43話 洞窟の浄化
聖水工房で聖水作成の最適化をカリアさんに教えた次の日の朝、約束の聖水千本を受け取りに聖水工房にやってきました。
工房に入ると、長いテーブルにざっと見て千本以上の聖水が並んでいました。
「はて? 随分とたくさん作ったのですね」
「はい。レティシアさんが教えてくれた聖水の作り方のおかげで、今まで以上に質のいい聖水が、十倍以上の速さで作る事ができるようになりました。そのおかげで千本以上の聖水を作る事ができましたよ」
「そうなのですか? 作る時間は早くなると思っていましたが、効果まで良くなったのですか?」
「はい。今までは、浄化の魔法の熟練度により、効果にバラ付きがあったのですが、今の作り方なら、浄化の魔法を使わないので、安定した高い効果を実現できるようになりました」
ふむ。
それは意外な副産物でしたね。
「レティシアさんのおかげで、聖水の無料配布が実現できそうです」
無料配布ですか?
「はて? 無料で配ってしまえば、教会にお金が入らなくなるのではないのですか?」
聖水は教会の貴重な財源なので、制作方法を秘匿にしていたのでは?
「あぁ、ここだけの話なのですが、教会にとって、聖水の売り上げはそこまで重要ではないのです。だからこそ、今までだって、少額で聖水を売っていたのです。少額とはいえお金を取っていたのは、無料にしてしまうと聖水を粗末に扱う危険があったのと、生産が追いつかなくなる危険があったからなのです」
「ふむ……」
確かに、今回みたいな事があれば、有料であっても足りなくなっていました。
これが無料なら、もっと早くになくなっていたかもしれません。
そういえば、昨日の夜にトキエさんから連絡が来て、冒険者がアンデット化したそうです。
「では、約束の千本は貰って行ってもいいですか?」
「はい、勿論です!!」
私は聖水を空間魔法に収納して、転移魔法の準備を始めます。
「では、カリアさん。私達は帰りますね」
「はい。また、是非遊びに来てください」
「はい。もし、次に来る時は、よろしくお願いしますね」
私達は転移魔法でセルカの拠点に帰ります。
まだ朝早いですが、ギルガさんは早起きですからお話しできるでしょう。
ギルガさんの部屋を訪ねてみると、ギルガさんがいません。
「はて? ギルガさんはどこですかね?」
私達がキョロキョロとしていると、ドゥラークさんが眠そうに階段を下りてきました。
「おや? ドゥラークさん、帰って来ていたのですか?」
「おう、昨日の夜に帰ってきたんだ」
「ギルガさんはどこですか?」
「ギルガの旦那なら、昨日の夜からカアバの洞窟を見張っている」
「見張る? いったい何を見張っているのですか?」
「実はな……」
ドゥラークさんの話では、昨日の夜中にアンデット化した冒険者達がカアバ洞窟から出てきたらしいのです。
リディアさんとオリビアさんの活躍で、カアバの洞窟の入り口を封印したそうなのですが、死の力と言うのが強くて半日しか持たないらしく、しかもリッチキングがいるので、いつ強制的に封印が解かれてもおかしくないと、ギルガさんが見張っているそうです。
しかし、リッチキングとはいったいどんな魔物なのでしょう? 私は知らない魔物なのですが、強いのでしょうか?
「しかし、リッチキングまでいるとは驚きだな……。グランドマスターの戦力が徐々に出来上がっているのが分かるね」
戦力ですか……。
そういえば、ベアトリーチェも、グラヴィやグラーズと言った魔王を集めていましたが、グランドマスターも同じなのでしょうか?
「ジゼル。カアバの洞窟に関わっているのはグランドマスターじゃなくて、ベアトリーチェだそうだ。リッチキングがその名を叫んでいたらしい」
ふむ。
グランドマスターの本名がベアトリーチェらしいので、どうもややこしいです。
どちらかを殺してしまえば、ベアトリーチェは一人になるのでややこしくなくなります。
あ、両方殺してしまえば、ベアトリーチェと言う名を聞かなくて良くなります。そうしましょう。
「ドゥラークさん。グランドマスターの本名はベアトリーチェというそうですから、もしかしたら、関係はあるかもしれませんよ」
「なに? じゃあ、お前の読み通りグランドマスターとベアトリーチェは同一人物だったんだな?」
「それはわかりません。ただ、アブゾルも黒髪の方のベアトリーチェは偽物と言っていましたよ」
「偽物という事は、別人と言う事か?」
「それも分からないです」
あぁ、そういえば、アブゾルと出会ってから神気を感じる事ができるようになりました。
今感じる神気は二つ。
一つはアブゾルですが、もう一つもアブゾール付近にいます。こちらがグランドマスターなのでしょう。
「それで、お前達はどうするんだ? 俺は次の依頼のために昼にはここを出発するから、俺とリディアはいなくなる。もしカアバの洞窟で何かあったらすぐに連絡してこい。すぐに駆けつける」
「心配しなくとも、グランドマスターが用意した魔王である可能性があるとはいえ、リッチキングは魔物です。ベアトリーチェ本体や、グランドマスターが出てくるわけではないでしょうから、大丈夫ですよ」
「なぜそう言い切れる?」
「グランドマスターは今はアブゾールにいます。アブゾルに会った事で神気を感じ取れるようになりました。グランドマスターの居場所は把握できます」
「そうか……。確かに、ギルドの連中が「グランドマスターはアブゾールで慈善事業をしている」と言っていたな……。まぁ、セルカにいないのならひとまず安心だな。だが、偽物のベアトリーチェがいるかもしれないから、気を付けていろよ」
「はい」
ドゥラークさんと話をした後、私達は死霊系の魔物が大量に現れると言われている、カアバの洞窟へと転移します。
洞窟の前ではギルガさんが座って、入り口をジッと見ていました。
「ギルガさん」
「ん? レティシアか。聖水を持ってきてくれたのか?」
「はい。とりあえず千本は納品用で、自分でも百本ほど作っておきました」
「なに?」
私はアブゾールで聖水の作り方を教わった日の夜、エレンに協力してもらい独自の方法で聖水を作り出す事に成功しました。
おそらくですが、エレンの浄化の力を使っているので、聖なる灰とやらを使った聖水よりも強力だとは思います。
「そうか……。この中に、ベアトリーチェが作り出した魔王がいる。グランドマスターとベアトリーチェは同一人物だったんだろう?」
「さっきドゥラークさんにも言いましたけど、グランドマスターの本名もベアトリーチェだそうなので、この中にいる魔王とやらがベアトリーチェに作られているのは間違いないです……。ただ、どちらのベアトリーチェかまでは知りませんけど」
「……そうか」
「それで、どうしますか?」
「どうするとは?」
「この中に入るには、封印を解く必要があります。ギルガさん、準備はいいですか?」
リディアさんの封印という事は、美徳を使っているのでしょう。
強力ですが、【破壊】の力があれば封印を破壊して、入る事は可能です。
「いや、中に入らなくてもいいかもしれないな。エレン、浄化の魔法を洞窟全体にかける事は可能か?」
確かにその方法ならば、洞窟内の死霊系の魔物を一掃できるかもしれませんね。
「えっと……。洞窟内の構造が分からないから、全体にかけられるかは分からないけど……」
「洞窟内の構造は単純だそうだ……。洞窟は分かれ道もなく、警戒しながら歩いても三時間程度で最奥の広間に到達できるそうだ。そこにリッチキングがいる」
随分と簡素な作りですね。
まるで最初からリッチキングを倒させるような……。
いえ、気のせいでしょう。
「それくらいの狭さか……。それなら大丈夫だと思う。ちょっと待っててね」
エレンは目を閉じ、金色の羽を広げます。
ふむ。
エレンは美人さんですし、女神様と言っても過言ではないかもしれませんね。
「浄化!!」
エレンが魔法を使うと、洞窟内がまぶしく光ります。
そして光が止むと、洞窟から聞こえていた呻き声が聞こえなくなりました。
「これで大丈夫だと思うよ」
エレンが大丈夫と言ったので、私はリディアさんの封印を解きます。
「それでは、ギルガさん。行きましょう」
「あぁ……。カチュアとジゼルはここで生き残ったグールを仕留めてくれ。もしかしたら洞窟外にもいる可能性がないとはいえん。エレンも二人と一緒にいろ。レティシアが作った聖水ならば腐る事もないと思うが、気を付けてくれ。セルカの教会の聖水は、洞窟に近づいた瞬間に腐ったからな」
「分かったよ」「はい」
私とギルガさんは洞窟に入ろうとする。
すると、ジゼルが聖水を渡してきました。
「聖水は無くても大丈夫ですよ?」
「念のためだよ。忌み子ちゃんは強いから大丈夫だと思うが、ギルガ殿も気を付けるんだよ。君には可愛い娘さんがいるんだからね」
「あぁ……。しかし、ジゼルにそんな心配されるとは変な気分だな」
私とギルガさんは、リッチキングの待つ洞窟内へと足を踏み入れました。
グランドマスターが用意した死霊系の魔王。
どんな強さか楽しみです。




