18話 四天王ハヤイ
男は、嫌みったらしい顔で私を睨みつけています。
顔をぐちゃぐちゃにしたいですねぇ……。でも、人間だったら、ブレインに怒られますし……。
「おいおい。もしかして、今回の茶番に招待されている王族のガキかぁ!?」
茶番?
うーん。こいつは人間ですか?
魔族であれば、魔王であるクランヌさんの婚約パーティーを茶番なんて言う訳がありません。
「クランヌ様もどうして人間なんかにペコペコするんだ? 力や魔力は魔族の方が強いというのに、なぜ対話する? 力で屈服させる必要あるんじゃねぇか? お前も人間の姫なら俺の言っている事が分かるだろう? 脆弱な人間なんだからよぉ」
なるほど。
クランヌさんに敬称を付けているところを見る限り魔族ですか。まぁ、肌が薄い青色なので人間なのか? という疑問もありましたが。
しかし、私が脆弱な人間で姫とは笑えますね。
「おい。お前がどこの国の王族かは知らんが、さっさと国へ帰んな。それとも俺に泣かされたいか?」
「私が泣かされるんですか?」
「あぁ? 言葉すら理解できないのか!?」
ふーむ。
強そうには全く見えませんが、随分と偉そうですねぇ。
「一つ聞いていいですか?」
「あぁ?」
「紫頭からクランヌさんは人間との共存を望んでいると言っていました。貴方は自分の主に逆らうのですか?」
「てめぇには関係の無い話だが、聞かせてやろう。俺は人間が大っ嫌いなんだよ。それにペコペコするクランヌ様もなぁ!! 今は俺の方が弱いが、そのうちクランヌを殺して俺が魔王になってやるよ!!」
この人は自分の実力が分かっていないのでしょうか?
そして、自分の立場も分かってい何のでしょう。
「弱い犬程よく吠えると聞いた事がありますが、その通りですね」
「なんだと?」
「ピーチクパーチク言っているだけで、いつかと言っているだけじゃないですか。クランヌさんに文句があるのなら、ちゃっちゃと挑んできたらいいじゃないですか。実際は怖いんですよね? 殺されちゃいますよね? あ、クランヌさんは優しそうですから殺さないかもしれませんね。でも、ブレインに殺されるかもしれませんね。ブレインの方が圧倒的ですもんね。それで? いつ戦うんですか?」
ここで挑発すれば乗ってきますかね?
青い男がフルフルと震えています。怒っているんですか?
「お前、俺を舐めているのか?」
「舐める? 気持ち悪い事を言わないでくださいよ。殺しましょうか? あ、こんな小娘に殺されたら情けないですよね?」
「だ、だまれ……。たかが人間風情が俺様に口答えをするな……」
「はぁ?」
人間風情という事は……。こいつは、ラウレンさんが言っていた、人間を憎む魔族なんですかね。
「人間が憎いのですか? それとも、ただ嫌っているだけですか?」
「憎い? 人間なんて、脆弱だし、ただ数が多いだけの奴らに憎悪の感情なんてねぇよ。ただ嫌いなだけだ。そんな奴等に頭を下げるなんて強者として許せねぇ!」
「強者? 貴方程度のゴミがですか? それに人間にも魔族よりも遥かに強い人はいますよ。もし、人間には自分より強い人がいないというなら、単騎でグローリアさんと戦ってみてくださいよ。少なくともグローリアさんはクランヌさんには劣るとしても、ブレインよりは強いと思いますよ?」
「な、なんだと?」
「そして……」
私は、この男の頬を軽く殴ってみます。すると、この男は簡単に飛んでいきます。
私は少しだけ冷や汗が流れます。
「嘘でしょう? 今ので無様に吹っ飛ぶのですか? 今のならば、Cランクの冒険者でも避けられますよ?」
私の言葉で男は激昂したのか、私に襲いかかって来ます。
ふむ。
そこそこ速いみたいですが、それでも大した事ではありませんので、男の足の骨を折ってやります。
「ぎゃあああああああ!!」
はて?
今ので転がってしまうのですか?
敵の前で転がるというのは、死んでもいいという事ですよ。私は男の首の骨を狙います。
(殺すなよ……)
おっといけません。ブレインから痛い目に遭わせてもいいとは言われましたが、殺してはいけないと言われました。
私は首の骨を砕かずに、腕の骨を砕きます。
「ひぎぃ!?」
片手、片足の骨ではバランスが悪いですよね。反対の手足も折っておきましょう。
「ぎゃああああああああ!!」
ふむ。これでこの男は動けなくなりましたよ。しかし、随分と悲鳴を上げられてしまいました。もう少し考慮すればよかったかもしれません。
どちらにしても、本当に弱いですねぇ……。あまりにも弱すぎて殺してしまいましたかねぇ……。
「あの~? 生きていますか?」
「あ……あ……。お、お前……な、何者だ……」
「私はレティシアです。貴方の言う所の脆弱な人間ですよ?」
「に、人間風情が、この四天王のハヤイ様のスピードについてくる奴はあり得ない!?」
四天王?
四天王と言えば、ブレインやシーラさんと同じですか?
こんなに弱いのにですか?
私は、ミノムシの様に転がるハヤイを置いて、お城の見学の続きをしようとしたのですが、ハヤイの悲鳴を聞いて、紫頭とシーラさん……。あの筋肉状態ではパワーさんでしたね。が駆け付けてきました。
「お、おい!? 何の騒ぎ……。やっぱりお前か」
「紫頭。パワーさんと話は終わりましたか?」
「いや、それどころじゃねぇだろう……」
なんと!?
外に出た事で邪魔をしてしまったようです。
ここは素直に謝っておきましょう。
「ごめんなさい」
「おい。お前は何について謝っているんだ?」
「いえ、お二人の時間を邪魔してしまった事ですが、それ以外に何か間違った事をしましたか?」
「そうじゃねぇよ……。全然理解していないお前が怖いよ……」
どうやら、紫頭はハヤイをボコボコにした事を怒っている様です。なぜですかね?
「私が痛めつけたのは、魔族ですよ? 何故怒っているんですか?」
「あのなぁ……」
紫頭は、床に転がるハヤイを見てため息を吐きます。
「おい。ハヤイ、何を床に寝ているんだ?」
「お、お前はケン!? どうしてこの国に!?」
「あ? 招待客の護衛でエスペランサに戻って来た。そのついでに幼馴染に会いに来たとしてもおかしくないだろう」
「っ!? ふ、ふざけるなよ。キサマはエスペランサ軍を逃げ出したクズだろうが!?」
「まぁ、別に俺はエスペランサ軍では無いからな。別にお前が何と思おうと興味ない」
「ぐっ……。パワー!? お前も何とか言え!?」
うるさいですねぇ……。
喉も潰しておきましょうか。
「そうだな。じゃあ、俺からも言わせてもらおう。この子はクランヌ様の客人の一人だ。お前こそ、四天王なのに、クランヌ様の客人に無礼があったんじゃないのか?」
「な、なに!?」
ハヤイは床をウニウニと動いています。気持ち悪いです。
「くそっ!? 誰かいないのか!? 俺に治療魔法をかけろ!!」
ふむ。
これ以上、コレを生かしておいても良い事はなさそうですね。
「パワーさん。コレの頭を潰していいですか?」
「い、いや……。それは止めてほしい。こんな奴でもクランヌ様の四天王なんだ」
そう言えば、こいつも四天王がどうこう言っていましたね。こんなのが四天王とはどういう事でしょう?
正直な話、マイケルという門番さんの方が強そうに見えるのですが……。
こんなのに四天王の権限を与えているのはどういう事ですかねぇ……。エスペランサは人手不足なんですかねぇ……。
「パワー様。この騒ぎは……」
「ハヤイがレティシア嬢に絡んだ。ブレイン殿にそう言えば、納得していただけるはずだ」
「わかりました」
やってきたエスペランサ軍の兵士が芋虫状態のハヤイを連れていきます。ハヤイは運んでもらっているのに、文句を言っています。あの兵士の人がハヤイを落とせば面白いと思うのですが……。
「落とせばいいのに……」
「おい。本音が漏れているぞ」
「はて?」
いけません。
ついつい本音を呟いてしまいました。
「レティシアちゃん。一度私の部屋に戻ろう。ここにいては騒ぎになってしまう」
「分かりました」
戻れと言われたので、私達はシーラさんの部屋に戻ります。部屋に戻った私は隅っこに座ります。
「何をしているんだ?」
「お邪魔虫は耳を塞いで隅っこに居ようと思いまして……」
「お前はさっきから何を言っているんだ? それよりも聞きたいんだが、お前はどう考えているんだ?」
「はて?」
それはハヤイの事でしょうか?
ハヤイの事だというのなら、どうでもいいというのが本音です。
別にクランヌさんがハヤイを必要ないというなら……、誰にも気づかれずに消す事も可能です。
「ハヤイを始末しましょうか?」
「な、何を言っている?」
筋肉肥大を解いたシーラさんも驚いていました。しかし、あんなカスはエスペランサに必要ないと思います。
「あんな男でも、エスペランサの貴族だから、追い出す事はできないんだよ。もちろん始末もダメだ」
「貴族?」
「おいおい。ハヤイの実家なんて、もはや何の力もない貴族だろう? それなのに、いまだに重宝されているのもおかしいよな」
「無能なのですか?」
「無能という訳ではない。ハヤイのご両親は、目立ちこそしていないが、この国のために尽力してくれている。ハヤイの事を悪く言うのは良いが、あのご両親を悪く言うのは控えてくれないか?」
ふむ。
どうやらハヤイのご両親はまともみたいですね。
「分かりました。ハヤイだけ痛めつけて遊びます」
「あー、シーラも今は黙れ。俺が聞きたいのはそこじゃない」
「はて?」
「俺が聞きたいのはシーラの事だ。お前、何かを考えているだろう?」
「……よくわかりましたね」
紫頭はシーラさんを見て、ため息を吐きます。
「レティシア。シーラを助けてやってくれないか?」
「え?」
助けて……ですか。




