、貴様……」
「さて、貴女には色々聞きたいですが、危険な人と小さい女の子に話を聞きますので、貴女はいりません。【破壊】!!」
私が破壊を使うと、グランドマスターは塵になります。
やはりグランドマスターは本体でないので、【破壊】で倒せるようです。
塵となった事で、グランドマスターの神気を感じなくなりましたから、これで大丈夫でしょう。
「さて、危険な人。そこの小さい女の子は何者ですか?」
すると小さな女の子が危険な人の前に出ます。
「お初にお目にかかります。私が当代のグランドマスターのベアトリーチェ……いえ、ベルと言います。貴方がたの知っているベアトリーチェがいくつかに別けた魂の抜け殻のような存在です」
抜け殻?
どういう事でしょう?
「危険な人、説明してください」
「分かったわ。その前に、エルジュ様の下へと向かいましょう……。そこにセラピアやソワンも来ているはずだから……」




