32話 魔霊族
「神族の事は分かりました。アブゾルには聞きたい事があるんです」
「レティシア嬢……。この御方は神なのだよ? 口の利き方は少し考えていただきたいのだが?」
アードフルさんは、私の口の利き方を注意してきます。しかし、別に私はアブゾルを崇拝している訳ではありませんからどうでもいいです。
「別に構わぬよ。このお嬢ちゃんも神の領域にもう入っておる。驚いた事に、他のお嬢ちゃん達も神の領域に入っておるな」
神の領域?
要するに不老という事でしょうか?
そういう事でしたら、私達四人とも不老になっているはずです。
「まぁ、そんな話はどうでもいいんです。私がここに来た理由は……、もう一人の神について聞きたかったのです」
「もう一人の神じゃと?」
「はい。神族の血を引くクランヌさんがそう言っていました。神は貴方以外にもう一人いると。そのもう一人はおそらくグランドマスターだと」
「な、なんだって!?」
アードフルさんやギナさん、ラウレンさんはものすごく驚いていました。
グランドマスターを怪しく思っていても、まさか神とは思っていなかったのでしょう。
「確か、ギルドのグランドマスターだったな……。確かに、あの銀髪を見る限り、神族である事は間違いないじゃろうな……。しかも、ワシが知る限り、一度死んでおるな」
「はい。先日ベアトリーチェという魔霊族に殺されたはずです」
「魔霊族じゃと?」
アブゾルの眉が少し上がります。
「誰が、そのベアトリーチェを魔霊族と言ったんじゃ?」
「私だ」
アマツが私の前に立ちます。
「確かにお主が本当に鬼神だったのなら、魔霊族を知っていてもおかしくないじゃろう……じゃが……」
「なんだ? 信じていないのか?」
「そのなりではのぉ……。鬼神の恐ろしさを聞いておるワシとしては、とてもじゃないが信じられんのじゃ」
確かに、今のアマツはかわいらしいぬいぐるみです。その姿からは威圧感も威厳も何もありません。
「まぁ、アマツのいう事を信じたとしてもじゃ……、魔霊族は神族達にすべて滅ぼされたはずなのじゃが……」
アブゾルの話では、魔霊族は神族に恨みを持っていて、今から数百年前に神界で反乱を起こしたそうです。
しかし、魔霊族がどれほど強かろうと、神王サクラという人の前では無力でしかなく、サクラさんと共に戦った人達も圧倒的な強さで、魔霊族は手も足も出なかったそうです。
「あの時に魔霊族はすべて滅ぼされたと聞いたが、あ奴以外に生き残りがいたんじゃな……」
あ奴以外?
「あ奴とは誰の事ですか?」
「お主等が、グランドマスターと呼ぶ者じゃ。あ奴の真の名はベアトリーチェ。お主が戦ったベアリーチェが偽物なのじゃ。まぁ、同じ名の可能性もあるがの」
はて?
「貴方は、私が黒髪のベアトリーチェと戦ったのを知っているのですか?」
「まぁな。ワシには【神の眼】という特殊能力がある。この【神の眼】にはいくつかの能力があってな。そのうちの一つに【過去視】という能力がある」
「過去を見るんですか」
「覗きに使い放題だな。この変態爺め!!」
「お主……。大概にしとけよ……」
今まで黙っていたベックさんが、いきなり悪態をつきます。
しかし、ベックさんとアブゾルは仲がいいですねぇ。
「ところで、どこまでの過去が見えるんですか?」
「そうじゃな。見えると言っても、お主が印象強く思っている事以外は見えんのじゃ……。例えば、怒りの感情や、戦闘している光景が見えるくらいじゃの。それ以外は何も見えんから、安心すると良い。まぁ、仮に見えたとしても、見る事を禁止されておる」
「禁止? 誰にですか?」
「神王サクラ様じゃ」
またその名前ですか。
ジゼルもそのサクラさんという人に会った事があるみたいですし、私も一度会ってみたいですね。
「アブゾル。【過去視】で見たベアトリーチェに見覚えは?」
「いや……。ないな。ただ、本物のベアトリーチェの顔によく似ておるな。ベアトリーチェの顔は、なぜか傷だらけになっているようじゃがな」
なぜか?
グランドマスターは、冒険者をしている時に仲間から傷つけられたと言っていましたね……。
はて?
何かおかしくないですか?
「そういえば、グランドマスターは魔霊族なのに、なぜ生かされているのですか?」
「別に神族が、魔霊族をすべて滅ぼそうとしたわけではない……。確かに魔霊族のほとんどが神族に恨みを持っていたが、ごく少数生き残りがいたと聞く。ベアトリーチェは魔霊族の最後の生き残りと思われる者の子供。別に悪意のない子供をサクラ様も無理に殺したりはしないさ」
ふむ。
アマツの話では、ハーフであれば神気を発すると言っていました。しかし、今の話ではグランドマスターは純粋な魔霊族みたいです。
ううむ……。ますます謎が深まりました。
「アブゾル。グランドマスターはいつから生きているのですか?」
「うーむ。ワシよりは歳が下じゃと思うが、「当たり前だろ!? 爺、鏡見た事あんのかよ!!」……、少し待っていておくれ」
アブゾルはそういってベックさんの頭を思いっきり殴ります。
「今、大事な話をしておるんじゃ!! 黙っておれ!!」
「ぐぬぬ……」
ベックさんは頭を押さえて、しゃがんでいます。
「さて、話を戻すが、バハムート殿と初めて会った時はまだ生まれてなかったはずじゃ。じゃが、ベアトリーチェがこの世界で冒険者をやっていたなどとはワシは知らんぞ?」
はて?
グランドマスターは冒険者じゃなかった?
ならば、あの話は一体何なのですか?
「ところで、もう一度聞きますが、黒髪のベアトリーチェに見覚えは?」
「ない。じゃが、あ奴が神族というのであればクランヌ殿にも感知できるはずじゃ」
「そういえば、クランヌさんとは会った事があるんですよね?」
「あぁ。彼が若い頃に一度会っておる。彼は当時から正義感のある少年でな。魔王などと呼ばれておるが、彼こそこの世界の王にふさわしいと思っておるよ」
「この世界の王?」
「あぁ……。時代時代に必ずと言っていいほど、世界を統べる資質のある王が生まれる。この千年間、何人もそんな王が生まれて世界を統べた。しかし、今の時代は平穏。そんな時代に世界を統べる資質を持つ王が二人も生まれるとは思わなかったぞ」
二人?
ジゼルはもう一人が誰かすぐに思いついたみたいです。
「もう一人はグローリア陛下かい?」
「そうじゃ……。クランヌ殿が平穏の王だとするのなら、グローリア殿は戦乱の王じゃな。この二人がいるから、ワシはあまり動かなくていいのじゃ」
ふむ。
では、教会はいらないのでは?
そう言ったら、アードフルさん達から強く抗議されてしまいました。




