2話 アブゾールの結界
ふむ。
アマツの様に、アブゾルを人形にいれる事に成功して良かったです。
私達の目の前には、木でできたお爺さんが自分の手足を見て困惑しています。
「ど、どうしてワシはこんな姿になってしまったのじゃ?」
「私が魔法で貴方の薄い神気を実体化しました」
「な、なんじゃと!?」
「まぁ、そんな些細な事はどうでもいいです。さて、アブゾル、アブゾールで何があったのですか?」
ベックさんは、アブゾルに強制転移されたから、実際にアブゾールで何が起きたかを知らないはずです。アブゾールに最後までいたアブゾル本人なら、何があったのかを説明できるでしょう。
いえ、むしろ、思い出せないとかいうであれば、ボケが始まっているので、早々に神様を引退して貰わないと困ります。
「あ、あぁ……。お主等が帰った後、今後のアブゾールの事を話し合っている最中に、ベアトリーチェが攻めてきおった」
「やはりですか……。アブゾルは、グランドマスターがアブゾールにいる事を知っていたのですよね?」
「神気を感じておったから、いるのは分かっていた。だが、お嬢ちゃんを結界に閉じ込めたうえで襲って来るとは思わんかったよ……。いつ殺しに来ても対処できるようにはしていたから、ベック達を逃がす事が出来たがな……」
まぁ、閉じ込められたのは、私も予想外でしたが……。
「それで、グランドマスター……、いえ、ベアトリーチェを倒したのですか?」
「いや……。アレを倒すのはワシでは無理じゃった……。むしろ、ワシ等では手が出せないかもしれん……」
「はて?」
私の見立てでは、グランドマスターであれば、アブゾルでも倒せると思っていたのですが……。
「三対六枚の翼……」
「はい? 何を言っているのですか?」
私は倒したかどうかを聞いているのであって、羽の数など聞いていないのですが?
しかし、毛玉とアマツは、なぜか納得しています。
『神格か……』
「神格?」
「あぁ、神族は羽の色や枚数で神格を決めている」
神格の格は、権力の事ですか?
人にも権力と言うのは存在しますが、権力が強いからと言って戦闘能力まで高いとは限りませんよ?
「神格がどうしたのですか? それほど重要なのですか?」
「あぁ、レティシアは人間だから知らなくても当然だ。神族の羽は枚数が多いほど神気が高く、戦闘能力も高く強いんだ……。アブゾル、色はどうだったのだ?」
「漆黒じゃ……」
「そ、そうか……」
漆黒と聞いて、アマツの顔色が変わります。
黒より、エレンの金色の方が綺麗だと思うのですが……、あ、レティイロカネの黒い色も好きですよ。
しかし、色が黒いだけで、どうしてアマツは黙ってしまったのでしょうか?
「アマツ、顔色が悪いですよ。黒いと何かあるのですか?」
「漆黒の羽は上位の神族だけが持つ色なんだ。私の本体も漆黒だったが、二対四枚だった。色は同じでも枚数を見る限り、私の本体よりも格と力は上だ……」
なるほど……。
という事は力を隠していたのですね。
「ところで、ベアトリーチェは二人だったのですか? 黒い方は現れましたか?」
「いや、一人は人形じゃった……。魔霊族は魂を別ける事ができる。ホムンクルスと言う魔道具に魂を入れていたのじゃ。じゃから、人形だったグランドマスターを弱く感じたのじゃ……」
「ふむ……。面白い魔道具があるのですね」
その魔道具があれば、色々と面白い事ができそうです。そう考えていると、アマツが自分の体とアブゾルの体を見て溜息を吐きます。
「いや、お前も適当な人形に、こうやって私達の魂を入れているじゃないか……。ホムンクルスに入れるよりもこっちのほうが難しいぞ」
「はて?」
難しいも何も入れるだけなのですがね……。
まぁ、良いです。
アブゾルにはもう一つ聞きたい事があります。
「ところで、アブゾールに転移できないのはなぜですか? 貴方が何かをしたのですか? それとも、ベアトリーチェが何かをしたのですか?」
私の予想では、アブゾルを逃がさないために、ベアトリーチェが結界か何かを使ったと思うのですが……。
「アレはワシの張った結界じゃ」
はて?
予想が外れてしまいましたよ。
「アレは断空結界と言ってな。魔力、神気、全てのモノから結界内のモノを断絶するんじゃ。あの魔法は発動が難しくての……、本来であれば無限の魔力でもない限り使えんのじゃが、ワシは自身の肉体を贄に使い、あの魔法を使った」
「なぜそんな事を?」
「アブゾール内にベアトリーチェを閉じ込める為じゃ……」
閉じ込める……ですか。
入れないのであれば、グローリアさんに教えておいた方がいいですね。
「因みにアブゾールのあった場所に入るとどうなるのですか?」
「なぜじゃ?」
「グローリアさんに人を使って、アブゾールに調査に行くように頼んでいるのです。ですが、今の話を聞いたら近づかない方が良さそうです」
「それなら大丈夫じゃ。ただ、アブゾールがあった場所は、何もないよう見えとるはずじゃし、入ったとしてもアブゾールは別空間にあるから、問題はない」
はて?
「では、元々いた神官達はどうしたのですか?」
「アブゾールの外に転移した。もし、調査に行くのであれば、彼等の救助を頼まねばならんな……」
「それならば、アブゾールの事を伝えるついでに、後でグローリアさんに救助もお願いしておきましょう」
「頼む……。聞きたい事はそんなモノかの? まぁ、今はベアトリーチェをどうするかを考えた方がいいじゃろう。しばらくは出てこれんと思うが、断空結界とて完全ではない。いつかは出てくるじゃろう……」
「そうですか。出てきたら、完全に殺しつくさねばいけませんね」
しかし、アマツよりも強いとなると、どうしましょうか?
その時、玄関の扉が勢いよく開きました。
「ギルガはいる!?」
入ってきた人は治療ギルドのギルドマスター、セラピアさんでした。
「セラピアさん? どうかしましたか?」
「レティシアちゃん。ギルガは!?」
私がギルガさんを呼ぼうとすると、二階から面倒くさそうにギルガさんが下りてきました。
「なんだ? 騒々しい……。ん? セラピア、どうしたんだ?」
「ギルガ、大変よ!! 実はジゼルのところで治療魔法の事を相談していたんだけど、ジゼルの診療所にカンダタが瀕死の状態で運ばれてきたの!! 私も治療魔法はかけたけど、回復しないの!?」
「なっ!?」
カンダタさんが?
「レティシア!!」
ギルガさんは、焦った声で私を呼びます。
私はそっと立ち上がり、転移魔法を発動させます。
「はい。エレンと行ってきます」




