35話 グランドマスターの企み
「そうか……。お主も【神の眼】でベアトリーチェを見たんじゃな……」
【神の眼】を持つこの男ならば、グランドマスターの本名も知っているはずじゃ。
それに……、ワシも【神の眼】を持っているから、ラロが【神の眼】を持っておる事に気付いたが、ベアトリーチェは【神の眼】を持っておらん。おそらく、自分の名を知られているとは気付いていないだろう……。
「ベアトリーチェね……。やはり神だけあって【神の眼】を持っているのね」
「そうじゃな……。ベック、この二人にも茶を淹れてやってくれ」
「えぇ……」
ベックも茶化してはいけない雰囲気を察してくれたのか、素直にお茶を淹れてくれた。
ラロとタロウは席に着く。そしてラロはバハムート殿を凝視していた。
「ふぅん……。そっちの魔物はエレンちゃんの力に似た力を持っているのね。しかも、アブゾルと同じ精神体ね……」
『あぁ……。私の場合は後天的だがな。それにエレンに似た力と言うのは、元々は私はエレンの力の源だったからな』
「ふぅん……。まぁ、良いんだけどね……。グランドマスターも無駄な努力を続けているみたいだから、貴方も気をつけなさいよ」
『忠告はありがたく受け取っておくさ……』
このラロの様子……。
間違いなさそうじゃな。
「なるほどな。お主もベアトリーチェを疑っておるという事か?」
「疑うねぇ……。まぁ、疑っているというよりも確信していると言った方がいいかもしれないわね。グランドマスターはこの世界を自分の支配下に置こうとしている。彼女の性格は世間が知るよりもはるかに残酷だからね。不老とはいえ、ただの人間である私には到底受け入れる事ができないだけよ」
ラロがそう言うと、タロウも静かに頷く。
「へぇ……、性格が残酷ねぇ……。爺のいうベアトリーチェってグランドマスターの事なんでしょ?」
「そうじゃ。ベックは会った事があるのか?」
「えぇ、セルカの教会にも何度か来た方があるわね。奉仕活動と言って炊き出しなんかをしていたけど、なにか胡散臭かったのよね」
ほぅ……。
ベックは、罰のつもりで聖女に任命したのだが、中々人を見る目があるじゃないか。
ラロと言うのがベアトリーチェを疑っておるのは分かった。そして、この金髪の男が召喚された勇者タロウか。
話に聞いていたのとは随分雰囲気が違う様じゃな。
まぁ、【神の眼】を持つワシやラロの前では、何を企んでいようとも、無駄じゃがな……。
タロウの事は今はいい……。
「それで、お主はベアトリーチェ、いや、グランドマスターの事をどこまで視たんじゃ?」
「そうね……。彼女の種族が魔霊族という聞いた事のない種族だという事と、神族を恨んでいるという事くらいかしら」
なるほどの。
まさか、人間が【過去視】まで使用できるはな。
確かに、【神の眼】は珍しい特殊能力で、神族でも使える者はそうはいない。
しかし、このラロと言う男は【過去視】まで使っておる。そんな人間がいるとは驚きじゃ。
じゃが、その先にある【未来視】までは使えんじゃろう。神族である、ワシですら多量の神気を使わねば使う事のできない能力じゃ。
「それで? お主はワシに話があると言っておったが、なんじゃ?」
「そうね。教会をも動かせる神である貴方に聞くけど、教会を陰で操るグランドマスターを止めるつもりはないの?」
「なんじゃと?」
教会を操るじゃと?
そんな真似をベアトリーチェがやっておると言うのか?
いや、ベアトリーチェに精神操作を使う能力があるのは、ジゼルを見る限り間違いないじゃろう。
しかし、ワシを崇拝しておる教会を操ったじゃと?
「へぇ。操られてたのは、ファビエとエラールセあたりかしら? 剣姫ソレーヌの国もダメでしょうね……。後、今、一番怪しいのはマイザーかな?」
ベックもおかしいと気づいておったのか?
「マイザーはすでに教会に支配されているわよ。今は誰かさんに改造されたから少しはまともになっているでしょうけど、元々腐った王だったからねぇ。わざわざ精神操作なんか使わなくても、教会が力を持つなんて簡単な事よ。グランドマスターなら容易いでしょうね……」
なるほどのぉ。
ワシはこの世界が平和じゃと思っておったが、予想を遥かに超えて、危険な状態に陥っている様じゃな。
一度、サクラ様に報告を入れた方がいいかもしれん。
しかし、教会にはワシの神気が巡っておるから、精神操作などの効果は出ないはずなんじゃが、精神操作が効いているという事は、ベアトリーチェはかなり強力な神族になっている可能性もある……という事か。
「それで、お主の話の根幹は何なのじゃ? ワシに操られた教会を救えという事か?」
「そうね。教会に関しては、私はどうでもいいと思っているし、好きにしたらいいわ。私としては、貴方に忠告しておきたい事があるのと、聞いておきたい事があるのよ」
忠告か……。
確かに聞いておいた方がワシにとっても良いかもしれんな。
「まずは、グランドマスターの企みはさっき話した通りよ。だから、少しは警戒をしときなさいな。もし、私がグランドマスターの手の者だったら、貴方を殺す事は可能ではないかもしれないけど、痛手を負わす事は可能なはずよ」
「なんじゃと?」
「貴方はこの世界が平和だと言っていた。だけど、グランドマスターは、エラールセの学校でアブゾルに化けていたわ。仮面を被った青年としてね。それがどういう事か分かる?」
ふむ。
ラロの言う事が真実なら、良からぬ事を考えとるのは間違いないじゃろう。
「それに貴方に聞きたい事というのは、エラールセのギルド学校に勇者を送り込んだかどうかなのよ」
「勇者じゃと?」
「えぇ……」
ラロの話では、エラールセのギルド学校にレギールと言う名の、教会から来た本物の勇者と言うのがいたそうじゃ。
ベックにレギールと言う名に心当たりがあるか聞いてみたところ、知らないと言っていた。
教会が用意した本物の勇者ならば、セルカの司教であるベックが知らないのはおかしい。
「ベックが知らんと言っているなら、教会は関係ないかもしれんな」
「神はそいつには関係していないの?」
「あぁ……。ワシは、数百年の間、勇者を認定などしておらんし、ワシの知る限りは、前教皇が勝手に認定したタロウ以外に勇者を認定しておらんはずじゃ。少し待っておれ……」
ワシは枢機卿のアードフルに神託を降ろす。
すると、数分でアードフルが祈りの間にやってきた。
「お呼びですか。アブゾル様……。っ!? た、タロウ!! 貴様、どうやってここに!?」
アードフルはタロウを見た瞬間に、激昂して怒鳴る。
「アードフル。落ち着くんじゃ」
「し、しかし……、こいつは勇者を騙った大罪人です!!」
タロウは大罪人と言われても、何も言わずにただ座っているだけだった。その姿を見てラロが口を挟む。
「貴方が枢機卿のアードフル殿ね。確かにタロウは罪を犯した。けど、教会にタロウを裁く権利はないわよ。貴方達だってタロウやファビエ王の悪事を放置していたんだもの」
「放置だと!? 私達は……」
「知らなかったとでも言いたいのでしょうけど、そんな言い訳は通用しないわよ。組織が大きくなればなるほど、上に立つ者は下の行動をちゃんと取り締まる必要がある。それを分かっているの?」
「だ、黙れ……」
これはアードフルの負けじゃな。
タロウを勇者にしたのは、ファビエ王やグランドマスターであるベアトリーチェかもしれん。じゃが、前教皇が関わっていたのも事実じゃ。
「まぁ、そんなに責めんでやってくれ。教会の不祥事はワシにも責任がある」
「し、しかし……」
「そうね。これ以上責任の擦り付け合いは意味がないわ。アードフル殿、貴方に聞きたい事があるの」
「くっ……。な、なんだ?」
「エラールセにあるギルドの学校は知っているわよね」
「ギルド学校だと? あぁ、あの学校は有名だ。知らない方が珍しいだろう。まぁ、ギルド学校は神学を学ばんから、直接、教会が関わる事はないがな」
ふむ。
アードフルの言う通り、神官になろうと思えば、教会で神学を学んだり、アブゾールにある全寮制の神学校で学べばよい。
そこで、神聖魔法や神兵になるための訓練は勿論、どこに行っても生活ができるように、様々な技術を学ぶ。だからこそ、わざわざギルド学校に通う必要はない。
「そう……。では、聖女エレンを手に入れる為に、教会の勇者を送り込んではいないのね」
「勇者だと? 先ほどもアブゾル様が言っていたが、アブゾル様は勿論、教会が勇者を認定したという事実はない」
「そう……」
ラロは何かを考えておる。
確かに謎が深まるばかりだわい。
エラールセの学校に現れたレギールと言う勇者はいったい何者なのじゃろうな。




