15話 魔国エスペランサ
エスペランサの町に入った私達は、この後どうするかを話し合うために、外門の近くの食堂に入ります。平民や冒険者がよく利用するのか、店は繁盛しているみたいでした。
貴族は来なさそうなお店なので、貴族であるヘクセさんには合わないかな? と少し心配しましたが、ヘクセさんは、エラールセにあるこういう店によく行くらしく、全然気にならないそうです。
メイン通り沿いにあるお店に適当に入ったので、味までは分かりませんでしたが、とてもお肉の美味しい店でした。
「うふふ。レティはお肉にかぶりつくのが大好きね」
「はい。小さい頃から、魔物を狩って焼いて食べてましたから」
「小さいのは今も一緒だろう?」
「殺しますよ?」
全く、紫頭はなぜ余計な事を言うんですかね?
私は紫頭を殴っておきます。
「それで、これからどうします?」
「そうだな。まずはお前とヘクセちゃんの宿を探しておくか」
もう復活しましたか。早いですねぇ。
しかし、宿ですか……。まさかと思いますが……。
「まさか、ヘクセさんを監禁するつもりですか?」
私がそう言うと、ヘクセさんが青い顔になります。
それはそうです。せっかくエスペランサに来たのに、宿にいておけと言うのは酷すぎます。
「アホか。ちゃんとした招待客であるネリーとレッグには、城に客間が用意されているだろうが、護衛である俺達の部屋はないと考えていいからな」
確かに、正式に招待されているお二人と違って私達は招待されていません。しかし……。
「以前にエスペランサに来た時にクランヌさんにヘクセさんの事を軽く話したのですが、それでもだめですかねぇ?」
「うーん。なんとも言えないなぁ。元々、招待状を送った分だけ部屋を用意しているかもしれないし、エスペランサ城が広いとはいえ、部屋数に限りはあるからな」
「ふむ。それならばなくても仕方ありませんね」
「まぁ、一度ブレイン様に聞いてみるさ。恐らくだが、今回の客人への対応はブレイン様が担当しているだろうからな」
「そうですか。紫頭はどうするのですか?」
「俺か? 俺は仲の良かった同期の奴にでも泊めてもらうさ。それが無理なら俺も安宿に泊まるさ」
仲の良かった同期ですか。
ここは紫頭の生まれ故郷なのですから、紫頭の実家でもあればそこに泊めて貰おうと思っていましたが、当てが外れました。
私達は食事を終え、エスペランサの町を歩きます。白を基調にした綺麗な町並みです。
「エラールセの町並みも綺麗だと思うけど、エスペランサも白い色が映えて綺麗ですね」
「そうですね」
確かに、この統一された白さは感動できるほど綺麗です。
町並みにも驚きましたが、歩いている人にも少し驚きました。
魔国エスペランサというくらいですから、魔族だけの町だと思っていたのですが、人間とも何度もすれ違います。
「エスペランサは魔族の国なのに、人間も普通に歩いているんですね」
「あぁ。魔国エスペランサは先代の頃から、人間との関係を重視していてな。今代のクランヌ様もそこを重視しているんだ。俺はエスペランサを出ているから、詳しい事は分からないが、今回の婚約もそれが理由かも知れんな」
はて?
今の話を聞く限り、紫頭はクランヌさんを尊敬しているのですかね?
それならば、どうしてエスペランサを出たのでしょう?
「紫頭。聞きたい事があるんです」
「なんだ?」
「どうしてエスペランサを出たんですか? 別に、この国やクランヌさんを嫌っているわけじゃなかったんですよね」
「あぁ。むしろクランヌ様やブレイン様の事は、今でも尊敬しているさ。それでも、エスペランサを出たのは、冒険者になりたかったからだな。ブレイン様の部下をしながら地力を上げて冒険者になったんだ」
「確かに、俺と出会ったのはファビエのギルドだったな」
「あぁ。懐かしい話だ」
ファビエ?
それはおかしくないですか?
「ファビエ王国は勇者を召喚していましたが、ファビエ王は魔族を嫌っていたんじゃないんですか? 魔族が嫌いだから勇者を召喚したのではないのですか?」
「レティ、それは違うわ」
「はて?」
「お父様は別に人間至上主義じゃないわよ。外部にはどう見えていたかは知らないけど、お父様が求めたのはお金だけなの」
「お金? 勇者を召喚するとお金が増えるのですか?」
それは不思議な話です。
今のタロウはそこそこまともになった様ですが、当時の下衆なタロウでは何の価値もなそうでしたけど。
「お父様が欲しかったのは、勇者を召喚したという事実だけなの。これは、本当にタロウの召喚の場にいた人間しか知らないんだけど、タロウは召喚されて一週間は大人しかったのよ。いえ、お父様が権力を使って大人しくさせていたの」
はて?
権力でタロウを押さえた?
タロウは……いえ、ジゼル達は権力などに左右される様には見えませんでしたが……。
「私がみる限り、あの連中は好き勝手生きていた様に見えましたが?」
「えぇ。それは否定しないわ。お父様からすれば、教会がタロウを勇者と承認さえすればよかったのよ。だから、交渉をしていたらしいの。これはグローリア陛下に聞いた話だけどね。だから、私達が諌めようがお父様は無視をしていた。それどころか、タロウが問題を起こす様に仕向けていたかも知れないわね」
「それは何故です?」
「タロウが勇者になってしまえば、その勇者を輩出した国には教会からお金が出るの。お父様はそのお金が目的だったのよ」
教会から出るお金ですか……。
それだと以前聞いたラウレンさんの話と食い違いませんか?
「しかし、あんなのでもお金になるとは意外です」
「そう? あんな奴だからこそ、お金になるのよ」
タロウが悪事を働けば働くほど評判は悪くなり、召喚した国まで悪く言われると思うのですが、お金になるとはどういう事ですかね?
「レティがそんな顔をするのは当然ね。でも、タロウが犯罪を起こせば、非難を受けるのは教会なのよ。そして、被害者が国民である以上、そのお金を貰うのは国なの。本来ならばそのお金を被害者に渡すのだけど、お父様は自分の物にしていたのよ。だから、タロウが悪事を働けば働くほどにお父様は潤ったというわけ。だから、お父様はタロウを諫める事もなく、自由にさせていたの」
「そんな国なのに、町の人達は文句を言わなかったのですか?」
「レティも聞いていたでしょう? タロウの被害者が国に被害を報告すれば、被害者が処罰されるって。そんな事をしていれば、誰も文句は言えなくなるわ」
「今、思い出してもネリーが国政に関わるまでに、よく国が潰れなかったなぁ……」
レッグさんも当時を思い出したのか、苦笑しています。
「国王にとっては、あんなのでも役に立っていたのですね」
「役に立つね……。私達はタロウによって迷惑しか受けてないから、役に立ったとは言いたくないわね」
喋りながら歩いていると、真っ白なお城に到着しました。そう言えば、ファビエも真っ白なお城だったと思いますが、こっちの方が数倍綺麗です。とてもじゃありませんが魔王のお城という感じはしません。
「俺とネリーはクランヌ殿……いや、クランヌ陛下に挨拶をしてくる。ケン、お前はどうする?」
「俺もブレイン様に挨拶に行ってくる」
ブレインに挨拶ですか。
ふむ……。
「私もブレインのところに行きます。この間の真意を聞きたいですから」
「揉めそうだから止めて欲しいんだが……」
紫頭は嫌そうにします。
「行きます」
私は紫頭の服を引っ張ります。駄々っ子の様に離しませんよ。
「お、おい。見た目が子供だからって、子供みたいな事をしてんじゃねぇよ……」
「失敬な」
紫頭は私を引き離そうとしますが、私は離しません。
これ以上は服が破れますよ?
そんな私達を見ていたヘクセさんが困った顔で「えっと、私はどうすれば……」と呟いていました。
「ヘクセさんも一緒に来てください」
「へ?」
ヘクセさんをここに一人残してもかわいそうですから、一緒に来てくれればいいのです。
「それとも、私と一緒にクランヌ陛下に挨拶に行く?」
姫様がそう言いますが、ヘクセさんは首を横に振ります。という事は、私と一緒に来るという事ですね。
「じゃあ、一緒にブレインの所に行きましょう」
「おいおい、勝手に話を進めるなよ……」
「もう諦めてください」
「頼むから問題を起こさないでくれよ……」
私達は肩を落とす紫頭について、ブレインの所へと向かいました。




