46話 アブゾールの開国
頭の硬いアードフルと楽観的なギナ。
どちらも言っている事は正しい。
はぁ……。
ガラじゃ無いけど、私が間に入らないと話が進みそうにないわね。
それに……。
「爺。あんたはアブゾールについてどう思っているの?」
「どうとはなんじゃ?」
「今のこの国は閉鎖的でしょ? あんたが閉鎖的なのを望んでいるの?」
私は小さい頃から、父親の教育によりアブゾル教と深く関わってきた。
信徒にとって神アブゾルは崇拝すべき御方だし、私だってそう思っていた。
でも……。
あの一件で、私のアブゾルに対する考えは変わった。
考えが変わった私は、アブゾルを傲慢な神だと思っていた。
だけど、私の前に現れたアブゾルは優しそうな好々爺だった。とても傲慢とは思えなかった。
そこで私は、ふと疑問に思った。
私が神を傲慢だと思った理由の一つに、神学校で学んだ教典の存在がある。
あの教典には、神はいかに素晴らしいか……等と、アブゾル教に関わっていなければ、何が書いてあるのか意味が分からないと、首を傾げるような内容だ。
これをこの爺さんが作った?
私はとてもじゃないけど、そうは思えなかった……。
その証拠に……。
「閉鎖的じゃと? 確かに、アブゾールは他国からの観光客が少ないと思っておった。というか、ほとんどいないじゃろ? 不思議には思っておったのじゃ」
……でしょうね。
アブゾルの説得は簡単にできるでしょうが……、この二人には、言葉で分からせた方がいいんでしょうね。
その為に、アブゾルには言い返しておいた方が良いでしょうね。
「は? あんたが望んだ事じゃないの?」
「いや、そんな事はいちいち考えんよ。そもそも、ワシはこんな形で自分を広めよう等とは考えておらんかった」
は?
アブゾルは信仰を集める為に、アブゾル教を作ったんじゃないの?
もしくは、こうやってアブゾルに出会った人達が勝手に広めたの?
いえ、それはないでしょうね。
アブゾルに出会ったからといって、こんな爺を崇める気持ちなんて出ると思えないわ。
つまりはアブゾルが何かをして、人々がそれに感謝したのが始まりという事だと思うのだけど、教典には、アブゾル教の始祖の存在は書かれていたけど、神託が降りたという話だけだったと思うのだけど……。
「は? 現実に広まっているという事は、貴方が何かしたからなんでしょ? 教典には何も書かれていないけど、あんた、何かしたの?」
「そうじゃな。今から八百年ほど前に、この世界に危機的災害があってのぉ……。今ならば、同じ災害があったとしても回避する方法も、たとえ被災しても乗り越えられる力もあるかもしれんが、その当時は無かったのじゃ。だから、ワシが助けた」
「ふぅん。一応神様っぽい事をしていたのね。ただの耄碌爺だと思っていたわ」
「お前……、本当に大概にしておけよ。それで、さっきの話なんじゃがな、ワシは別に、この国が閉鎖的になるのを望んではおらんよ。ただ、ベックやアードフルが危惧するように、開国すれば、今の平和は失われるじゃろう。じゃが、それは仕方がないかもしれん。むしろ、得るモノの方が多いじゃろう……」
アブゾルが話の分かる爺で良かったわ。
教皇であるギナは必死に首を縦に振っているけど、問題は枢機卿のアードフルね。
頭が固すぎるわ。
ここはキツめに言った方が良さそうね。
「し、しかし、アブゾル様!!」
「枢機卿。貴方は本当にアブゾールの事を考えているの?」
「なに?」
私がアブゾルとの間に入ったので、枢機卿は私を睨む。
「睨むのは勝手だけど、聞きなさい。今のままだと、いつかアブゾールは……、いえ、アブゾル教はすべての教会が潰されて孤立するわよ。ただでさえ、教会の態度はかなり傲慢なモノだったからね」
「な、何を言っているのですか?」
まさかと思うけど、枢機卿は気付いてなかったの?
私は教皇の顔を見る。教皇は、静かに頷いていた。
「そういえば、枢機卿はエラールセ皇国の首都の教会で司教をやっていたのよね。なるほどね……。だから、知らないのでしょう。でも、教皇は自分の出身国で司教をやっていたから知っているわよね」
「……はい」
エラールセの首都は、グローリア陛下が目を光らせているから、教会の神官や司教が好きにできなかった。
だけど、ファビエの教会では、神官が好きにやっていたし、あまり好かれていなかったわね。
今でもそんな状態なのに、今後も同じとなると、良くて孤立……、悪くてアブゾル教を潰しにかかっても、おかしくないわ。
「む? 今の教会は世界から嫌われておるのか?」
「なによ。この世界の教会の事を把握しているんじゃないの?」
「そうじゃな……。お主等には真実を話しておくか……。確かにワシはこの世界の管理をしておるが、教会だけを管理しておるわけではない。確かに教会の者には信仰してもらっておるから、確かに忖度はしておる。じゃが、ずっと教会だけを見ているわけではないぞ」
まぁ、そうよね……。
ファビエが滅びた時点で、私もそう考えたわ。
もし、アブゾルがタロウに加担して、レティシアちゃん達と敵対していたなら、私はアブゾル教を捨てていたでしょうね。
まぁ……そうならなかったんだけどね。
「今は大丈夫よ。ただ、今のままでは、教会は孤立……、いえ、このアブゾールに挙兵する国すら出てくるかもしれないわね。特に強国でなく小国による連合国がね」
エラールセのような強国は、教会が無くなっても何も問題はないし、魔石を独占しようがどうでもいいでしょうけど、小国はそうじゃないでしょうね。
小国にとって、教会は負担以外何でもなかったでしょうから……。
「……っ。今は聖女とはいえ、セルカの司教だった君が何を根拠に……」
はぁ……。
まだ、そんな事を言っているのね……。
「まずは、貴方のその傲慢さ。教会が言う事は、全てが正しい……。自分は枢機卿なのだから、正しい事しか言わない……。そんな事を思っていない?」
「な……!? 私がそんな傲慢だと言うのか!?」
「傲慢でしょう? だって、今だって自分は間違った事を言っていないと思っているでしょ?」
「くっ……」
「それに教皇。貴方の言い分も正しいけど、別に爺の許可を得たからと言ってすぐに開国できるわけがない」
「で、でも……」
こっちはまだちゃんと状況を理解しているから、話せばわかると思うわ。
ふぅ……。
アードフルの説得は難しそうね……。
私はが溜息を吐くとアブゾルが私をジッと見ていた。
「何よ」
「ベック。お主賢かったんじゃな……」
「殴るわよ。爺」
「しかし、アードフルを説得するのは後として「私はっ!?」……、お主の言いたい事はちゃんと聞くから、今は黙っておれ……。それでベック、どうするのじゃ?」
「そうね……。協力者が……。強い協力者が必要ね。枢機卿アードフル。貴方には頼りになる強者の知り合いがいるでしょう?」
私が知る限り、枢機卿アードフルとあの御方は交流があるはずなんだけど……。
「そ、それは出来ない……。私は開国に反対だ……」
「なら、聞くけど。なんで反対なの?」
「だから、さっきから言っているだろう!! この国は神聖な国だ。今の平和を崩してまで他国との協力が必要なわけがない!!」
まったく……。
ここまで頭が固いとは思わなかったわ……。
「そう……。貴方は何も見えてなかったのね……。いえ、見えていて、見えないふりをしていたのね」
「な、なんだと!?」
まさか、ここまで話さなきゃいけないとは思わなあったわ。
できれば、馬鹿な聖女として過ごしたかったんだけど、このままじゃ堂々巡りだわ。
「貴方はレティシアちゃんをどう見たの? それに、グランドマスターが爺と同じ神であると知ってどう思ったの?」
「ほぅ……。お主も気づいておったのか」
はいはい。
気付いていましたよー。
それに鬼神がどいうとか言っていたじゃない。
「え!? アブゾル様。どういう事ですか?」
「お主も教皇なのであるのならば、神気についてちゃんと勉強するんじゃぞ。それとベック」
「何よ」
「お主、予想以上に聖女の素質があったのじゃな」
「はぁ?」
「気付いたんじゃろ?」
私は溜息を吐き、アブゾルの問いに答えようとするが、アードフルが先に答えた。
「くっ……。レティシア嬢の……、いや、レティシア嬢は……、すでにアブゾル様を超えている。そして……、あの神気……、アブゾル様と同じ……神だ……」
アードフルが絞らせたような声でそう呟く。
まぁ……、そうなのよね。
レティシアちゃんは、アブゾルよりもはるかに強力な神だわ。
でも、アブゾルとは違う……。
人間だけど神と言ったところかしら?
ギナはまだ信じられないようね。
「な!? そ、そんな馬鹿な」
≪アブゾル視点≫
まさか、ベックがここまで有能だったとはのぉ……。思わぬ拾い物じゃったか?
まぁ、ワシのお茶の相手になればいいと思っておったから、ベックが無能でもよかったのじゃがな。
ワシは話し合う三人を見て、ホッとしてしまう。
しかし……。
……っ!?
ワシは、三人を急いでエラールセの教会に転移させる。
それに……、アブゾールにいる全員を逃がすのは不可能か!?
いや、女子供、老人だけでも、どこかに逃がさねば……。
ワシは強制転移魔法陣を発動させる。
「な!? 爺!! 何をしているの!?」
「「アブゾル様!!」」
ベックが焦っておる。
そうじゃ……。
頼ると怒るかもしれんが、あの娘に頼るしかない。
「ベック!! グローリアに助けを求めよ!! 神託としてこの書簡をお前に託す!!」
「はぁ!? 説明しなさ……」
すまんの……。
本当は説明してやりたいが、する時間が無いようじゃ。
転移は成功した。
これでエラールセの教会や各地の教会に戦えぬ者だけでも逃がす事は出来た。
神託も同時に降ろしたから、転移した者を粗末に扱わないはずじゃ……。
ワシは……。
「……出てくるのじゃ」
空間が歪む。
そして……、仮面をかぶった銀髪の女が現れる。
「くくく……。今まで表舞台に立ってこなかった教会の神様が戦う気になったのかい? 今までの様に、こそこそと隠れていれば良かったのにねぇ……。そのせいで、貴様は私に殺されるんだ」
「そう簡単にいくとでも思っておるのか? そうか……、貴様が……グランドマスター、ベアトリーチェか……」
「へぇ……。私の名前を知っているんだね。そうだよ。私がギルドの頂点……。そして、この世界の神になるベアトリーチェだ……」




