42話 死の力
セルカの町は、今日は静かな夜だ。
この屋敷は、冒険者ギルドから近いから、いつもは冒険者が酒場に集まっているのでそこそこ騒がしいのだが、カアバの洞窟が見つかってからは、冒険者が洞窟探索に行く事が多くなっているので、酒場も静かに営業している。
しかし、そんな静かな夜も荒々しいノックにより壊される。
「こんな時間に客とは珍しいな。しかも……」
「お父さん。私が出るよ」
「いや、お前も年頃だからな、夜更けにこんな荒々しいノックだ。何かあったと考えるべきだろう」
オレは、入り口の扉を開ける。
するとそこには顔を青褪めさせた冒険者ギルドの受付嬢が立っていた。
「ん? お前はギルド受付の……。こんな夜更けにどうしたんだ?」
「ぎ、ギルガさん!? 緊急!! 緊急じ、事態です!!」
「まずは落ち着け。トキエ、水を持ってきてやってくれ」
トキエは俺に言われて、コップに水を入れてくる。そして受付嬢にそれを渡す。
受付嬢はそれを一気に飲み干した。
「トキエちゃん。ありがとう」
「それで、なにがあった?」
「はい。カアバの洞窟からグールが出てきたんです……」
グール?
死霊系の魔物の中では、弱い類の魔物だな。
カアバの洞窟には、死霊系の魔物が大量にいる。それこそ、稼ぎ場になるくらいの量だ。それだけの数がいるのなら、夜に洞窟から出て来る個体がいても、不思議ではないだろう。
それに、心配もする必要がない。グールの愚鈍な足では、カアバの洞窟からセルカの町に辿り着く前に、陽が明けてしまう。そうなればグールは勝手に消滅する。
それなのに、何を焦る必要があるんだ?
「別に焦る必要がないだろう。アイツ等は愚鈍だし、セルカの町に入ってくる事もない。何を心配しているんだ?」
「違うんです。出てきたグールは冒険者の格好をしているんです!?」
「なんだと?」
冒険者の格好?
カアバの洞窟だけではないが、グールというのは、ぼろ布を着ている事がほとんどで冒険者のような格好のグールは滅多に見ない。
つまりは今日の昼間の……。
ん?
ちょっと待て。
あの冒険者はアンデット化していたのに、昼間に歩き回っていたのか?
「今日の昼間の事を考えれば、何かがあったのは明白なんです!! そのグールが一体ならば問題はなかったのですが、命からがら逃げかえってきた冒険者の話では、複数体存在しているんです!!」
「つまり、中に入った冒険者がグールになって帰ろうとしているのか?」
「それはわかりません。だけど、セルカの町に向かっているのは確かです!!」
今、セルカに向かっている連中が昼間にいたアンデット化した冒険者なら、陽の光でも消滅しないかもしれないという事か?
オレはトキエにビックスとオリビアを呼んでくるように頼む。
二人は、寝ずに準備していてくれたみたいですぐに下りて来てくれた。
「ギルガさん。何かあったのか?」
「あぁ、この町にアンデット化した冒険者が集まろうとしているらしい。昼間、オリビアが浄化した冒険者の事を考えれば陽が出ていても活動できるかもしれん」
「分かった。今すぐアンデット化した冒険者を追い帰すのか?」
「いや、ビックス、オリビア。ギルド内にいる冒険者を連れて、カアバの洞窟に向かうよう要請してくれ。非常事態だ、緊急依頼としてギルドも動いてくれるだろう。オレは先にカアバの洞窟に向かう」
「あぁ!! 行くぞ、オリビア!!」
「はい!!」
二人は受付嬢と共に冒険者ギルドに走って行ってくれた。
さて、オレは……。
「お父さん」
「トキエは一応ドゥラーク達に連絡を入れておいてくれ。アイツ等も、今日の深夜にセルカに帰ってくる予定のはずだからな」
「うん……。気を付けてね」
「あぁ」
オレは、全速力でカアバの洞窟に向かった。
洞窟の前では、何人かの冒険者がアンデット化した冒険者と交戦していた。
しかし、長時間戦っているのか、冒険者の方が何人か危なそうだ。助けに入らなければ、アイツ等もアンデット化されてしまうな。
オレは、冒険者達を助けに入る。
オレは聖剣でアンデット化した冒険者を斬る。すると、アンデット化した冒険者達は一人斬られたのを見て、一歩下がる。
もしかして、この剣で斬られるのは危険と判断したのか?
ありえない。
アンデット化した冒険者の今の状態は下級ランクのグールのはずだ。それなのに、意思を持って戦っているというのか?
そもそも、魔物に意思はなく本能で襲ってくるはずだ。
「おい! カアバの洞窟で何があった!?」
「一番奥に……、ネクロマンシーを使うリッチキングがいた……」
「リッチキングだと!?」
リッチキングと言えば、かなり強力な魔物のはずだ。
強さも当然なのだが、無尽蔵に死霊系の魔物を呼び出す事で有名だ。
「しかも、そのリッチキングは話ができるんだ……。ベア……何とか様の為に……と叫んでいた」
「ベアトリーチェか……」
ジゼルはグランドマスターが関わっていると言っていたが、ベアトリーチェの方だったのか?
どちらにしても、カアバの洞窟の奥にいるリッチキングは、ゴブリン魔王グラーズのようにベアトリーチェに作られた魔王の類かもしれねぇって事か。
「おい!! お前はさっさと逃げろ!! 後、こちらに冒険者が向かっているはずだ。そいつ等にもリッチキングと今の状況を話しておけ!!」
「は、はい!!」
これで冒険者達は大丈夫だ。
さて、アンデット化した冒険者達は襲って来ようともしねぇな。消滅させられる事に気付いているのか?
しばらくすると、ビックスとオリビアだけが走ってきた。
「ギルガさん!!」
「冒険者達はどうした!?」
「正直な話、リッチキングと聞いて、役に立ちそうもないから怪我をした冒険者と一緒に帰らせた」
「そうか。ビックス!! オリビアに広範囲の浄化を使ってもらう。グールを追い返してくれ!!」
「はい!!」
俺とビックスは、アンデット化された冒険者に斬りかかる。普通のグールであれば、簡単に斬れて倒せはしないモノの無力化させる事が可能だが、こいつらは違う。
オレ達の攻撃を避けるくらいの知能が明らかにある。しかも、グールになっているにもかかわらず、身体能力まで向上している。
おそらくだが、腐った聖水がかけられたんだろう。
しばらく戦っていると、教会の神官長のレウス殿が走って現れた。
「ギルガ殿!!」
「レウス殿、どうしてここに!? ここは危険だ!!」
「聖水です!!」
レウス殿は綺麗な水が入った小瓶を三本持っていた。
「助かる。それをアイツらに投げてくれ!!」
「はい!!」
レウス殿は聖水をアンデット化された冒険者達にかかるように投げつけた。
しかし、アンデット化した冒険者に聖水がかかる前に水が真っ黒になってしまう。
「な、なんですって!?」
「しまった!! 強化されるぞ!!」
これにはレウス殿が一番驚いていた。
オレ達にとっては強くもなんともないが、普通の冒険者には厳しいかもしれない。
その時……。
「うらぁ!!」
「ドゥラーク!!」
ドゥラークが、アンデット化された冒険者を殴り飛ばす。
「ギルガの旦那! トキエちゃんから聞いてやってきたぜ!!」
「済まない!!」
ビックスとオリビアも頑張ってくれているが、やはりドゥラークが来てくれたのは助かる。
「リーダー!! グール達を洞窟の入り口に追い込んで!!」
オリビアの隣にはリディアが立っていた。
「何をするつもりだ!?」
「美徳を使って、入り口を封印する!! オリビアちゃんも浄化の魔法でグールを消し去りながら、洞窟入り口まで追い詰めて!!」
「はい!!」
オレ達は、アンデット化された冒険者達を洞窟の入り口にまで追い詰める。
「リディア!!」
「うん!! 【博愛・慈愛・死の拒絶】」
リディアが洞窟に向かい聖槍を振り下ろすと、洞窟の入り口に七色に光る壁ができる。
「これで封印できたのか?」
「うん。でも、中からあふれ出る死の力が強すぎて、半日しか持たないかもしれない」
「半日か……」
半日ならば、昼には洞窟の封印は解けるだろう。
「俺とリディアで、ここを見張っておくか?」
「いや、お前達も依頼が終わったばかりで疲れているだろう。見張りは俺がする。それに、明日の朝にはレティシアが聖水を千本持って帰ってくる。それを使えば何とかなるかもしれないな」
「し、しかし……。先ほど投げた聖水は一瞬で腐ってしまいました。定着の魔法を使っているので、腐るわけがないのですが……」
定着の魔法か……。
聞いた事の無い魔法だが、聖水の作り方の一部なんだろう。
確かに、教会から支給された聖水が腐ったという話はあまり聞かない。
そもそも、なぜ腐るんだ?
「それなら説明できるよ。聖水って作り方は分からないけど、モノによっては効力がまちまちなんだよね。それで効果の低いモノの場合は、死の力によってすぐ腐るの」
死の力か……。
確か、生物が死んだときに場を支配する独特の気配……。
「確かにセルカの教会で作られている聖水はそこまで質がよくないですが、腐った事は一度もありませんでした」
「……。リッチキングか……」
それに……。
ベアトリーチェが何か細工をしているかもしれない。
「ギルガの旦那?」
「いや、何でもない……。レティシアが帰ってくるのを待とう……」
オレは、ドゥラーク達を帰らせ、カアバの洞窟を見守る事にした……。
さすがのリッチキングでも、美徳による封印は解けないだろう……。
しかし、ジゼルはグランドマスターが関わっていると言い、リッチキングはベアトリーチェの名を叫んでいた……。
以前、レティシアが言っていた通り、この二人は同一人物なのか……?
久しぶりに短編を書きました。
ずきんなしのレイチェル
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