22話 ゴブリンの城
「この汚いのが魔王? クランヌさんと比べても、全く威厳が感じられませんし、そもそも強そうに見えないのですが?」
紫頭に髪の毛を掴まれているコバルテは、じたばたと暴れていますが、全く強そうに思えません。いえ、強くないでしょう。
「しかし、ネクロマンサーであるこの男が、何故一人でこんな所にいるんだ? そもそも、どうやって城を建てたんだ? 城というのは、いや、家であっても一人では建てられんだろう?」
「そうなのですか? 確か、建築ギルドのアセールは一人で建物を建てると聞きましたよ?」
ギルド学校を建てたのが、確かアセールと聞きました。しかも一人でと聞いた気がします。あれ程の巨大な建物を一人で建てられるくらいです。お城くらいは可能でしょう。
「ちょっと待て。アセールって、建築ギルドのSランクだろう? アイツなら可能だろうが、わざわざ魔王の城を建てたのか?」
「アセールの事を知っているのですか?」
「そりゃあな。アイツは建築ギルドの中では有名だからな」
有名ですか……。
私からすれば、喋り方が変な鬱陶しい男という印象しかないのですが……。
「お城の事は後で調べるとして、この汚いゴミをどうしますか?」
私は、紫頭の持つ汚いゴミを一発蹴ります。
「ごふぅ!?」
「そうだな……。どちらにしても、邪魔だから殺しておくか? 生かしておいても、クランヌ様の……エスペランサの邪魔にしかならんだろう」
「ま、待て!? いまなら、わしの部下にしてや……げぶぅ!?」
汚いゴミの分際で何を偉そうにしているのですか? 私はついつい汚いゴミをもう一度、蹴ってしまいます。
そして汚いゴミを縛り上げ、話を聞く事にします。
どうやら、このコバルテという魔王は、ゴブリンの軍団に、お屋敷を攻め落とされたらしいです。
ふ~む。
力関係がいまいち分かりませんねぇ……。エスペランサ軍はコバルテの私兵達、いえ、死霊達に苦戦していたのに、当のコバルテは、ゴブリン軍団ごときに攻め落とされる。不思議な話です。
「レティシア、何かおかしいかもしれないな」
「そうですね……」
なぜ、こんな事になっているのでしょうかね。
……いえ、理由は分かっています。
「一番怪しいのは、グランドマスターでしょうね。彼女には、私がエスペランサに行く事を教えていましたから」
「そうだったな。俺もギルガの旦那に聞いている」
「だけど、馬鹿すぎると思いまして……」
「なぜだ?」
「いくら何でもタイミングが良すぎるでしょう。こんなの疑ってくださいと言っているようなモノです」
「そう言われると、そうだな。それで、どうする?」
「何がですか?」
「ゴブリンを調査しに行くんだろう?」
調査ですか……。
ゴブリンといえば、弱い魔物です。そんな連中が汚らしいとはいえ、魔王に勝てると思えません。
「そうですね。確かに気になる事が多いです。一度、見に行ってみましょう」
「そうだな……」
私と紫頭がお屋敷に向かおうとした時、シーラさんに止められます。
「どうかしましたか?」
「こいつ……。コバルテをどうするんだ? 放置するわけにはいかんだろう?」
確かにです。
汚らしいとはいえ、魔王だった男です。
しかし……。
「コレからは、何の能力も視えません。本当にネクロマンサーだったのですか? とてもそうとは思えません」
まぁ、思い当たる節はあります。それは【破壊】です。
何者かに、能力を破壊されたのでしょうか? グラヴィが【破壊】の力を使っていましたから、他の者も使える可能性が無いとは言えません。
「どちらにせよ、このままにしておいては逃げられてしまうかもしれません。殺しておきましょうか?」
「レティシアちゃん、それは待ってくれ。コバルテはクランヌ様に引き渡したい」
「そうですか。最近、敵を殺せてないので少し面白くないですが、分かりました。能力を作ってここに置いておきましょう」
「能力を?」
私は汚い男の頭に手を置きます。ばっちぃですが、仕方ありません。
私が能力を作り終わると、男はその場に倒れます。
「レティシア。何を作ったんだ?」
「はい。作った能力は三つです。【自身束縛】【存在希薄】【感情倍増】です」
「あ? 最初の能力だけでいいと思うんだが?」
「え? それだと面白くないじゃないですか」
「そもそも、【感情倍増】って人の感情には干渉できないんじゃないのか?」
「別に感受性を強める事は可能ですよ。干渉できないのは記憶などが絡んだ場合です」
「そうか。まぁ、いい。じゃあ、コイツをここに放置して……、行くか」
「そうですね」
私達は、コバルテを放置して、気付かれないようにお城に潜入します。
気配を消すような能力を作ろうとしましたが、紫頭から「安易に能力を作ってそれに頼ってしまえば、人は成長しなくなる」と言われたので、作るのをやめ、慎重に潜入しました。
「急ごしらえの城のはずなのに、随分と立派な造りだな。まるで、以前から建っていたかのように、経年劣化まで再現してある」
確かにです。
お城の通路は出来たばっかりでなく、随分と年季が経っている様です。
「この城のゴブリンは異質だな」
「なぜです?」
「ゴブリンというのは初級の魔物だ。しかし、ここにいるゴブリンは上級魔物以上の魔力を感じる。それに……まるで意志がある様に城を守っている」
「意志?」
「普通は魔物に意思はない。あくまで本能のみで生きているはずなんだ。それなのに、城の見回りはキッチリしている。こんな事、あり得ない」
ふむ。そういうモノなのですか。
「確かに、ここのゴブリンなら、エスペランサ軍が苦戦した、コバルテの私兵共を蹴散らす事も可能だろうな」
「それは、エスペランサにとっても脅威になるんじゃ!?」
「なるだろうな……。レティシアの我が儘でここに来て正解だったな……。コバルテ以上に厄介かもしれん」
「はい。私もそう思います。ここで、ゴブリン共の親玉を潰しておきますか?」
「いや、今回は相手が俺達に仕掛けてくるならまだしも、こちらから攻めるのはよしておこう」
紫頭は慎重になっているようですね。まぁ、自分の生まれ故郷なのですから、当然ですか。
「分かりました。こちらからちょっかいを出すのは止めておきます」
私達は奥へと進みます。
このお城は不思議なお城ですね。外観よりも中が大きい。魔力により、空間が広げられていますね。
「これは思っているよりも強力な黒幕がいるかもしれませんねぇ……」
やはり、グランドマスターでしょうか?
しかし、私が仕掛けた罠にかかればあからさまに怪しいと疑われます。グランドマスターはそこまでアホでしょうか?
私達は、お城の一番奥の部屋に辿り着きます。
さて、どうしましょうか。
「紫頭、どうやって侵入しましょうか。私としては、そーっと扉を開けようと考えているのですが……」
「いや、天井裏に行こう。扉を開けると……」
「大丈夫です。気付かれないはずです」
「い、いや……」
「大丈夫です」
私は拳を握ります。すると紫頭はため息を吐きました。
「わかった。好きにしろ……」
私達は、扉を静かに開けます。
中にいる者がこちらを向いていればバレてしまいますが、そうなれば襲ってきますので戦えます。がんばって紫頭を説得してよかったです。
幸いなのか、ガッカリというのか、中にいる者は、壁にかかっている黒髪の女性の肖像画を眺めていました。
「あの絵は……」
私達は部屋に入り、すぐに物陰に隠れます。
あの黒い何かが眺めていたのは、ベアトリーチェの肖像画でした。つまりは、あの黒いのはベアトリーチェの部下ですかね?
紫頭とシーラさんが何かを聞きたそうだったので、密談の魔法を急遽作り、声を出してもあの黒いのに気付かれないようにしました。




