38話 聖水工房
大幅に改稿しました。
アブゾルとの話を終えた私達は、ラウレンさんの案内で神聖国アブゾールの町中を見て回っていました。
町並みとしては、教会がいたるところにある事以外は、普通の町と変わらない風景でした。
冒険者が基本いないので、武器屋などはありませんが、ポーションや薬草を扱う道具屋さんはちゃんとありました。
それに、信徒しかいないはずなのに、宿屋も見る限り多いみたいでした。
「この国は信徒しか入れないのに、ちゃんと道具屋や宿屋も有るんですね」
「ありますよ。何も信徒全てが教会に関わっているわけではないので、礼拝に来た彼らの為の宿は必要なのです。道具屋にしても、突然の怪我や病気にはやはり回復薬などは必要なので、アブゾールにも何店舗かありますよ」
宿屋がある理由は分かりましたが、よくよく見てみると、食堂やレストランといったお店はありません。
「この町では、礼拝に来た信徒達は食事をどうするのですか?」
私がラウレンさんにそう聞くと、エレンもご飯を食べるお店がない事に気付きます。
「そういえば、さっきから、歩きながら物を食べる人もいないし、お店もないね」
「まったく……。つまらない町です」
カチュアさんは冷めた目で町を見ていました。
「ははは。私も普段は故郷かエラールセに居ますからね。皆さんが言いたい事はよくわかります。しかし、ジゼルさんはあまり気にしていない様ですね」
「ん? あぁ、私は普段から何もない村にいるからね。別に普段から自炊だからあまり気にはならないかな。でも、よくよく考えれば、食材を扱う様な店もないんだな」
そういえば、ありませんね。
セルカの町やエラールセでも野菜屋さんやお肉屋さんがちゃんとあります。だけど、私達が見る限りまったくありません。
この国の人達は、お食事をどうしているのでしょう?
「食材屋さんがないとなると、常時依頼の小麦はどこに売るんだろうね。お店も無いみたいだし、宿屋に直接売るのかな?」
エレンが思い出したようにそう言いました。
そういえばトキエさんから、小麦を売って、聖水を千本買ってきて欲しいと言われていましたね。
「小麦を? もしかして、冒険者ギルドの常時依頼を受けてくださったんですか?」
「はい。でも、食堂も何もないからどこに持っていけばいいんだろう?」
「それだったら、私についてきてください」
ラウレンさんはそう言って、大聖堂の隣にある大きな教会へと案内してくれました。
はて?
良い匂いがしますね。
「ラウレンさん。ここは?」
「ここはアブゾール全国民の為のパンを焼いているパン工場を併設してある教会です」
パン工場?
「確かに、美味しそうなパンの匂いはしますが、全国民のパンとはどういう意味ですか?」
「そのままの意味ですよ。この国では、階級により食事が決められているのです。今から思えばおかしな話ですが、悪しき伝統とでも言いましょうか……。もう数百年、この伝統は変わっていません。これが原因で、最近の若い信徒はアブゾールに来る事が少なくなりました」
ふむ……。
確かに自分の食べたい物も食べられないのならば、こんなところにわざわざ来ないですよね……。
そういえば……。
「もしかしてと思いますが、アードフルさんの言っていた神学校もそうなのですか?」
「はい。確かに学生には階級による差はないですが、それでも学生全員が同じ物を食べているはずです」
「神聖国アブゾール……。終わっていますね」
カチュアさんは、とても嫌そうな顔をしています。
しかし、ラウレンさんも何も言い返せないみたいで、「アブゾル様がどう思っているかは別として、教会は平等が素晴らしいモノだと思っているのですよ。私もファビエに赴任するまではそれが当たり前でしたからね」と苦笑いを浮かべていました。
私達はパン工場で小麦を売りお金を貰います。
今度はそのお金で聖水を買わなくてはいけません。
「ラウレンさん。次は聖水を売っている場所に連れて行ってください」
「聖水を? 聖水ならばセルカの教会でも格安で売られていますよ」
「はい。実は……」
ラウレンさんに、セルカ周辺にできたダンジョンが原因で聖水が足りていない事。このままでは、教会も値段を上げかねない事を話します。
「そうですか。司教の……、いえ、今は聖女でしたね。ベック様はどうおっしゃっていたんですか?」
「はて?」
ベックさんが聖水の事を何か……。
言っていませんね。
「ベックさんにはアブゾルと話がしたいと言っただけですから、聖水の事は聞いていないです」
「そうですか……。それで、何本必要なのですか?」
「千本です」
「千!?」
ラウレンさんも千本と言われて困惑しているようです。
セルカの教会では大量に作れないと言っていましたが、アブゾールでならば可能でしょう。
しかし、ラウレンさんはいい顔をしません。
「うーむ。アブゾールの聖水工房でも千本は難しいかもしれませんね。在庫があれば千本用意できると思うのですが……。一度工房に行ってみましょう」
ラウレンさんに案内されて、アブゾールの北に位置する大きな池の近くの教会にやってきました。
「ここが、アブゾールで支給されている聖水を作っている工房です。いま、この工房の責任者に在庫があるかを聞いてきますから、少し、ここで待っていてください」
そう言うとラウレンさんは工房に入っていきます。
どうやら製作工程は秘密みたいですね。
しかし……。
「アブゾールは楽しくないところですね」
「まったくです。レティシア様を退屈させるなんて罪深い町です!! 滅ぼしましょう!!」
「カチュアさん……」
カチュアさんはいつも通り私の味方をしてくれますが、エレンはそんなカチュアさんを残念そうな目で見ています。
ここで、ジゼルが町の方を見て溜息を吐きます。
「しかし、アブゾールは閉鎖的な国だな」
「閉鎖的?」
「あぁ……。この町はアブゾル教の信徒の寄付や聖水の売り上げで成り立っているんだろう? だが、この国が閉鎖的なせいで、いつかは周りの国から無視される」
「はぁ……。確かに食事がみんな一緒とか気持ち悪いですから……」
食事も同じなんて、何を楽しみに生きているのでしょうね?
「いや、そうじゃないよ。別にこの国の連中が何を食っているかなんてどうでもいいさ……。だが、他の国から見ればどうだろう?」
「どうとは?」
「教会は聖水を特産品として売りつけてくるが、国の特産品は何も買わない。そうなれば、教会と取引を止めようとする国が出て来てもおかしくない。だからこそ、教会は聖水の作成方法を秘密にしているんだろうな」
「なぜですか?」
「アブゾル教を信じていない国からすれば、教会など聖水くらいしか価値がないんだ。そんな国が聖水の制作方法を知ったら、教会は必要なくなる。一気に弾圧が始まる危険性もあるだろうな……」
なるほど。
そう考えれば、危険ですね。
十分くらい待つと、ラウレンさんが工房から出てきました。
「千本用意できますか?」
「いえ、在庫を切らせているらしく、時間的にも無理と言われました。ただ、レティシアさんとお話がしたいとの事で、工房に入ってくださいとの事でした」
「へぇ……。忌み子ちゃんだけかい?」
「いえ、皆さんも一緒で構わないそうです」
「だが、聖水の製作工程は秘密なんだろう?」
「その事で話をするそうですよ」
はて?
何やら面倒な事を頼まれる気がしますよ?




