29話 ハヤイという男
≪エスペランサ治療師視点≫
ここは、エスペランサ医務室。
私はエスペランサ城に常駐する治療師です。
本日、四天王のハヤイ様が人間の客人に暴行を加えられたと、医務室に運ばれてきました。
私はこの話を聞いた時、少し信じられませんでした。
しかし、運ばれて来た男性は、四肢の骨が全て砕かれており、顔は二倍に腫れ上がっていて、最初は四天王のハヤイ様だと、誰も気付きませんでした。
四天王のハヤイ様は、横暴な性格で、エスペランサ城内だけでなく、エスペランサ国民にまで嫌われていると聞いた事があります。
ハヤイ様のご両親は立派な方だというのに、どうしてハヤイ様はこんな風に育ってしまったのか……。ハヤイ様には、妹様と弟様もいらっしゃいますが、お二人とも、とても優しく、ハヤイ様と同じ血が流れているとは思えないほどに立派な御方に成長なさっています。
ここに運ばれて来た時には、意識のなかったハヤイ様ですが、今は目を覚まし、医務室のベッドの上で騒いでおります。
「く、クソっ!? なんでエスペランサの貴族であり、四天王の俺様があんな糞チビにこんな目に遭わせられなければならないんだ!? おい、治療師!! 早く治せ!! 早く完治させろ!!」
完治させろとは、この方は治療魔法の事を何も知らないようです。
治療魔法の最高の魔法ですら骨折を一瞬で治す事は不可能です。こればかりは時間をかけないといけないと言うのに……。
「治療魔法はちゃんとかけています。両手両足の骨が砕かれており、痛みを取るのを最優先に魔法をかけていますので、完治は少し時間がかかってしまいます」
痛みを和らげる魔法を使わずに、治療すれば良かったと今ならそう思います。
そうすれば、痛みで失神してくれるので、静かになったかもしれませんね。
「なんだと!? 三日後にクランヌ様の婚約パーティーがあるんだぞ!! 人間よりも優れている魔族の王が、たかが人間の女と婚約したというのは気に入らんが、貴族であり四天王の俺様がクランヌ様を導いてやらねばならんのだ!?」
なぜ、このお方はこんな考えなのだろうか……。
クランヌ様の婚約パーティーはクランヌ様が主役ですし、奥方になられるシャンテ様もとても清楚で、お優しい御方です。そんな人を種族が違うというだけで差別するなんて……。
私の役目は、この方をクランヌ様の婚約パーティーに出席させない事かもしれません。
「とにかく、今は絶対安静です。ここでお休みになっていてください」
「お、おい!? 俺を放置するな!!」
私はハヤイ様が騒ぐ部屋を出ていきます。そして、その日の夜には、ハヤイ様は部屋から忽然と姿を消しました。
≪ケン視点≫
「ハヤイ!! どういう事だ!?」
「どういう事だ、とはこっちのセリフだ。マジック、お前は先程、そこのエスペランサから逃げた男を四天王にスカウトすると言ったな……。それは俺様をクビにすると言っているのだろう? お前は、貴族である俺様を疎んでいるのを知っていた」
「ぐっ……」
マジック様がハヤイを疎んでいるか……。まぁ、こいつは口だけの無能だったからな……。
あの頃から変わっていなかったら、マジック様が疎んでいてもおかしくは無いな。
マジック様の図星をついた事に気を良くしたハヤイは、口角を釣り上げる。
「マジック。キサマは勘違いしているぞ?」
「なんだと?」
「俺様はエスペランサ建国時代から代々受け継がれる貴族の跡取りだ。それに比べてキサマはどうだ? 前王の右腕だという理由で拾ってもらえた平民だろう? 本来であれば、四天王に俺様と肩を並べるのも、本当は分際をわきまえてないのだよ。キサマがクビになるのなら理解できるが、俺様をクビにできる理由が分からん」
駄目だ。
これ以上は……耐えられん。
「あーはっはっはっはっ!!」
ついに笑いを堪えられなくなった。
そんな俺を見て、ハヤイが俺を睨んでくる。
「おい。何を笑っている? 貴族の俺様に何か言いたいのか?」
「何か言って欲しいのか? じゃあ、言ってやるよ。てめぇは自分がエスペランサに必要だとでも思っているのか? 安心しろ。それは勘違いだ。てめぇがいなくても……、いや、いない方がエスペランサは安泰だ」
「なんだと!?」
「何を驚いているんだ? てめぇは昔っから性格が腐りきっていた。俺は、お前の両親の事を無能だと思っていたが、それは勘違いだった。今、思い出したよ。確かに、お前の両親は地味な仕事しかしていなかった。だが、それには理由があった。お前が問題を起こす度にお前の両親が尻拭いに奔走していて、エスペランサの事に手が回らなかったんだ。貴族としてそれはどうかと思うが、お前という息子を持った事がお前の両親にとっての不幸だったな」
「ふざけるな!! お前の考えだったら、俺様が原因で我が家名に傷がついているみたいではないか!?」
「お前は馬鹿か? そう言ってんだよ。頭の中が腐り過ぎて、言葉すら理解できねぇか? レティシアにボコられたときに脳味噌までやられたのか? いや、元々馬鹿だから理解できなかっただけか?」
「黙って聞いていれば、エスペランサから逃げ出したお前が、俺様に偉そうな口を……。平民であるお前如きに、俺様になんて口をききやがる!!」
「それだそれだ。お前は馬鹿の癖にプライドだけは高かったからなぁ……。最後に一つだけ、貴族様のお前に優しさを見せてやるよ。尻尾を巻いてここから……エスペランサから去りな。もしお前が去るのなら、殺さねぇでいてやるよ」
こんな奴でも、昔馴染みだからな。
二度とエスペランサに関わらないのであれば、命まではと思ったが、ハヤイは口角を釣り上げて嗤ってやがる。
「良かろう。ベアトリーチェ様に授かったゴブリンキングの力を魅せてやろう」
ハヤイは魔力を高めだした。
しかし、ベアトリーチェか……。
ゴブリン魔王がベアトリーチェを崇拝しているのを知ってから、もしかしてと思っていたが……。レティシアも同じ考えをしたのかもしれないな。アイツは知っていそうだ。後で話を聞く必要があるな。
魔力を高めるハヤイは、体が二倍の大きさに膨れ上がった。そして、手にはどこから取り出したのか、大きな斧を持っていた。頭には王冠のようなモノと二本の角が生えて、鼻と耳が大きくなる。これはゴブリンの特徴だ。
顔はハヤイのままだが、特徴だけ見ればゴブリンそのものだな。
「がははははは。刮目せよ!! この圧倒的魔力と姿を!?」
俺はハヤイの首を落とそうと斬りかかる。が、避けられた。
今のスピードではハヤイに避けられるか。こいつの速さだけは自慢できたからな。
ハヤイは斧で俺を薙ぎ払おうとするが、この程度なら避けられる。
「む? 俺様の攻撃を避けるとは、なかなかやるな」
まぁ、速いと言えば速いが、対処できねぇ速さでは無いな。
俺は、ハヤイの足の腱を斬りつける。
「ぎゃああ!!」
なんだ。アッサリと斬れるじゃねぇか。肉体の硬さはたいしたことないな。
しかし、斬った部分はすぐに再生する。
「死ね!!」
ハヤイは、斧を高速で振り下ろしてくる。が、俺には当たらない。
「なに!? 俺様の全速力の攻撃を避けただと!?」
俺は、斧を避けハヤイの頭を蹴る。
「げふぅ!?」
そのまま倒れ込んだハヤイに俺は剣を突き付ける。
「てめぇ……。ゴブリンの力を手に入れていい気になっているようだが、その力でエスペランサを裏切るのか? この国には、お前の家族もいるのにか?」
「エスペランサを逃げ出したお前が、偉そうな口を利くんじゃねぇよ。俺は家族などどうでもいい!! 俺は俺様だけが良ければそれでいいんだ!! 文句があるのか!?」
「別に、それがお前の考えならば文句はねぇよ。そのかわり、それが理由でお前が死ぬだけだ」
「俺様が死ぬ?」
ハヤイは、一瞬で立ち上がり、俺に斧を振り下ろしてきた。
「死ぬのはおまえだ!!」
はぁ……。
遅いな。
レティシアの普段の動きを見ているからかは知らんが、コイツの動きは遅すぎる。
俺はハヤイの斧を斬り砕く。
「な!?」
「てめぇが、ベアトリーチェからどんな力を授かろうと、俺には勝てねぇよ」




