21話 魔王コバルテ
「ま、魔王と遊ぶ? コバルテはそんなに甘い男ではないのだぞ!?」
クランヌさんの言葉は強く大きく、そして、少し震えています。自分の国を脅かしている、コバルテという魔王を軽く見られた事に腹を立てたのでしょうか?
しかし、神であるベアトリーチェと対峙した私としては、魔王を名乗っているというだけでは、物足りなく感じているのです。
「紫頭はコバルテという魔王を知っていますか?」
「いや、俺は直接知らないな。冒険者の間で広まっていた噂では、エスペランサの重鎮が、クランヌ様に反旗を翻したととしか聞いていなかった」
「それで、貴方は故郷に帰らなかったのですか?」
「そうだな。正直な話、エスペランサの重鎮とはいえ、四天王……。ブレイン様やマジック様に勝てる貴族なんていると思えなかった。まして、クランヌ様までいるんだ。間違いなく短期間で制圧されると思っていた」
「ふむ。という事は、強いという事ですね。ベアトリーチェ……神とどちらが強いのでしょうね」
まぁ、アレがベアトリーチェの本気とは思えませんが、そのコバルテという魔王が、ベアトリーチェの強さに匹敵しているのならば……、エスペランサは今頃、滅びているはずです。
いえ、それは言い過ぎですかね。
「レティシア、ドゥラークからある程度は聞いているが、ベアトリーチェというのは本当に神だったのか?」
「それはどういう意味ですか?」
仲間からも疑われるって、悲しい事ですね。
私は悲しくなって泣いてしまいました。
「おい。涙すら出てねぇ泣き真似してんじゃねぇよ。それに、別に疑っているんじゃなくて、神がアブゾルだという事は、魔族である俺でも知っている事だ。それなのに、別の神と言われてもな……」
「はて? 紫頭は毛玉から聞いていませんか? 神というのは神族という種族だそうで、別の世界とやらにたくさんいるそうですよ」
「な!?」
クランヌさんが突然大きな声を出します。そして、口を押えて俯きました。何かを知っているのですかね。
「神族だと? そんなモノの話は聞いた事が無いな。神というのはアブゾル一人じゃないのか?」
「うーん。この世界に何人いるかまでは分かりませんが、どうやらクランヌさんは何かを知っていそうですが……」
「い、いや……。私は何も知らない」
クランヌさんはそう言いますが、その態度は知っていると言っているようなモノです。
しかし、隠したがっているのなら、今は無理に聞く必要もないでしょう。
「クランヌ様。失礼を承知で言わせていただきますが、どちらにしても、レティシアがそのコバルテという魔王に興味を持ったのならば、コイツに任せておくのも……「それはできない!!」」
クランヌさんに強く否定されて、紫頭は凄く驚いているみたいです。
「レティシア嬢もエスペランサに来ている他国の客人だ。我が国の問題に客人を巻き込むわけにはいかない。レティシア嬢、シーラの事は婚約パーティーの後でお願いする……。では、私達は各国の要人との話がある……失礼する」
そう言ってクランヌさんは部屋を出て行ってしまいました。かなり怒っている様ですね。
「マジック。一つ聞いていいですか?」
「なんだ?」
「そのコバルテという魔王はどんな人物だったんですか?」
マジックは少しだけ考えて、「すまんな。クランヌ様が答えないのであれば、俺から答えられないな……」と部屋を出て行ってしまいました。
「出て行ってしまいましたね。さて、行きましょうか」
「ハァ……。やっぱり諦めていなかったか。そもそも、どこに行くか分かっているのか?」
「知りませんよ。でも、四天王のシーラさんがいるじゃないですか」
「え?」
シーラさんは四天王のパワーです。当然、魔王コバルテの事……。そのコバルテの居場所も知っているでしょうね。
「知っているんでしょう?」
「え……? い、いや……私は……」
「知っていますよね?」
「い、いや……だから……」
私は紫頭を殴ります。
「な、なんでだよ!?」
「え? だって、シーラさんを殴ったらかわいそうじゃないですか」
「俺はかわいそうじゃねぇのかよ!」
「はい」
紫頭は、いつも私に失礼な事を言いますから、かわいそうな訳がありません。むしろ、お仕置きが必要なくらいです。
「シーラさんは知っていますよね?」
「し、知っているが……教えるわけにはいかない」
「いいのですか? 紫頭が、どんどんとボコボコになりますよ」
「くっ!!? 人質とは、ひ、卑怯な!?」
「ふふふ……。私は目的の為ならば、手段は選びませんよ~」
私は紫頭を殴る真似をします。
「ほ~ら。紫頭を殴っちゃいますよ~?」
「ぐ、ぐぬぬ……」
私とシーラさんのやり取りを見ていた紫頭が私の頭に手を置きます。
「おい。二人共、いい加減にしろ。シーラ、コイツはこうなったら、誰にも止められない」
「うぅ……。クランヌ様に怒られる……」
私達は、エスペランサの南東にあるコバルテのお屋敷へと向かいます。
しかし、魔王だというのにお屋敷に住んでいるというのは面白いですね。
シーラさんに詳しく聞くと、コバルテが拠点にしているお屋敷は、元々、コバルテが住んでいたお城だそうで、いまでは私兵に守られているそうです。
「はて? たかが、一貴族の私兵程度に正規の軍が苦戦しているのですか? エスペランサ軍の兵士はそこまで弱いのですか?」
「普通ならそう思うだろうな。そうじゃないんだ。コバルテはネクロマンサーでな、私兵以外に死霊系の魔物を使役している。だからこそ、下手に兵を出せずにクランヌ様は最低限の抵抗しか見せてないんだ……」
「なぜです?」
「レティシア。少し考えればわかるだろう? 数ではエスペランサ軍の方がはるかに上だ。普通であれば一日二日で制圧して終わりだ。だが、相手はネクロマンサー。エスペランサから攻め込むたびに、死者がでてしまえば、それはそのままコバルテによって死霊系の魔物になるって事だ。つまりは攻め込むたびに相手の戦力が強化される。その事を考えれば、迂闊に攻められんだろうな」
「なるほど。ではそのお屋敷ごと焼き尽くしましょう」
私はお屋敷を視認できるところまで移動します。
……はて?
「シーラさん。お屋敷というのはお城のようなモノなのですか?」
「へ?」
私の言葉にシーラさんもお屋敷を確認します。
「な!? ど、どうして……。三日ほど前まで、コバルテの屋敷は普通の屋敷だったはずなのに……」
ふむ。
お屋敷がお城に変化したという事ですか?
という事は……。
「そこに隠れている魔族も関係あるのですか?」
私は、草陰に潜んでいた魔族に石を投げつけます。
「ぎゃあ!?」
「な!? い、今の声は!?」
紫頭が声の主を捕まえに動きます。なかなか速いですねぇ……。
そして、一人に汚らしい男の髪の毛を掴んで草陰から現れました。
「レティシア。よく気付いたなぁ……。あまりにも魔力が小さくて、小動物かと思ったぞ」
「明確な敵意があるのに気付かないとは、紫頭もまだまだですねぇ……」
「うるせぇよ」
「な!? そ、その男は……!?」
はて?
シーラさんのお知り合いですかね?
「ま、魔王コバルテ!!」
はい?
この汚らしいのが魔王コバルテ?




