7話 罪の意識
「ちょっと待ってください」
なにか忌み子ちゃんが気になる内容でもあったか?
いや、鬼神の力を持つ忌み子ちゃんなら、気になる内容しかないだろう……。
「何かな?」
「今までの話を聞く限り、貴女は数十年間の記憶が無かったのですか?」
「記憶がないか……。それは少し違うかもしれないな。意識がなかったと認識していた数十年間も、私の記憶は存在している。だから、記憶を失っているわけではないよ。そうだね。分かりやすく言ってしまえば、二重人格に近いかな?」
そうだ。
私ではない人格があると考えた方が、あれほどの酷い事をしていたとしても納得できてしまう。いや、そう考えれば少しは楽になるか?
「では、貴女が私と戦った時……。魔神になった時はどうだったのですか?」
「あの時の私は正気だったさ……。いや、実際はどうだったんだろうな。自分で自分を制御できていなかったし、魔神の力を求めたのは、ベアトリーチェを殺すためだった。その為の手段を選んでいなかったのも事実だ。その結果、ファビエを滅ぼす結果になったし、タロウ達を利用して、君達や教会に甚大な被害を与えたのも事実だ。それに関しては言い訳する気はないよ」
実際に、大罪に体を与えたのも、タロウ達を忌み子ちゃんに嗾けたのも私の意志だ。
だから、命を持って罪を償えと言われるのならば、喜んで命を差し出そう……。
「そうですか? しかし、貴女の話は矛盾が多すぎます」
「何がだい?」
矛盾?
確かに精神操作をされていたのを考えれば、私の話には矛盾点が出るだろうが、鬼神の話はまだしていない。だから矛盾に感じる事など……。
「貴女が憎んでいるのはグランドマスターであり、ベアトリーチェは協力者だったのではないのですか? それなのに、ベアトリーチェを倒す為に魔神を取り込んだのですか?」
ん?
忌み子ちゃんは何を言っている?
私が警戒して憎んでいるのは、精神操作をしたと思われるグランドマスターだ。しかし、ベアトリーチェという思い出せない女を倒す為に魔神の力に手を出した。
なに?
私は何を言っている?
私は精神操作されていて……。
(君の意志ではない事も私達は知っている)
いや、生き返らせたのがあの時の少女なら……。
「神々の王か……」
「はい?」
「いや、こちらの話だ……。忘れてくれ……」
「分かりました」
しかし、気になる事もある。神々の王が私の精神操作を解いてくれたとして、なぜ私を生き返らせた?
まさかと思うが、私に真実を忌み子ちゃんに話させるためか?
「まぁ、いいです。貴女が精神操作されていたとしても、貴女が姫様の大事なファビエの国民を皆殺しにした事実は変わりません。精神操作が言い訳にならない事は分かっていますよね?」
「それは当然だ。ネリー姫もエラールセで責任を取るために処刑されたのを知っている。相手が死んでしまっていては、謝罪したくても叶わないし、謝罪したところで許されないのもわかっているさ」
それだけの罪を犯したんだ。
謝って許されるわけがない。
「姫様はセルカにいますよ? セルカでレッグさんと仲良く冒険者をしています」
「なに?」
ネリー姫が生きている?
どういう事だ……。ファビエをエラールセに属しようと考えたら、王族であるネリー姫は邪魔なはずだ。グローリア陛下がそれを見逃すとは思えない。
なぜ、ネリー姫が生きている?
いや……。そういう事か。話が読めてきたぞ。
グローリア陛下は、ネリー姫を惜しいと思ったのかもしれないな。だから、身代わり人形でも使ったか?
忌み子ちゃんがいれば、魔法でごまかす事も可能だったであろう。
それに、ネリー姫を処刑した場合、忌み子ちゃんが逆上して敵になる可能性もあった。エラールセは、それを事前に防いだのか……。
「そうか。ネリー姫はセルカにいるんだな……」
「何を考えています?」
「そうだな……。君に居場所がバレたんだ。ネリー姫が生きているのなら、謝りに行くのが筋だ。それで、ネリー姫が私を殺すというのであれば、甘んじて受けよう」
そんな事で償いができるなんて思っちゃいないが、私ができるのはそれくらいだ。
「分かりました。姫様の下に私が責任を持って連れて行きましょう。しかし、それよりも気になる事があります」
「気になる事?」
「なぜ、私にアマツの力があるのですか?」
「あぁ、そうだね。君にとっては一番気になる部分の話をしよう……」
五十年前。
私はアマツの細胞を被検体十四号に埋め込んだ。実験に使った彼女には名前がなかった。
彼女はベアトリーチェが連れてきた実験用の人間だった。ベアトリーチェは彼女を奴隷だと言っていた。
私は非人道的な実験と知りつつ、アマツの力を得るために、人体実験を繰り返した。
アマツの細胞は三十人の色々な種族に埋め込まれた。実験体の中には魔族、獣人、そして神族までいた。
しかし……。
「アマツの細胞を埋め込んだ被検体のほとんどが死んだか……。生き残っているのは十四号のみ……。しかし、彼女にアマツの能力は使えなかった……。やはり、この実験は無駄だったのか? 神の力は人如きには使えないという事か?」
被検体十四号が死ななかったのは、運よくアマツの細胞が彼女に適合したのか……。
しかし、被検体十四号が死ななかったとはいえ、アマツの能力は再現できなかったわけだ……。
私はこの事をベアトリーチェに報告する事にした。すると、ベアトリーチェは被検体十四号に子供を産ませろと言ってきた。
親に埋め込んだ細胞の能力が、子に遺伝する?
そんな話は聞いた事がないが、ベアトリーチェには色々と世話になっている……はずだ。
この研究所の資金を提供してくれているのは……グランドマスター?
くっ……。最近は記憶が安定しない。
「どちらにしても子に能力が遺伝すれば、グランドマスターを殺す事ができるかもしれん……。そうなれば、私のこの記憶操作も解けるだろう……」
私は、被検体十四号に子を産ませる事にした。
生まれた子は金色の髪の女の子だった。
彼女の名をレイチェルと名付け、七歳になるまで育てた。しかし、彼女にもアマツの能力は発現する事はなかった。
「やはり、無理だったか。いや、これで良かったかもしれない」
私は内心ホッとしていたのかもしれない。思っていたよりも、レイチェルに情が沸いていたようだ。私にも人の心があったのか、この子をグランドマスターを殺す為の道具にしたくはなかった。
時期が来れば、ベアトリーチェには、レイチェルは死んだと偽って、エラールセの孤児院にでも入れて逃がすつもりだった。
だが、私の計画は彼女自身によって崩されてしまった……。




