24話 脅威
「レティシア。お前がいるとややこしい事になる。今はネリーの元へ戻り、二人に事情を話しておいてくれ」
「ややこしいとは失礼ですねぇ……。しかし、姫様にも会いたいですし、大人しく姫様の所に行きますよ」
エスペランサ城に戻った俺は、レティシアにネリーの元へ戻るように言う。こいつがいるとややこしくなる。
不服そうに去るレティシアを見送った後、俺とパワーの二人でクランヌ様の元へと向かった。
クランヌ様の部屋の前では、護衛兵士が立っていた。
「クランヌ様は中にいるか? いるのなら取り次いでほしい」
「なに? 貴様は……。ブレイン様のところにいたケンか? どうしてお前が?」
ん?
俺の事を知っている?
「あぁ、冒険者として、ある貴族の護衛でエスペランサに戻って来たんだ。頼めないか?」
「私からも頼む」
「ぱ、パワー様!?」
クランヌ様に取り次いでもらうのなら、シーラに任せた方が楽だったな。
そりゃ、そうか。
エスペランサを出た俺では、護衛兵士もあまりいい顔はしないだろうな。クランヌ様に会うというなら尚更だろう。
しかし、クランヌ様の護衛兵士でも俺を知っているとは、どういう事だ?
「入れ……」
部屋から、クランヌ様の声が聞こえた。そして、扉が少し開く。
「ケン、パワー。戻ったか。お前達に話を聞きたいと思っていたところだ」
マジック様の顔に怒りが見える。勝手にコバルテを調査に行った事がバレているのか?
俺は部屋に入った後、クランヌ様の前にコバルテを放り投げる。
「ぐっ!?」
コバルテは俺を睨みつけているが、コイツ、今の状況が分かっているのか?
「ケン。これはどういう事だ?」
「申し訳ありません。俺達ではレティシアを止められませんでした」
俺がそう言うと、クランヌ様はため息を吐く。
「いや、彼女がコバルテに興味を持った時から、こうなる事は最低限予測はしていた。しかし、私達があれ程苦戦していたコバルテを簡単に捕らえてこられては、私達としても首を傾げるしかなくなってしまう」
「そうですね……。俺もまさか、こんな事があるとは思ってもいませんでした」
俺はクランヌ様にコバルテの屋敷で……、いや、ゴブリン魔王の城で起こった事を説明する。
「死霊系の魔物がいたコバルテの私兵を、ゴブリンごときが全滅させたとはな……。お前達の事を疑うわけじゃないが、とても信じられない」
「そうでしょうね……」
マジック様の言う事は理解できる。
ゴブリンという魔物は最弱の魔物と呼ばれ、どれだけ数がいようとも、軍には脅威ではない。
しかも、ゴブリンは発生型の魔物と言われており、上位のゴブリンは低確率でしか発生しない。
上位種しか発生しない場所もあるそうだが、それも稀だ。
「あの場にいたゴブリンは普通では無かった。俺が見る限り、あの場にいたゴブリンは全てゴブリンロードに匹敵するほどの魔力を発していました。それはパワーも感じているはずです」
「パワー……」
シーラは、答え難そうにしている。
そう言えばこいつは魔力探知が苦手だったな。それでも、あのゴブリンを前にして普通だったとは思えなかったはずだ。
「はい。あのゴブリン共は普通とは思えませんでした。私は魔力探知が苦手ですが、殺気や気配に関しては人よりも察知する事ができます。アレは上位種の魔物と同じだった……」
俺達の説明をクランヌ様は黙って聞いていた。
上位のゴブリン程度なら、エスペランサの軍ならば倒しきれるだろう。ただ、こちらも被害は少なくはないはずだ。
「ケン。正直に答えてくれ。ゴブリン軍団はどこまで厄介だ?」
クランヌ様は聞きにくそうにしている。出来れば聞きたくはないだろう。でも、聞いておかなければ、エスペランサが危険にさらされる。
「俺の見立てですが、ゴブリン共の強さは冒険者で言えばCランク相当。さらに言えば、Cランクでも上位の強さと考えていいでしょう。ゴブリン魔王に至っては、レティシアと軽く戦っていたのを見ただけですが、俺やマジック様では勝てないでしょう。正直な話、クランヌ様でも危ないと思います」
「ま、待て。グラーズはレティシアちゃんが殺したんじゃ……」
あの場にいたシーラはそう言うだろう。だが……。
「いや、レティシアの奴は何も言わなかったが、アレは偽物と考えていいだろう。アイツは、グラーズの死体を見た瞬間に、凄くイラついた顔をしていたからな」
あの顔を見る限り、逃げられたと考えていいだろうな。
大体、最後の一撃は、今までで一番遅かった。
それなのに、グラーズは避けられず、死んでいた。いや、避けようとも受けようともしなかったな。
それと……気になる事もある。
「……。ケン、済まないな。有益な情報をありがとう。ブレインはどこだ?」
「クランヌ様?」
「マジック。挙兵の準備をしろ。今すぐ攻めるぞ!!」
「だ、ダメです!! 今は、各国の要人がエスペランサに滞在しています。もし、ここで挙兵してしまえば、客人だけでなく、エスペランサの国民までパニックを起こしてしまいます!!」
マジック様の言う事は尤もだ。
だが、ゴブリン魔王の存在を知ってしまっては放っておけないのも事実だ。
コバルテの場合は、所詮は私兵と死霊系の魔物だった。
戦闘が起こったとしても、こちらが死ななければ、そこまでの脅威じゃなかっただろう。
しかし、今は違う。
一方的にコバルテの軍を一掃し、しかも、強さは今まで以上の軍勢。危険と判断するのは当たり前だ。
しかし……。
「失礼を承知で言わせてもらいます。クランヌ様ではグラーズには勝てません」
「な!? ケン!! 無礼にも程があるぞ!!」
「マジック様も落ち着いて下さい」
たとえ無礼であっても、これだけは言っておかなければいけない。
どんな理由があっても、クランヌ様が死ぬ事だけは駄目だ。いや、今の状況なら怪我すらも許されない。
例え、二度とエスペランサに帰れなくなろうとも、クランヌ様が出る事だけは止めなければいけない。
「何を揉めているんだ?」
この声は……。
「ん? そっちに転がっているのはコバルテか? お前の言っていた事は本当だったんだな」
「私は嘘は言いません」
う、嘘だろ?
部屋に入ってきたのは、ブレイン様とレティシアだった。
「クランヌ様。何を揉めているんですか?」
「ゴブリン魔王の事を……。レティシア嬢に聞いたのか?」
「はい。聞きましたよ。良いじゃないですか。レティシアに任せれば」
「ブレイン!! な、何を言っている!?」
ブレイン様がレティシアを利用しようとしている?
いや、ブレイン様の性格を考えたら、部外者を利用するのは嫌うはず……。
「それよりもだ。その男をいつまで生かしておくんだ?」
「え?」
「そのコバルテという男だ。こいつは、ネクロマンサーなんだろ? 我が軍の兵士も死んだ後にこいつに利用された。許せるわけがないだろう? 今すぐに拷問をした上で処刑しましょう」
「そうですね。私もブレインに大賛成です」
おいおい……。
いつの間にか、レティシアとブレイン様が仲良くなっていないか?




