18話 司教ベック
ベックさんは、教会の人間とは思えないような格好をした女性でした。
法衣の下に着た洋服は、胸元が大きく開き、大きな胸の谷間を見せつけるような格好をしています。
ムカつきますねぇ。見た感じ、シルビアさんよりも大きな胸でした。
……もぎ取ってあげましょうか。
私がベックさんの胸をジッと見ていると、ジゼルが「目の毒だよ」と私の目を手で塞ぎます。
はて?
なぜ見えないように隠すのでしょう?
ジゼルは「ベック司教。忌み子ちゃんの教育に悪い。服を直してくれないか?」注意しています。
ベックさんは「そ、そうね……。ごめんなさい」と言い、服を直すような音が聞こえました。
ベックさんが服を直したらしくて、ジゼルも手をどけてくれます。
あぁ……。大きな胸が見えなくなってしまいました。
「き、君がレティシアだね。それに君は魔導王ジゼル、初めまして」
随分と緊張しているようですが、何を緊張しているのでしょうか?
それに……。
「ベック司教、何か悪い物でも食しましたかな?」
レウスさんは、呆れたような、少し奇妙な目でベックさんを見ています。
その視線を受けて、ベックさんはぎこちない笑顔で「酷い事を言うわね、レウス。わ、私は司教としてお客様に対応しているだけよ」と震えた声で言い返していました。
ふむ。
レウスさんは、ベックさんの事を気難しい性格と言っていました。
しかし、目の前にいるベックさんは私達を気遣っているように見えました。
「話を始める前に、一ついいかな?」
「なに?」
「君はそんななりだが教会の司教だろう? 勇者タロウ召喚の事については、君だって思うところがあるだろう。何か文句の一つでも言わないのかい?」
まぁ、当然と言えば当然ですよね。
レウスさんだって、ジゼルを見た瞬間に文句を言っていました。教会関係者からすれば、タロウを召喚したジゼルを許せないと言う感情を持ってもおかしくないかもしれませんね。
ですが、ベックさんからは意外な言葉が出てきました。
「勇者タロウ? あぁ、顔はいいけどクソがつくほど女好きの男でしょう? しかし、何を言う必要があるの?」
「なんだって?」
「貴女も知る通り、魔族が原因の事件というのは各地で起こっているわ。だからこそ、ファビエや魔族を快く思わない者が勇者を欲する事に何の違和感もないもの……」
ふむ。
確かに言いたい事は分かります。
ジゼルもそう思ったのか、何も言いません。
「だってそうでしょう? ネリー姫は最初からタロウを否定していたと聞いているけど、ファビエ国民はどうだったかしら? 召喚した当初は、ファビエ王と共にタロウをもてはやしていたじゃない。私はタロウと直接会った事はないけれど、ファビエの人達のそんな態度が彼を増長させたとは思わないの?」
私もタロウが召喚された直後から知っていませんから、どうしてあんなカスになったのかは分かりません。
しかし、レウスさんは納得していないみたいです。
「しかし、ベック司教」
「レウス神官長。貴方も何もわかっていないわね。もし、タロウが問題だと思ったのなら、なぜ教会もタロウの排除に動かなかったの? 各地で被害が出ているのは知っているけど、それでも教会は動かなかったでしょう? それともアブゾールの僧兵達は動いていたの? 少なくとも私は何も知らないわよ」
タロウの行動を咎めないですか……。確かに教会がタロウを邪魔だと思っているのなら、もっと早くに殺しても良かったはずです。
しかし、教会は動こうともしませんでした。
そう考えれば教会というのも胡散臭いものですね。
「へぇ……。教会にも、そういう考えの者がいるとは驚いたよ」
「そう? だって、教会の名を使って犯罪行為を起こす者なんていくらでもいるじゃない。現にテリトリオの神官長がそうだったでしょ? 彼が原因で、テリトリオの領主は殺されたのよ。テリトリオが滅んだのだって、神官長が原因じゃない。ファビエの神官長や司教だってファビエ王から金銭を受け取っていたわよ。これは犯罪じゃないの? 教会は、国からの忖度は受けてはいけないと教典に書かれているはずよ」
「た、確かにそうですが……」
「でも、勘違いしないでね。別にレウスに考えを変えろと言っているわけじゃないのよ。ジゼル達が行った行為の結果、不幸になった人達がいるのもまた事実ですもの。許せと言っているわけではないわ」
ふむ。
思ったよりも、まともな事を言える人のようです。その証拠に、レウスさんも黙ってしまいました。
「それで? わざわざ、司教である私に会いに来た理由は?」
「あぁ、神聖国アブゾールに入国したいんだが、信徒にならずとも、入国できる方法はないかい?」
ジゼルもかなり無理があると思っているのか、言いにくそうにしています。
ベックさんもそれを聞いて、即答してきました。
「無いわね。レティシアさんは知らないと思うけど、ジゼルさんが噂通りの人物であれば、自分がどれだけ無理を言っているのかが分かるでしょう?」
「そうだね。ただ、忌み子ちゃん……が、どうしてもアブゾル神と話をする必要があるそうでね、無理を承知に聞いているんだよ」
「そうだね。少し待っていてくれるかな?」
ベックさんはそう言って俯き、ブツブツ言っています。
おそらくですがアブゾルがそこにいて、話をしているのでしょう。
「忌み子ちゃん。彼女は何をしているのだろうね?」
「アブゾルと交信でもしているんじゃないですか? 僅かにですが、神の気配……、いえ、神気を感じます」
アブゾルと思われる神気には、教会に入った直後から気付いていました。
もしかしたら、私の中にあるアマツの何かに気付いてここに現れたのかもしれませんね。
「なに? すると、彼女は神と話をしていると言うのか?」
「分かりません。もしかしたら、一方的にアブゾルが話しているだけかも知れません」
しかし、たまに怒った顔をしていますから、話をしているのかもしれませんね。
「そうか。では、今は大人しく待っているとしよう」
「はい」
五分ほど待つと、ベックさんは疲れた顔で顔を上げました。
「待たせたわね。アブゾル神が、アブゾールへの入国を許可しているので、問題ないはずだわ」
はい?
入国できるようになったのですか?
「私達としてはありがたいが、あまりに突然に決まったな」
「アブゾル様は早くに貴女達に会いたいみたいよ」
早く会いたい……ですか?
そう話すベックさんの顔が物凄く悪い顔になってしまいます。
「なにやら、邪悪な笑い方をするね」
「そうかしら? あ、一つ確認してもいいかしら?」
「なんだい?」
「アブゾールまではどう行くつもりなの?」
「……」
ふむ。
転移魔法で行くのもいいのですが、フィーノの村の時のように、私が先行して……と思ったのですが、ジゼルは首を横に振ります。
ジゼルは私が倒れると思っているのでしょうね。
では、どうやって行きましょうか?
「もし、移動手段がないのであれば馬車を手配するわ。アブゾールまでは結構な長旅になるけど、快適に過ごせる馬車を用意するわね」
「なぜ、そこまで高待遇なのかな? 何かを企んでいるのかい?」
ジゼルがそう聞くと、ベックさんは笑い出します。
「企んではいないよ。交渉しただけよ」
神と交渉したのですか……。
このベックという人は、思ったよりも曲者かもしれませんね。




