47話 神と神
神族特有の銀髪。それにこ奴から発せられている神気。
間違いなくベアトリーチェは神族であり魔霊族じゃ……。
……そして、傷を隠すための仮面。
「ベアトリーチェ。そのふざけた仮面はなんじゃ? 目上の者の前に立つのに、顔を隠さなければいけない理由はなんじゃ?」
ワシの前で顔を隠したとしても無駄じゃ。
その仮面の下の顔にある傷すらな……。
「くくく……。レティシアから聞いているだろう? 私の顔には、冒険者時代に仲間からつけられた傷がある。醜い姿なので、人前に出せないだけだよ」
「何を馬鹿な事を言っておる。貴様が冒険者をやっておったという事実はないじゃろう?」
ワシはベアトリーチェを【過去視】で見る。
仮面をかぶらなければいけなくなる傷をつけられたのならば、普通であればトラウマを植え付けられているはずじゃ。もしくは、あの後レティシアのお嬢ちゃんに聞いたのじゃが、傷を治すのを戒めとして残しておきたいという理由で拒否したとも聞いた。
戒めにするくらいなのに、なぜ【過去視】で見えないんじゃ?
そもそも、神族が人間の冒険者程度に傷をつけられるなど、あるわけがないじゃろうが……。
「爺が、私を気持ち悪い目で見るんじゃない!!」
「……黙っておれ。今いいところなんじゃ」
「もう一度言う!! 気持ちの悪い目で見るんじゃない!!」
くく……。
不快感を与えたようじゃのぉ。
しかし、バッチリ舐める様に見てやったぞ。こんな事を言うと、ベックが気持ち悪がって、罵声を浴びせさせてくるかもしれんな。やめておくか……。
じゃが、はっきり見えたぞ。
……やはりこ奴に冒険者をやっておった時期は無い。
「貴様はやはり冒険者をしていたわけじゃないな。それどころか当時のグランドマスターを殺し、全てのSランクを殺したんじゃな」
「何を馬鹿な事を言っている? 何の証拠がある? すべては貴様の妄言だ」
【神の眼】の事を知らぬこ奴は、いまさら誤魔化せるとでも思っておる。こういうところが、まだまだ神族として若輩なのじゃよ。
「まぁ、よい。もうお主に攻撃する魔法は完成した」
「なんだと!?」
「周りを見てみろ」
ベアトリーチェが周りを見回す。
「チッ……!!」
空には、ワシとベアトリーチェを取り囲むように光の剣が浮いておる。
これがワシの得意魔法の一つ、神の剣という魔法じゃ。
「こざかしい真似をするね。でも、こんな魔法で私を殺せるとでも?」
「いつまで強がりを言えるかのぉ?」
ワシは手を一気に振り下ろし、神の剣を一斉にベアトリーチェに降りそそがせる。
しかし、ベアトリーチェは微動だにしない。
避ける必要はないという事か?
「くくく。所詮は枯れかけの神。その程度の魔法で私を倒せるとでも?」
ベアトリーチェが腕を薙ぐと神の剣が一気に消えてしまう。
効かぬか……。
【過去視】でベアトリーチェの過去を見ると同時に、【神の眼】も使ったのじゃが、戦闘能力そのものは、おそらくワシと同等の力じゃろう。
しかし、疑問も尽きないな。
レティシアのお嬢ちゃんは、グランドマスターを敵と言っておった。
しかし、この程度の強さならば、あのお嬢ちゃんが警戒する必要すらない。
こ奴もここに現れたという事は、勝てると思っておるのか?
……哀れじゃな。
こ奴とワシがまともに戦えば、おそらく互角の戦いになるじゃろう。じゃが、あの魔法を使ってしまえば、魔霊族であるこ奴に負ける事はない。
しかし……、ワシは迷うておる。
「ベアトリーチェよ。大人しくこの世界から去るのであれば、ここで殺すという真似はせんぞ?」
「ふざけた事を……。アブゾル、貴様では私を殺せないよ」
「なんじゃと?」
「貴様と私では格が違う。そう神格だ!!」
ベアトリーチェは翼を広げる。
羽は二対四枚。色は金色。
神族の神格は羽の色や枚数で決まる。ワシは金色で一対二枚。格は間違いなく奴の方が上か。
じゃがな……。
「若い神に負けるわけにはいかん!!」
ワシは炎魔法のゴッドフレイムをいくつも発動させ、ベアトリーチェに放つ。
この程度の魔法では、倒す事は不可能じゃろう。
じゃが、これは陽動じゃ。
「滅びろ、ベアトリーチェ!!」
「アブゾル。貴様は知っているか? 炎魔法のゴッドフレイム。別名、神の炎は上級魔法でしかない。本当の炎を見せてやろう!! フレイムナーガ!!」
ワシの足下に魔法陣が現れ、炎の龍がワシを喰らおうと口を大きく開き、襲い掛かってくる。
今はこんな魔法があるのか!?
しかし!!
「こんなものワシには効かん!!」
ワシは神気を使い炎の龍をかき消す。
じゃが、ベアトリーチェはすかさず光の剣を持ちワシに斬りかかってきた。
ワシはこう見えても元剣士じゃ。そんな、遅い斬撃当たりはせんよ。
「さすがは腐っても神じゃな。神にしか使えぬその剣を作り出すとはの」
「爺!! 死ねぇ!!」
ベアトリーチェの攻撃は遅い。
もしやと思うが、何かを狙っておるのか?
と思った瞬間、ベアトリーチェが魔法を放つ。
「精神体には、この魔法がよく効くだろう!!」
この光は、浄化の光か?
馬鹿にされたモノじゃな。
確かに、精神体は死霊と同じ弱点を持っておるが、長く生きておる神にそんな魔法が効くとでも思ったおるのか?
名残惜しいが、そろそろ終わりにしておくとしよう。
「お主はこんな魔法を覚えておるかの?」
「な!?」
ワシの掌に黒い魔力の玉が浮かび上がる。
「見覚えがあるじゃろう? コレは、魔霊族に絶対的な効果を持つ魔法じゃ」
「そ、そんなモノをなぜお前が使える!?」
「そうじゃな……」
ワシら精神体にとっても、魔霊族ははた迷惑な存在じゃった。悪さも沢山しおった。だから、滅ぼされた。
とはいえ、こ奴も魔霊族とはいえ、魔霊族が滅ぼされたあの時に、生まれてすらいなかったベアトリーチェには関係のない話じゃ。
本来はこの魔法を使いたくはなかったが、引き下がらんというのであれば、容赦はできん。
「やはり、貴様ら神族は、私達魔霊族を自分の都合だけで滅ぼそうとしているのか!! 許さんぞ!!」
許さん……か。
確かにそうかもしれんな……。
「馬鹿め!!」
ワシが一瞬躊躇ったのを見たベアトリーチェはワシに剣を振り下ろそうとする。
じゃがな……。
「そう来ると思っておったよ。滅びるがよい!!」
「ぎゃあああああ!!」
ワシは魔霊族を滅ぼす魔法をベアトリーチェに押し当てる。
するとベアトリーチェは苦しみながら、塵となった。
「……。できれば魔霊族を滅ぼしたくはなかったのじゃがな……」
虚しいモノじゃな。
そう思った瞬間、ワシは背後に何かいるのを感じた。
「がっ!?」
な、なに!?
ワシの胸から黒い剣が突き出ておる。
ワシが振り返るとそこには、黒い髪の女がいた。
そして……見覚えのある顔。
「き、貴様……。その顔……、ベアトリーチェ……」
「そうだよ。私がベアトリーチェだ……」
コレがレティシアのお嬢ちゃんが話していた、黒髪のベアトリーチェか!?
しかし……。
「何をほざく……。貴様からは神気を感じんわ……」
「そうだな……。私は、魔霊族のベアトリーチェ……。そして……」
さらに光の剣がワシを貫く。
「がはっ!?」
ば、馬鹿な!?
目の前に仮面をつけた銀髪の女。
女は静かに仮面を外す。
「私が神族のベアトリーチェだ」
やはり……、傷などなかったか……。
傷のないその顔は、ワシの記憶にあるベアトリーチェそのものだった。




