33話 鬼神の眷属
結局のところ、ベアトリーチェの事はよくわからなかったですが、グランドマスターの事はよくわかりました。
しかし、同名ですか……。
ジゼルの話では、グランドマスターとベアトリーチェは敵対していたと聞きました。
敵対していたのは同族嫌悪?
同名なのが気に入らなかったのでしょうか?
それとも……。
まぁ、アブゾルもこれ以上は知らないでしょうし、今度はアブゾルの真意でも聞いておきましょうか。
「アブゾル。貴方に聞きたい事があります」
「なんじゃ?」
「先ほど、アードフルさんから、貴方が聖女を任命した事はないと聞きましたが、本当ですか? 嘘を吐いていませんか?」
「ん? 聖女認定はした事があるぞ。この隣の無礼な小娘もそうじゃが、過去には勇者も聖女も任命した事がある。今の時代はどうと聞かれれば、ベック以外には聖女を認定しとらんな」
過去にはした事がある……、ですか。
私が聞きたいのはエレンを欲しがっているかどうかです。しかし、アブゾルは大きく溜息を吐いて、話し始めました。
「本来はな……。今の時代には聖女なんぞ要らんのじゃ。このベックを聖女にしたのはこ奴を懲らしめる為じゃし、そもそも、国同士の小さないざこざがあるとはいえ、今、この世界は平和そのものじゃ。人類に害を成す強力な魔物がいるわけではないし、タロウにしてもそうじゃ。平和なのに、わざわざ神の加護をつけてまで、勇者を召喚などせんよ」
はて?
特殊能力じゃなく、神の加護があるのですか?
アブゾルがそう言うのであれば、タロウが持っていた特殊能力はアブゾルが授けたのでしょうか?
「タロウには、様々な特殊能力が付いていましたが、教会はアレを神の加護と言っていましたよ」
今では私達は特殊能力と呼んでいますが、元々は神の加護と呼ばれていました。いえ、教会内では今でも神の加護と呼ばれているでしょう。
「ふむ。まず間違いを訂正しておくかの……。勇者タロウが召喚された……、いや、これはタロウだけではなく、正規の手順で召喚されなかった者全てなんじゃが、そういった者達は、召喚された時に元々持っていた特殊能力に変異が起こる。大体は強力になる事が多く、タロウの場合は七つの大罪【強欲】として強化されおった……」
ふむ。
アブゾルも特殊能力と言っていますね……。
という事は、神の加護は別にあるのでしょうか?
「アブゾル。神の加護とは何なのですか?」
「ふむ。教会は特殊能力を神の加護と言っておるが、まったくの別物じゃ。そうじゃな……。神の加護と言うのは、一言でいうなら、神の力によって物事が上手く行く事じゃな」
「はい? 意味が分かりません」
「そうじゃな……。過去の前例じゃが、勇者に神の加護を与えたんじゃが、それほど強くもなかった勇者が魔王討伐の旅で一度も死ななかった……」
はて?
その言い方では、神の加護を持つ者は、死んでも生き返るみたいな言い方ではないですか……。
「なるほど……。運命をよい方向にもっていく力か……」
「そうじゃ。勇者には自動蘇生の能力をつけるんじゃ。これはなぜかというと、異世界から無理やり連れてきたり、強大な魔王と戦わせるという理不尽を少しでも緩和してやる措置なんじゃ。望んでもいないのに強力な魔物と戦わされて死んだらかわいそうじゃろ?」
「まぁ、そうかもしれないですね」
「じゃが、これは神の加護ではない。神の加護は、例えば死ぬか生きるかの怪我をするとするじゃろ? そんな怪我をしたら、怪我の具合にもよるが、死ぬかもしれんじゃろ? つまりは二分の一の確率で死ぬんじゃ。じゃが、神の加護を得た者は確実に生き残る方を自動に選択するんじゃ」
なるほど。
神の加護というのは、随分とずるっこいモノですね。
「まぁ、そういうわけじゃから、今現在、ワシが勇者を認定した事もないし、当然、こ奴以外は聖女の認定などしておらんよ」
ベックさんは顔を青褪めさせ「ふざけんじゃないわよぉ……」とブツブツ言っています。
私が思うに、結構いいコンビだと思うのですがね……。
「では、貴方は聖女であるエレンを狙ってはいないという事ですね」
もし、アブゾルがエレンを狙っていないのであれば、わざわざ敵対する必要はありません。
「ふむ……」
アブゾルは私達をジッと見ます。そして……。
「そもそも狙っても意味がない。その三人は、すでに鬼の眷属になっておる。特にエレン嬢ちゃんとカチュア嬢ちゃんに関しては魂の奥深くまで、お嬢ちゃんとの絆がしっかり根付いておる。だから、ワシが二人を手に入れようとしても、無意味で不可能じゃな……」
「はて? 鬼の眷属?」
「ん? 知らんのか? アマツ、眷属の話はしていないのか?」
「あぁ、私は残留思念だからな。レティシアが持っているのは私を原型にした力でしかないからな。眷属を持つ事ができると思っていなかったから、説明はしていない」
「そうか……。なら、ワシが代わりに説明しようかの」
アブゾルが言うには、眷属と言うのは神の使者の事を言うそうです。
つまりはエレンとカチュアさん、それにジゼルは私の使者なのですかね?
そもそも使者とは何なのでしょう?
そこを詳しく聞くと、深い繋がりを持つ人の事を言うそうです。
なるほど……。
眷属になったメリットとしては、精神操作などの他者の干渉を一切受け無くなるというのもあるそうですよ。
「ジゼルと言ったかの。お主だけは最近鬼の眷属になったようじゃな。最近までは精神操作……、いや、別の神の眷属に無理やりならされていた形跡がある。よく、その状態から正常に戻れたのぉ……」
ふむ。
一度でも神様の眷属になると、その状態から抜け出すのは難しいという事ですか……。
「いや、私は二度ほど死んでいる。戻れたとすれば、それが原因じゃないのかい?」
「いや、死んだとしても、眷属のと絆は消えやしないさ。死んだからと言って、魂にまで刻まれる眷属というモノは消せやしない。消せるとすればそうじゃの……、次元を超えた者に干渉された場合くらいじゃ……」
次元を超えた者ですか……。
「それは忌み子ちゃんでは不可能なのかい?」
「このお嬢ちゃんは強さこそ強力じゃが、神族としては、まだまだひよっこじゃ。眷属の絆を消し去ろうとすれば、強大な神気が必要じゃ。お嬢ちゃんでは、今は、そこまでの神気は操れんよ。そうじゃな……、例えば、神界の十二神と呼ばれた高位の神や、神王サクラ様などなら、できると思うがのぉ……」
「そ、そうか……」
ふむ。
ジゼルの態度を見る限り、ジゼルがサクラさんに会ったのは間違いないでしょう。
「要するに、グランドマスターやベアトリーチェがエレン達を手に入れても意味がないという事ですね」
「そうじゃな。むしろ、別の眷属に手を出してしまえば、痛い目を見るのはあちらの方じゃろうな……」
なるほど……。
「分かりました。ありがとうございます」
私は帰ろうと立ち上がります。
「む? もういいのか? ワシはもっと話がしたいのじゃが?」
「そうなのですか? ならば、話し相手に毛玉をあげましょうか?」
『おい。人を物扱いするんじゃない』
「人ではないでしょう?」
『お前……。かなり酷いな……』




