17話 神の困惑
ワシはこの世界を管理する神族でアブゾルじゃ。
この世界は比較的平和で、ワシがあまり表に出る必要もなかった。
まぁ、ワシはそんなに強い神ではないから、この世界を任されたのかもしれんな。
強くない神とはいえ神族じゃから、特殊な能力は持っておる。
ワシには【神の眼】という、神族の中でも一部の者だけが扱えるというとても珍しい能力じゃ。
ワシは【神の眼】で教会に入って来る者を監視する。もし、悪事を働こうとする者がいるのならば、神託を使ってその物を排除するのじゃ。
さすがに世界各国にある教会全ては見れんが、司教以上の者がいる教会は常に監視しておる。
セルカという町の教会から嫌な気配を感じるな……。今日はこの教会を監視するとしよう……。
しばらく教会を見ておると、二人の人間の少女が入ってきた。
一人は見た事があるな……。
アレは、ワシの失態の一つである勇者タロウの召喚に関わった者か……。確か魔導王ジゼルと言ったか?
見た目は若いが、もうすでにワシ等の領域に入っておるな……。
そして……もう一人じゃ……。
な、なんじゃアイツは!?
人の身でありながら、強力な神気を発しておる。
クラスが【神殺し】【鬼神】じゃと!?
鬼神と言えば聞いた事があるのが、アマツか!?
なぜアマツの持っておった特殊能力と完全に一致する能力を持つ者がこの世界に!?
ま、まさかと思うが、サクラ様が不甲斐ないワシに送り込んだ神なのか!?
いや、それはない……。
純粋な神族であれば、神族である私が気付くはずだ……。となると、彼女は人間?
ば、馬鹿な……。
ただの人間にアマツの力が宿っておるのか!?
どちらにせよ、一度会ってみる必要がある。もしもの時はサクラ様に救援を頼まなくてはいかんからな……。
ワシは早速、この教会の最高責任者である司教に神託を授ける事にした。
しかし、鬼神の事が頭によぎり、ワシも冷静ではなかったようじゃった。
ワシは司教室にいた若い女に声をかける。
神たるワシの言葉はそのまま神託となるのじゃ。
『おい、おい。聞こえるか?』
「なに? この部屋に誰もいないのに声が聞こえてくる」
こ奴……、司教だというのに、神託の事を知らんのか?
まぁ、良い。もう少女達は教会に入ってきておるからな、時間がない。
確か、この司教の名はベックという名じゃったか?
『セルカの司教、ベック。お主に神託を授ける。今から面会する予定の少女二人に、アブゾールへ行くように伝えろ。教皇や枢機卿にはワシから神託を授ける』
「は? ってか、あんたなんなのよ!?」
え?
こ奴、神託を知らぬのか?
『お、お主はそんななりじゃが、司教じゃろう!? こうやって神託を送っておるのじゃ、ワシが誰か安易に想像できるじゃろうが!?』
「し、神託? ま、まさか……アブゾル様?」
『そうじゃ!! そもそも神託を授ける事ができる者など、ワシしかおらんじゃろう!?』
ベックはとても戸惑っておるようじゃ。
いや、司教とはいえ、神託を受けた事がある者は大司教の称号を得る事ができる。それくらい稀な事なのじゃ。だから、戸惑うのは当然じゃろうな……。
「そ、そんな……。私の中のアブゾル様は……イケメンで素晴らしい方だったのに……。声が爺じゃん……」
……はぁ?
今ワシを爺と言いおったか?
いや、確かにワシの見た目は爺じゃ。じゃが、そこになぜ驚く事があるのじゃ?
教会には、ワシの姿はそのまま伝わっているはずじゃ。
そもそも、こやつは本当に司教か?
『お主……。なかなかのクソ聖職者じゃの。そもそも、どうやって司教になったんじゃ?』
「だ、だって……。親父が司教だったから、教育だけは受けているのよ……」
親が立派で、教育を受けたから、仕方なく司教になったという一番駄目なパターンじゃ。
『そもそも、ワシの神像はワシの姿そっくりだったはずじゃが……。おぬしは何を見てそう思ったんじゃ?』
「も、もちろん想像よ!!」
『こ、こやつ……』
そ、想像力が豊かな小娘じゃ。
なぜこんなのが司教なんじゃ?
いや、このままでは話にならん。時間もあまりないから、強硬手段に出るとしよう。
『どちらにせよ、今から会う少女に失礼な事をするなよ。もし、お主が余計な事に言ったら、お主に神罰を下すからな』
「な!? わ、私は冒険者ギルドのシンマスターからの要請を受けただけなのよ!? どうして、私に神罰なのよ!?」
こ奴、普通に反抗してきおったぞ!?
『だ、黙れ!! ワシは神じゃぞ!! お主は司教じゃ、神託通りの話をすればいいんじゃ!!』
「ふ、ふざけるんじゃないわよ!!」
くそっ。
本当にクソ聖職者じゃ。
しかし、時間はない……。
『わ、分かった。これが上手くいったら、お主をアブゾールに栄転させてやる。アブゾールの司教にしてやるぞ?』
これ以上にアブゾル教の信徒の中で栄誉な事はないはずじゃ。
なにせ、アブゾールの司教という立場は、一国の王に匹敵するほどじゃからな。
しかし、小娘は……。
「そ、そんなの嫌よ!?」
『え? 嫌なの?』
「だってそうじゃない。セルカの町にいるから、好きにできるのであって、アブゾールに行ったら、結婚すら難しくなるじゃない!?」
け、結婚!?
シスターの中にも結婚する者もいるが、大体は未婚が多いのじゃぞ?
こ奴は司教だというのに……。
『お主……。本当にクソ聖職者じゃな……。まぁ、いい。お主の希望に沿うような神官をセルカの教会に送ってやる。だから、今はワシの言う事を聞いておけ』
「そうなの!? それだったらいう事を聞くわ」
こ奴……。
最悪じゃ……。
『本当に現金じゃのぉ……。まぁ、良い。ここに来る少女の事を聞いておるか?』
「え? シンマスターからは、気難しい少女とは聞いているけど……。誰なの?」
誰か……か。
確かにワシもよく知らぬが、【神の眼】で見た情報によると……。
『レティシアという少女じゃ』
「な!? そのレティシアって、テリトリオの教会を滅ぼしたんじゃ!?」
『え? ワシその話、初めて聞いたんだけど……』
ちょっと待って……。
テリトリオと言ったら、クソ神官ばかりいた教会だったよね?
確か、テリトリオは魔物の襲撃で滅びたと聞いておったが……。
レティシアという少女が滅ぼした?
もしかして、今そんな危険な子がここに来てるの?
そんな子がワシに会いたがっておるの?
もしかして……、やばくない?
『あ、やっぱりアブゾールに来るように言わなくても……』
「いや、言うわよ。神様ともあろう者が一度言った事を覆さない方がいいと思うの」
こ、こ奴……。こんな時だけ、正論を言いおって……。
『お、お主……。かなりいい性格しておるの……』
「き、来たみたいよ……。よく考えたら、あんたが直接レティシアと話せばいいじゃない」
『ついに神に向かってあんたと言いおったか……。お主、本当にいい性格じゃの……。少なくとも、信徒でないレティシアにはワシの声は届かん。だから、お主に託したぞ』
「糞爺め……」
『お主……めちゃくちゃじゃな……』
こ奴最悪じゃ……。
神に向かって糞爺と言いおった……。
こんなのが司教なんて、本当にセルカの教会は大丈夫なのか?




