7話 刷り込み
サクラという人が、どれくらい強いかは知りませんが、エレン達に会えなくなるのは嫌なので、不老を作る事は諦めるとします。
しかし、アセールはグランドマスターに不老にしてもらったんですね。それを聞いたジゼルは紙に汚い文字で、アセールの過去を書き出しています。
カンダタさんがそれを見て、驚きます。
「お、おい。お前、それで読めるのか?」
「ほんまや。何が書いてあるかまるで分らん」
「ん? なんだい? こんなモノ走り書きだから、私が読めればいいんだよ」
そういうモノですかね?
私には波線が書いてあるようにしか見えません。
「ところで、カンダタ殿。さっきまでのアセールが言っていたのだが、カンダタ殿はグランドマスターの命令を無視して逃亡したと聞いた」
「なんやて? グランドマスターの命令やと?」
「アセール。君は覚えていないだろうが、確かにそう言っていた。君と共にいた男も同じ事を言っていた」
「わいと一緒にいた男って誰や?」
「さっき忌み子ちゃんが言っていたノゾスと言う男だ」
「ノゾス?」
ノゾスはゴスペルヒールを使っていました。だから、治療ギルドのSランクだと思うのですが、アセールはやはり知らないようです。
「治療ギルドのSランクの人の名前を知っていますか?」
「インパクトがあるのは、イラージュやな。確かもう一人おったと思うけど、名前はノゾスや無いはずやで。たしか……そ……忘れてしもたけど、ノゾスって名前や無い事は確かや」
ふむ。
アセールが知らないのであれば、危険な人に聞く方がいいかもしれませんね。
拠点に戻ってから聞いてみましょう。
「それで、カンダタ殿。どういった命令をされたんだい?」
「あぁ……。思い出すのも嫌な命令だった。一つはマイザー王の暗殺。もう一つは、リーン・レイのギルガの殺害だった……」
ギルガさんの殺害?
ほぅ……。
それを聞いたジゼルは「ギルガ殿の殺害はなんとなく理由は分かる。おそらくだが、カンダタ殿に親しいギルガ殿を殺させて、心身が弱ったところを完全な忠誠を誓わせようとしたんだろうな……。と、あわよくば、忌み子ちゃんへの精神的ダメージも期待したのだろう」と言います。
ふむ。
そんな下らない命令を出すとは、グランドマスターはよほど死にたいらしいですね。
やはり、結界をブチ破って殺しに行きましょうか。
「ギルガ殿の事は想像だが、説明がつくとして、腑に落ちないのはマイザー王の暗殺だ」
「はて? アレはカスだったので、死んでも誰も困りませんよ?」
「忌み子ちゃん。マイザー王は、君が改造したと聞いたが、違うのかい?」
はて?
そんな事しましたかねぇ?
全然覚えていません。
「私も生き返ってから情報収集はしていたが、今のマイザー王国の王族は、歴代のマイザー王家で成しえなかった程の、善政を敷いているはずだ。そんな王を殺せば、国は混乱するぞ? グランドマスターはそれを狙っているのか?」
「それもあるかもしれないな。その証拠に、グランドマスターはマイザー王の暗殺計画を語っていた時に、「王太子であるプアーは、マイザー王に殺させる」と言っていた……。どう殺させるかは分からないが、もしかしたらレティシアに改造されたマイザー王をさらに改造しているかもしれないな」
確かに、ジゼルの言う通りマイザー王を改造していたとしても、グランドマスターは精神をいじれるのですから、元のカスに戻す事は可能でしょう。
しかし……。
「本当にグランドマスターはそんな事を考えているのですかね?」
「なぜ、そう思うんだい?」
「はい。グランドマスターは人の精神や記憶を改ざんする事も可能なのでしょう。そう考えれば、もし、今のマイザーがまともなのでしたら、それを利用しそうじゃないですか」
少なくとも、もう一度洗脳しなおすよりも、そっちの方が簡単に事を運べそうです。
「ふぅむ……。マイザーで何が起こっているのか気になりますね。一度、行った方がいいでしょうか?」
「そうだね。それには私も同行するとしよう。しかし、その前にアセールにも聞きたい事があるんだ」
「なんや?」
「君が最後にグランドマスターに会ったのはいつだい?」
はて?
アセールはSランクです。
割と簡単にグランドマスターと会えたんではないんですかね?
「せやなぁ……。さっきから話を聞いている限り、わいはグランドマスターに操られていたんやろ? それやったら納得やわ」
「何がですか?」
「今から考えたらおかしいと思った事もあるんや。わいは、Sランクになった時以外に、グランドマスターには会っていないんや。だから、わいの中のグランドマスターは、わいと建築ギルドの連中との仲を仲裁してくれて、わいがSランクになってからも、優先的に仕事を回してくれたってくらいしか接点がないんや。でも、わいの中でのグランドマスターは素晴らしい方なんや。そない慕うほど、会うた記憶が無いのになぜそないな風に感じ取るんやろうな……と思っとたんや」
「それは、お主がベアトリーチェに不老の力を貰ったというのが原因かもしれんな」
不老を貰ったら、慕ってしまうのですか?
意味が分かりません。
ジゼルにも聞いてみましたが、ジゼルも意味が分からないと言っていました。
「レティシアのお嬢ちゃんは聞いた事がないだろうが、ジゼルは聞いた事があるじゃろ?」
「なにをだい?」
「刷り込みというモノじゃ」
刷り込み?
確かに聞いた事がないですね。
「まさか、アセールは不老になった事で、グランドマスターを大事な人と認識しているという事かい?」
「ジゼル。刷り込みって何ですか?」
「あぁ、鳥が卵から孵った時に、自分の親じゃない鳥を初めて見て、その鳥を親と思い込んでしまう現象の事だよ。それを刷り込みと言うんだ」
「へぇ……。鳥さんはアホなんですか?」
「いや、別に鳥だけが特別じゃなく、人間でも同じような事が起こりえるんだ。例えばだが、忌み子ちゃんはレイチェルの顔を知っているだろう?」
「はい。お母さんですから当然です」
お母さんは優しかったですから、忘れるわけがありません。
「もし、レイチェルに育てられずに私が最初から育てていたら、君は私を母親と認識してしまうんだ。それはアホな事でも何でもない。……いや、むしろ仕方のない事なんだ」
「はぁ……?」
ジゼルが言っている事はよくわかりませんが、アセールの中でも似たような事が起こっていたのでしょう。
「ところでカンダタ殿。グランドマスターの指令を無視した時、アセールはすぐに君を暗殺しに来たのかい?」
アセールは自分の記憶が曖昧だったとはいえ、カンダタさんを襲ったのは事実だと分かった今、何も言わずに俯いていました。
「あぁ……。比較的早かったぞ。おそらくグランドマスターは俺が指令を無視する事を分かっていたんだろう。だから、俺に依頼する以前に、アセールに命令していたんだと思う。アセール、こうやって俺は生きているからな……。気にする必要はない」
「そう言ってくれると、少しは気が軽くなる……」
アセールは苦笑いを浮かべていましたが、少しだけホッとした顔にもなっていました。




