35話 ケンの決意
エスペランサに戻った俺達は、眠るレティシアをエレン達に託し、一人で城内を歩いていた。
今後の事……。
俺は今、とても迷っている……。
冒険者として今まで通り自由に生きていくか……、それともエスペランサに戻るか……だ。
エスペランサは俺の故郷だ。そして、この国には大事な奴もいる……。
俺もシーラも戦災孤児だった。
エスペランサは人間達の国と国交を結んでいるが、それをよく思わない魔族も多くいる。そして、魔族の国はエスペランサだけではなく、他にもある。
俺とシーラの親は、他の魔族の国との戦争により、命を落とした。
しかし、親を失った俺達でも、孤児院でそれなりに幸せに暮らしていた。
昔は、俺もシーラと同じで、四天王に憧れていた。当時からの四天王、マジック様に憧れていた。
そんな四天王に憧れていた事もあり、子供の頃の俺は、将来四天王になるためにとゴブリンを狩りに行っていた。
普段はエスペランサ軍の兵士達についていったり、たまに来る人間の冒険者と共にゴブリン退治をしていた。生まれつき魔力が高かった事もあり、何でも一人で出来ると思い込み、一人でゴブリン退治に出かける事もあった。
エスペランサの近くの平原にゴブリンの発生ポイントがある。俺は毎日、特訓と言い、そこでゴブリンを狩っていた。
当然、シーラは俺を止めていたが、ゴブリン退治は俺にとっても特訓になるし、ゴブリンの素材を売る事で孤児院の為になっていると思っていた。
ある日、いつも通りゴブリン退治をしていたのだが、俺の目の前にゴブリンの上位種のゴブリンジェネラルが発生した。
ゴブリンの発生ポイントで、たまにゴブリンのワンランク上のホブゴブリンが発生する事はある。
上のランクとはいえ、ホブゴブリン程度なら、当時の俺でも無理をすれば勝てた。
しかし、ゴブリンジェネラルはホブゴブリンよりも更に一つランクが上の魔物だ。
子供である当時の俺がゴブリンジェネラルに勝てるわけがなかった。しかし、俺は逃げなかった。
俺はボロボロになりながら、ゴブリンジェネラルに向かっていった。だが、調子に乗った子供に奇跡が起きるわけがない。
俺はゴブリンジェネラルにボコボコにされ、殺される寸前だった……。
ゴブリンジェネラルが俺にとどめを刺そうと、武器を振り上げた瞬間、ゴブリンジェネラルが吹き飛んだ。誰かが助けてくれた。
俺を助けてくれたのは、仮面をつけた金髪で大きな体の男の剣士だった。
剣士はゴブリンジェネラルを一撃で殺し、俺の頭を撫でた。
「坊主。いくら自分に自信があったとしても、無茶は駄目だ。今度から、冒険者についてゴブリン退治をしろよ。一人は駄目だ……。もしもの時に助けを求められない。助けを呼ぶのはかっこ悪い事じゃないんだ。おっさんとの約束だぞ?」
剣士はそう言って、俺を孤児院まで連れて帰ってくれた。
孤児院に帰ると、ボロボロになった俺を見て、シーラが泣いた。園長先生達も俺を叱りつつ、泣いて心配してくれた……。
俺は自分の無力さを思い知らされた。
そして俺は……。
冒険者になると心に決めた。
俺は、城の小さな部屋を一室借り、連絡用の魔宝玉を手にする。
やっぱり筋は通さねぇとな……。
『どうした? お前が魔宝玉を使って報告とは珍しいな……』
「まぁな……。ギルガの旦那……。……話がある」
『話? また、レティシアが何かやったのか?』
「まぁ、その事も今から報告する……」
俺はゴブリン魔王の事などをギルガの旦那に説明する。すると、ギルガの旦那はため息を強く吐く。
『やはり、レティシアが別の国に行って、何も起こらないわけがなかったか……。まぁ、エスペランサの危機を救ったのであれば……文句は言えないがな』
「あぁ……」
『ケン。何かを悩んでいるな。話とは何だ?』
「あぁ……、実はな……」
俺はギルガの旦那に今の気持ちを話す。
『そうか……。お前がそう決意したんなら、オレは何も言わねぇよ。ケン、これだけは言っておく。お前は冒険者だ。今のオレ達は指名依頼で忙しいが、本来冒険者は自由だ。お前が冒険者を続けるのも、エスペランサに戻るのも、お前の自由だ。しかし、お前がどちらを選んでも、オレ達との繋がりが無くなるわけじゃない。だから、そんなに悩まなくてもいいんじゃないのか?』
「し、しかし……」
冒険者になってから、レッグ達やギルガの旦那達には随分と良くしてもらった。
それに俺自身が迷っている部分もある。
「その事ですが、既に手回しは出来ていますよ?」
「な!?」
気付いたら、レティシアが横に立っていた。
「お、お前、起きていたのか!? いや、それ以前に、どうしてここにいる!?」
「はい。紫頭と一緒に、報告しに来いとブレインにそう言われたので呼びに来ました」
「そ、そうか……」
レティシアは涼しい顔をしている。今の話を聞かれたか?
いや、手回しがどうとか言っていたな……。
『レティシア。手回しとは何だ? ケンの決意に反する手回しじゃないだろうな……』
「あ、ギルガさん。こんにちわ……。もう夜なのでこんばんわですか?」
『おぅ。そっちでも随分と暴れたそうじゃないか。体に異常はないか?』
「はい。大丈夫です。それよりも紫頭がエスペランサの四天王になったとしても、問題ないですよ」
問題ない?
確かにリーン・レイには俺がいなくても問題は無いだろう。
俺の強さは、レティシアを除いても最強ではないし、魔族だからな。いない方がいいかもしれないな。
「手回しの話なのですが……、ブレインと約束をしましたし、お願いもされたので問題ないです」
『約束? お願い?』
やはり、裏取引をしていたか……。
「まずは紫頭がエスペランサの四天王になっても、リーン・レイとは気楽に連絡を取り合ってもいい、という事を約束しました。そして、ブレインからは、紫頭とクランヌさんを含む、エスペランサ上位陣を鍛えるというのお願いされました」
「な!?」
ブレイン様は何を考えているんだ!?
「勿論、表には出しません。冒険者のパーティが一国とあまり仲良くし過ぎるのも良くないとグローリアさんに聞きました。だから、ブレインともそのつもりで話をしています」
おいおい。
いつの間にか、ブレイン様とレティシアが仲良くなっていないか?
「あ、ギルガさん。明後日の婚約パーティーを終えた後、三日くらいエスペランサに滞在する予定ですが、帰る一日前に連絡を入れますから、その日にトキエさんとお話がしたいので、トキエさんの予定を空けておいてくれませんか?」
『トキエと? 何かあったのか?』
「はい。行きたい村がありまして……。その村に向かうような依頼がないかを聞きたいんです」
『分かった。トキエは元々家にいる事が多い。お前が帰ってくると分かった次の日は出かけないように言っておく。レティシア、婚約パーティーでは余計な事をするなよ』
「はい。大人しくご飯を食べておきます」
ギルガの旦那との通信を切った後、俺達はクランヌ様の部屋へと向かった。
しかし、エスペランサで一番の頭脳を持つブレイン様と、最近、悪知恵ばかり働くようになったレティシア……。
はぁ……。今の俺の悩みよりも大きな悩みが出来そうだ……。
どっちにしても、シーラの奴を守んねぇとな……。




