34話 アブゾルの思惑
レティシアのお嬢ちゃん達と話を終えて、ワシは残されたバハムート殿と聖女のベックの三人で、ゆっくりとお茶を楽しむ事にした。
バハムート殿とは、数百年ぶりの再会だから、色々話をしておきたかったからな。
「それで? 爺の不安は解消された?」
ベックは、化粧を直しながらそう話しだす。
『不安?』
確かに、バハムート殿にはワシが不安に感じていた事は話していないからな。いや、そもそも、バハムート殿と会えるとは思っていなかったからな。
ベックには事前に話していたのだが、レティシアのお嬢ちゃんからは、得体のしれない何かを感じた。
しかし、実際に話をしたお嬢ちゃんは危険とは思えない子じゃった。
「まぁ、不安が解消されたのならいいわ。それよりも、さっきの話を聞いて、あんたに聞きたい事があったのよ。あんたは私を聖女にした以外は聖女にしていないと言っていたけど、数年前に聖女になってタロウに酷い目に遭ったと噂になった子がいると聞いたけど、それにはあんたは関わっていないの?」
数年前?
タロウが召喚される前の話なら、あの娘だろう。
「それは、先ほどまでここにいた、大司教であるラウレンの娘の事か?」
「さぁ、私は噂で聞いただけだから、どこの誰かまでは知らないわよ。ただ、タロウが勇者に任命される前に、勇者だと言われていた男性がいたでしょう? その聖女は勇者と一緒にいたと聞いたけど、アレはあんたが勇者と認定したんじゃないの?」
ふむ……。
数年前と言えば……。
思い当たる勇者はただ一人か……。
「確か、勇者アレスと言ったかの?」
「だから、私は名前までは知らないわよ」
アレスで間違いないはずじゃ。
確か、聖女マリテの幼馴染で恋人じゃったか?
彼らの事はよく覚えておる。
『アレスか……。アイツとはよく会うが、性格も良く、真の勇者に相応しい男だ。勇者タロウの性格が酷すぎた、というのもあるが、アレスは稀代の勇者と呼ばれてもおかしくない男だ』
「む? バハムート殿は勇者アレスに詳しいのか?」
『あぁ。レティシアと同じ、リーン・レイのメンバーだ。アレスは勇者タロウの【強欲】の力で勇者の力を奪われたんだ……。アレが無かったら、勇者アレスは世界の勇者になっていただろうな』
ふむ。
バハムート殿がそこまで言うのなら、よほど素晴らしい勇者なのだろうな……。一度会ってみたいものだ。
「なんだよ。この時代は勇者認定していないと言っていたけど、やっぱりしているじゃない」
「何を言うておる? ワシはそのアレスという若者に勇者認定などしておらんよ」
「なんでよ。そのアレスって人が勇者なんでしょ?」
「あぁ、勇者じゃな。じゃがな、そもそも勇者と聖女になる為の方法が三通りあるのじゃ」
「は? 三通りってなによ。そんなに勇者って簡単になれるの?」
「簡単ではないな……」
しかし、今の時代の司教達は、勇者になる方法を知らないのか……。
いや、神が認定するという事だけは伝わっておるのか……。
『そうか……。アレスこそが、 真の勇者なのか……』
「そうなるな……。そして、ラウレンの娘が真の聖女じゃ……」
「はぁ?」
やはり、バハムート殿は気付いたか……。
いや、ワシが認定していないと言った時点で気付いていたかもしれんな……。
それに比べてベックはワシ等が何を言っているかが理解できぬようじゃ……。
「ベックよく聞くがよい。先ほども言うたが、勇者と言う存在になるには、三通りの方法がある」
一つは勇者タロウのように、異世界から召喚され、ワシが勇者に認定し、力を得た者。
もう一つは、レティシアのお嬢ちゃんのように偉業を成した者。
先ほど、バハムート殿から、ゴブリン魔王……。偽物のベアトリーチェの部下だった機械兵の事を聞いた。
普通に考えれば、この世界で機械兵が暴れれば、国がいくつも滅びていた可能性が高かっただろう。
それを単独で倒したレティシアのお嬢ちゃんも、本来であれば民衆から勇者と呼ばれてもおかしくはない。
そして、最後の一つはそれこそ滅多に現れない。
清い心と強靭な精神、そして、勇者たる力。それ等全てを持つ者が、偉業など関係なく勇者となる。
聖女になる方法も同じだ。
この三種類の方法で勇者になった人物のそばにいる聖女の資質を持つ者が聖女となる。
レティシアのお嬢ちゃんの場合は、エレン嬢がそうじゃな。
「なるほどねぇ……。じゃあ、そのアレスってのにも神の加護をあげたら?」
「それは出来んよ。バハムート殿の話を聞く限り、すでに完成された勇者みたいじゃからな。そんな彼に、神の加護など必要ない。それに、彼はレティシアのお嬢ちゃんの仲間じゃろ?」
『確かにな。レティシアは、良くも悪くも自分の仲間に手を出されたら……、怒り狂うからな』
「怒り狂う? あの子が? 想像できないんだけど」
ベックの言う通りじゃ。
確かに、今日会ったお嬢ちゃんは、鬼神の力を持っているとはいえ、感情をあまり表に出すような子じゃなかったように見えた。
そんな子が怒り狂う?
「ワシも同じ気持ちじゃ。ワシとしては、ワシに何かあった時には、あの子にこの世界の管理を任せたいくらいじゃ」
これがワシの本心じゃな。
別に、あの子の強さだけを見てそう言っているんじゃなく、あの子は芯が強い。
他者の言葉に流される事もなさそうじゃし、悪しき者を打ちのめす力も持っておる。もしかしたら、ワシよりも神に相応しいかもしれんな。
『アブゾル殿……。それは危険な考えだ』
「なんじゃと?」
『あいつの性格の根幹は、憎悪と殺戮で形作られている。今はエレンやカチュア達がいるから無垢な少女に見えるだろうが、人を殺す事……。もっと言えば、アブゾル殿。今日のあんたの返答によっては、あんたが殺されて、この世界の教会と言う教会が滅ぼされていたかもしれないんだ』
「いや……。いくら何でも、それは言いすぎじゃないかい? あんたもレティシアちゃんの仲間なんだろう?」
確かに、ベックの言う通り言いすぎだとワシも思う。
ワシは【神の眼】を持つ神族じゃ。心に悪意のある者だったのならば、見破る事はできる。
『あの子からは悪意を感じなかった……とでも、アブゾル殿は思っているんだろうな。だが、それが勘違いだ。仮にエレンがタロウに殺されていた世界があるとして、その世界では、タロウを勇者に認定した教会は、レティシアにとっては敵でしかない。もちろん、あんたもな……』
「たらればなど意味のない事じゃが、もしそうなったらどうなっていたというんじゃ?」
『あんたは殺されていただろうな。それも惨たらしい方法でだ……』
「そ、そんな馬鹿な!?」
「そうよ。あんな小さな子が……」
しかし、バハムート殿から聞いたレティシアのお嬢ちゃんの過去は、聞くに堪えないモノじゃった。
バハムート殿自身もエレン嬢の力の源としてエレン嬢の中にいたから直接見たわけではないそうなのだが、レティシアのお嬢ちゃんの性格が作り上げられたエレンと出会う前の事は、あの鬼神の残留思念であるアマツから聞いたそうだ。
「酷すぎる……。あんなに小さいのに、そんな人生を歩んでいるなんて……」
ベックがレティシアに同情している。
ワシも気持ちは分かる。
「おい、爺。あんた、できるだけ長生きしろよ」
「急になんじゃ?」
「あの子はエレン達と楽しく生きてほしい。だから、神になんかにならせちゃダメだ」
ふむ。
確かに、ベックの言いたい事は分かる……。
ワシ等がレティシア達の事を話していると、この部屋に二人の男が入ってきた。
「ここは聖女以外立ち入り禁止よ」
ベックは二人を追い出そうとするが、二人はワシをまっすぐ見ている。
いや、金髪の男は腕を組み扉にもたれかかっているだけじゃ……。
しかし、もう一人の女のような男は……。
これは【神の眼】か!?
「あんたはセルカの教会の司教だったベックね。いつの間にか聖女になっていたのね。でも、私が用事があるのは貴女じゃないの……。その後ろにいるお爺さんに用があるのよ」
そうか……。
ワシの正体に気付いておるという事か……。
「お主等は何者じゃ?」
女男は、ワシを見下ろしながら「グランドマスターの手の者よ。私の名はラロ。それに、こっちの男はタロウよ」
タロウに……ラロ。
ベアトリーチェの命でワシを殺しに来おったか?
「神アブゾル。貴方に話があってきたのよ」
「話じゃと?」
「えぇ……。グランドマスターの事で話があるのよ」
ベアトリーチェの事か……。
今のところは敵意を感じぬから、話を聞いてもいいじゃろう……。




